防災基礎講座:基礎知識編-自然災害をどのように防ぐか-
7. 内水氾濫の常襲地は雨水を貯留して洪水を抑制する役割の土地 -2000年東海豪雨,1958年狩野川台風による首都圏内水災害など
内水氾濫とは
2000年9月11~12日,愛知県下は台風14号と秋雨前線の活動により,最大24時間雨量535mm,最大1時間雨量93mm(名古屋気象台)という記録的な豪雨に見舞われました.これによって生じた内水氾濫に一部破堤氾濫が加わって,名古屋市で38,815棟,愛知県全体で63,440棟の住家が浸水被害を被りました.愛知県における被害額は6.500億円に達しました.内水氾濫では人の死傷はわずかですが,浸水戸数が多いと一般資産被害の総額が大きくなり,また,大量に発生するゴミの処理が災害後の難問になります(図7.1 2000年9月東海地方の豪雨による浸水域).
低平地に強い雨が降ると,雨水ははけきらずに地面に湛水します.低いところには周囲から水が流れ込んできて浸水深が大きくなります.排水用の水路や小河川は水位を増してまっさきに溢れ出します.このようにして起こる洪水を内水氾濫と呼び,本川の堤防が切れたり溢れたりして生ずる外水氾濫と区別しています.ただし内水の範囲ははっきりしません.ある平野を流れる主要河川(本川)の水を外水とし,その堤防の内側(平野側)における水を内水と呼んでいるもので,どの河を本川とするかによって,内水の範囲が変わります.通常,平野内に水源をもつ比較的大きな排水河川が溢れ出す場合や,台地・丘陵内の小河川が谷底低地内に氾濫する場合も内水氾濫に含めています.
内水氾濫が繰り返し起こるという排水条件の悪い土地は,強い雨の時の雨水を一時的に溜めて周辺や下流域の浸水を抑制するという遊水地的な役割の土地です.ここが市街化されて住宅・施設が新たに出現すると,自然の遊水が水害をもたらす有害水へと逆転します.市街地化はまた降雨の流出条件を変えるので,同じ強さの雨であっても以前よりも流量が多くなって内水氾濫を激しくします.このため,大きな内水氾濫災害は市街地化が急速に進んでいる大都市域で起こっています.
1958年の狩野川台風は首都圏に最大日雨量393mm(東京・気象庁)という記録的な豪雨をもたらし,東京・神奈川・埼玉において住家浸水43万戸という大浸水被害を引き起こしました.1966年台風第4号では,これら3都県において10万戸の住家が浸水しました.大阪府では,昭和1967年7月豪雨により8万戸,1972年7月豪雨により4万戸の住家が浸水被害を被っています.ただし,都市の内水災害は1980年代以降かなり減少してきています.最近地下空間の浸水が大きな問題とされていますが,これはずっと以前からあった被害形態であり,その対策は限られた建物・施設における技術的処理の問題です.
市街地化の影響
樹林地・草地・畑・水田などは,雨水を地表面上へ一時貯留し,地中へ浸透させる働きをもっています.これが市街地化されると,流域の雨水貯留能力が大きく低下します.また市街地化は,屋根の占める面積の増大,道路・駐車場等の舗装などによって雨水が浸透しにくい土地の面積割合を大きくします.整地・路面舗装・側溝などは雨水流に対する地表面抵抗(粗度)を非常に小さくして流速を大きくします.このような地表面貯留および地中浸透の減少,表面粗度の低下という雨水流出条件の変化によって,降雨の流出率(降った雨の量に対する流れ出た水の量の割合)が増加し,また,流れが速くなって周りから低い土地に短時間で集ってくるようになります.新設の道路などの構造物が流れを妨げて新たな排水不良地を出現させることもあります.流出率のおおよその値は,平らな農耕地が0.5程度であるのに対し,市街地では0.8~0.9ほどに増大します.表面粗度は市街地化の後では前に比べて数百倍にもなります.この結果として降雨強度は同じであってもピーク時の流量は2~3倍にも増大します.ピーク流量が大きくなると,河道内に収容しきれずに溢れ出したり堤防を破壊したりして,洪水氾濫を起こし,その規模を大きくします(図7.2 市街地化による洪水流出の変化).
流域の市街地化は,氾濫が生じた場合に被害をうける住宅や施設が増加することをも意味します.内水氾濫の危険が大きい低湿地は地価が比較的安いために,住宅がまっさきに進出する結果として,水害常襲地が出現したりします.さらに,市街地化の進展に伴う高地価・用地難は,自治体の予算枠は限りがあるので,河川改修の進行を遅らせます.
市街地が浸水した場合の死者発生原因には,冠水した道路を歩いていて深みにはまったり,側溝・排水路・マンホールなどに転落したりして溺れるのが大半です.浸水の深さがひざ上までになると歩くのが困難になります.もっと深くなれば浮力が効いて,足をとられやすくなります.下水の水圧によってマンホールの蓋がはずれている道路が冠水すると,非常に危険です(写真7.1 市街地の浸水).地下街に至る階段・通路では激しい流れが生じます.
大都市の内水氾濫災害
名古屋を流れる最大の河川は庄内川(流域面積1,000平方km)で,市街の北および西側を取り巻くようにして伊勢湾へ注いでいます.この庄内川の洪水から名古屋城下を守る対策の一つとして,右岸側(市街からみて外側)に排水河川の新川が1780年代に開削され,洗堰により庄内川の洪水の一部をこれに分流するように改修されました.庄内川は日本の主要都市河川の一つで,超過確率1/200(日雨量250mm)の規模の河川施設が建造されています.一方,県管理の新川および市内の排水路は時間雨量50mm(超過確率約1/5)対応となっています.2000年9月の豪雨は計画降雨の2倍を超えるものでしたが,庄内川ではわずかな溢水が生じただけでした.しかし堤内地では,時間雨量が100mm近くに達した11日18時過ぎにたちまち内水の氾濫が生じて,市街地の1/3が浸水しました.新川では計画規模を超える高水位が9時間継続した12日3時に,大きな支流である水場川との合流地点の対岸で破堤が生じました.破堤の原因には合流による水衝作用がかかわっていたと推定されます.氾濫口に面する土地は自然堤防と河道によって囲まれた凹状地であり,すでに内水の湛水が生じていたところへ破堤氾濫水が加わって浸水深が大きくなり,被害が拡大しました(図7.3 東海豪雨により浸水した愛知県・新川中流域の地盤高分布).家財の被害額は,床上浸水では床下に比べ10倍ほど大きくなります.自動車の浸水被害もまた大きくなります.なお,名古屋市におけるおよそ4万という住家浸水棟数は,降雨の強度に比べかなり少ないものでした.
1958年の狩野川台風は,伊豆半島の狩野川を大氾濫させたためにこのように命名されたのですが,同時に首都圏においても大きな被害をもたらしました.東京では最大24時間雨量392.5mm(既往最大),最大1時間雨量76mmを記録し,荒川・江戸川低地および多摩川低地が全面にわたって内水の氾濫を被りました.また,山の手台地を刻む神田川・石神井川などの谷底低地が広範囲に浸水しました(図7.4 狩野川台風の豪雨による東京区部の浸水域).東京都における浸水面積は211平方km,うち谷底低地が33平方kmでした.東京・埼玉・神奈川の3都県におけるこのときの住家浸水43万戸が現在生じたとすると,住宅・家財の被害だけで数兆円に達します.
1966年の台風4号の雨は,最大24時間雨量235mm,最大1時間雨量26mmで,短時間の降雨強度としては大きいものではなかったものの,浸水面積74平方kmと狩野川台風に次ぐ規模の浸水を引き起こしました.浸水域は荒川左岸の足立区・川口市・北足立郡で広範囲でしたが,これは荒川が長時間にわたり高水位を保ったため,この地区の内水の荒川への排水が阻害されたためです.また,山の手台地域での浸水面積が18平方kmと多く,かつそれが上流の多摩地区に広がったので,山の手水害という名称が与えられました.台地内谷底や台地面の凹地(窪)での宅地化は,1960年代前半から急速に進みました.神奈川では多摩丘陵内を流れる鶴見川の谷底面が全面浸水しました.
大阪とその周辺地域では,昭和42年7月豪雨と47年7月豪雨により大きな内水氾濫が生じました.淀川下流の平野は上町台地によって半ば閉ざされているので,これと生駒山地および淀川本川とにより囲まれた潟起源の寝屋川低地に位置する東大阪市・大東市・寝屋川市などはたびたび内水氾濫を被っています(図7.5 大阪平野の地形).42年7月豪雨による兵庫県の尼崎市と西宮市における浸水戸数は5万戸で,大阪府と合わせると総浸水戸数13万戸に達しました.
水害常襲地の土地利用
水がはけきらなくて溜まるという場所は,もともと排水条件の悪い凹地のような地形のところです.自然状態ではこのような土地は,大雨時に雨水が滞留して遊水地となり周辺や下流域の浸水を防いでいました.内水氾濫が生じやすい地形には,平野の中のより低い箇所である後背低地・旧河道・旧沼沢地など,砂州・砂丘によって下流側が塞がれた海岸低地や谷底低地,とくに昔の潟(内陸に閉じ込められた海),市街地化の進んだ丘陵・台地内の谷底低地,台地面上の凹地や浅い谷,地盤沈下域,ゼロメートル地帯,干拓地などがあります.
内水氾濫常襲地は,遊水地として残しておくべきところです.台地内の谷底は洪水を溜め,流す役目の地形であることは明らかです.低湿地にポンプ場や排水路などの施設を設けたとしても,浸水を被りやすい脆弱な土地であることに変わりありません.このような土地をあえて開発・利用する場合,こうむる被害あるいは防止対策の費用,さらには下流に与えている被害は,その脆弱な土地を利用し日常的な便益を得ていることの必要コストとして,利用者負担とするのを基本とすべきでしょう.近年都市域では地下ダム(洪水調整能力は小さい)や地下河川の建造に巨費が投入されていますがこれを誰が負担するかは,「防災」の観点からみて検討の余地が大いにあります.
その地区への流入量(降雨の量および周辺から流れ込む量)が流出量を上回らないようにするのが,内水氾濫の防止対策です.流入量を減らす方法としては,流域内で積極的に雨水の貯留と浸透をはかる,すなわち「流す」のではなくて「溜める」「しみ込ませる」 が基本です.内水氾濫による水の動きは一般に穏やかなので,被害の形態は家屋や家財の浸水です.浸水に対して抵抗性のある建築構造には,土手・防水扉などにより建物を氾濫水から遮断する,盛土や高床式構造などにより建物の位置を高くするなどがあります(写真7.2 浸水防止対策).内水氾濫常襲地は利用の規制を行うのが望ましいのですが,日本ではほとんど行われていません(図7.6 札幌市の北部低地における浸水頻度と建築構造規制).
- 主要参考文献
- 愛知県建設部河川課(2000):平成12年9月豪雨災害.
- 防災科学技術研究所(2002):東海豪雨災害調査報告.主要災害調査第38号.
- 稲見悦治(1967):都市災害論序説.古今書院.
- 建設省国土地理院(1977):土地条件調査報告書(札幌地区).
- 水谷武司(1987):防災地形第二版.古今書院.
- 高橋 裕(1971):国土の変貌と水害.岩波書店.
客員研究員 水谷武司