防災基礎講座:基礎知識編-自然災害をどのように防ぐか-
16. 大洋を横断して地球の裏側をも襲う海溝型巨大地震による遠地津波 -1960年チリ地震津波,2004年スマトラ沖地震津波など
遠地津波
1960年5月23日午前4時すぎ(日本時間),チリ南部でマグニチュード9.5という観測史上最大の超巨大地震が発生しました.これによって生じた大きな津波は平均時速750kmという高速で太平洋を横断し,22時間半後の午前3時ごろに太平洋の真向かいにある日本列島の沿岸に達しました.このように非常に遠方で生じた津波が伝播してきた場合,これを遠地津波と呼んでいます.遠地津波は,強い震動が感じられない,到達までに長い余裕時間がある,波動の周期が長い,長時間継続するなどの特色があり,近海で起こる近地津波と区別されます.日本はチリからみて地球の真裏近くにあり津波が収れんしてくる場所にあたるので,太平洋沿岸の他の地域に比べ津波が高くなりました.津波到達の標高は三陸海岸で8mを越え,全国で死者139,住家の流失・全壊2,830棟,半壊2,183棟,浸水37,195棟などの大きな被害が生じました(図16.1 チリ地震津波の伝播図).
津波は7時間前にハワイ島に到達し死者61人などの被害を引き起こしており,その情報は米軍を通じて伝えられていたのですが,警報が出されたのは津波が日本に到達し各地から潮位の異常変化が報告されてきてからのことでした.これを契機にして太平洋津波システムに日本も組み入れられ,遠地津波に備える体制がつくられました.
津波の発生と伝播
海底下を震源とする強い地震が起こり,海底面の急激な隆起・沈降が生ずると,この地形変化は即座に海面の変化に移し換えられ,続いて海水全体が激しく流動して,四方へ拡がる波が発生します.この津波は水深に比べ波長が長いという長波です.その速度は水深の平方根に比例するので,津波が深い外洋から浅い海岸部にやってくると進行が遅くなります.伝播速度は水深4,000mで毎秒200m,水深10mでは毎秒10mです.進行速度が遅くなると後からやってくる波が追いついてきて重なるので,海岸近くでは津波の高さが大きくなります.沖では波動がほとんど感じられないのに津(湊,浦)では高い波になるということで津波と名づけられ,国際語になっています.
地震による津波は,海底面が隆起あるいは沈降した範囲で生じます.これを波源域といいます.マグニチュード(M)の大きい地震は広範囲に地殻変動を起こすので,震源が海域であると波源域は広くなって,大きな津波を発生させます.海溝は沈み込みプレートの境界をつくるいわば巨大活断層であり,この活動はM8~9クラスの巨大地震と大津波を引き起こします.波源域は通常長円形で,その長軸は海溝に平行に伸び,M9の地震では長さが1000kmのオーダーになります.1960年チリ地震ではチリ海溝に沿って南北に伸び,その長さは1,100kmに達しました.2004年スマトラ沖地震(M9.0)では,ジャワ海溝沿いに非常に細長く伸び,長さ1,000km,幅250kmでした.海底が隆起した側では押し波を先頭にして拡がり,沈降の側では引き波が先行します.
津波の増幅
津波は波源域から一様な強さで広がるものではありません.細長い長円形の場合,短軸方向いわば横方向へ強く放出されます.チリ海溝は日本の方向に真横を向けているので,日本へは高い波が真っ直ぐ向かってきます.波にはまた屈折や反射という現象があります.チリと日本の中間にハワイ諸島があり,この海底の高まりによる屈折が凸レンズ効果を引き起こして,日本に強い波を伝えたと考えられます.海岸や大陸棚斜面などによる反射・屈折は波の複雑な発散・収束を引き起こします.大陸棚に沿って伝わる波も発生します.
チリからの津波が日本で強くなる大きな理由に地球上での位置関係があります.日本とチリとの距離は17,000km,中心角は155°で,地球の真裏近くに位置します.南極から放射状に広がる経線がすべて北極に収束していくことから分かるように,チリ沖から発進した津波は太平洋の中央で一旦発散しても,日本近くにやってくると集まってきて強くなります.しかもチリと日本の間には深い太平洋がほとんど障害物なしで広がっています.
チリ地震津波は太平洋全域に伝わったのですが,以上のような理由により,潮位観測所で記録した津波の波動は,遠い日本で非常に大きくなりました.振幅(山から谷までの高さ)の最大値は日本で6.1m,アリューシャンで3.4m,カナダで3.3m,ハワイで2.9m,オーストラリアで1.6mなどでした.なお,陸上への最大到達標高はもっと大きくなり,ハワイ島のヒロで10.5m,三陸の久慈で8.1mなどでした.到達標高は浸水痕跡などから推定されるもので,現地調査の場所や精度などに依存します.潮位観測所での記録と陸上での到達標高とは明確に区別する必要があり,被害に関わるのは後者のほうです.また,潮位観測記録でも,最大振幅か最高水位か,水位は基準面をどこにとっているかをはっきりさせる必要があります. チリからの大きな遠地津波の襲来はこれ以前にもかなりあって,近世以降では50年に1回ほどの頻度で,被害を伴うチリからの津波が襲っています.明治以降では1877年と1922年に死者や家屋流失をもたらす津波が襲来しています.
太平洋の津波
大きな津波は海溝型巨大地震によって発生じます.地球上における海溝の大部分は太平洋にあり,環太平洋地震帯をつくっています.したがって日本へは太平洋の各地から遠地津波が襲来しますが,津波伝播の障害となる地形の配置により,大きな津波の記録はチリ海溝および千島・カムチャッカ海溝~アリューシャン海溝から伝播してくるものにほぼ限られています(図16.2 日本に影響を与えた遠地津波の波源).
太平洋の中央にあるハワイでは,多方面からの遠地津波がやってくるので,たびたび被害が生じています.1960年チリ津波でもハワイ島ヒロを中心に死者61などの被害がありました.1946年アリューシャン地震(M9.3)による津波の被害は大きくて,死者173,建物全壊443などでした.この津波を契機として太平洋東北部に津波警報システムがつくられました.
1960年の津波がハワイへ到達したのは,日本への到達の7時間前でしたがこの情報は生かされず.気象庁が最初の警報を出したのは伊豆大島で第1波到達を観測してから2時間以上後のことでした.現在では太平洋全域に警報システムが整備されています.また,南に2,000km離れた南鳥島に津波観測施設を設置して日本に向かってくる遠地津波の検出を行っています.外洋での津波観測は水圧変化やGPSを利用して行われます.
1960年の津波被害
1960年チリ地震によるチリの被害は死者1,743などで,地震規模が巨大であったわりには大きなものではありませんでした.津波の被害も大きくはなかったようです.日本では北海道から沖縄に至る太平洋岸全域に高い津波が襲来し,リアス式の三陸海岸を中心にして被害が発生しました.死者の総数は139でその大半は岩手・大船渡(53)と宮城・志津川(37)において生じました(図16.3 チリ地震津波の高さと被害).
近地津波の周期は10~20分程度であるのに対し,遠地津波では波源域が広大であることなどにより40~60分と長くなります.湾内では,津波は側方から押し込まれるような状態になって湾の奥で高まりますが,また,共振現象によっても増幅されます.共振は湾の固有周期と津波周期が一致すると起こるので,それぞれの湾において近地津波と遠地津波とでは増幅の仕方がしたがって被害の大きさが,地震のたびごとに違ってきます.奥行きの深い大船渡湾では共振によって津波が増幅され,被害が大きくなりました.津波到達の最大標高は1933年昭和三陸津波では3.5m,1960年には5.5mでした(図16.4 大船渡湾沿岸低地における津波浸水域).大船渡市の被害は,死者53,住家全壊・流失383でした.志津川では1933年津波の被害が小さかったことが危険意識を弱めて,被害を大きくすることにつながったと推定されます.
遠地津波では伝播途中での反射などにより,最大波が第1波のかなり後に出現します.1960年津波では最大波は第3, 4波で,第1波の2~4時間後の午前5~8時ごろ太平洋岸各地に到達しました.すでに夜が明けており,津波襲来の危険を認知して避難を行うことが可能な時間的条件にありました.津波の第1波到達はまず伊豆大島で,次いで根室半島・花咲の検潮所において観測されました.第1波は小さな押し波でした.チリ地震断層が低角の逆断層で,西側の海底が押し上げられたことにより,押し波が先頭になって日本に伝わってきました. 第1波が引き波であれば,海面の異常が認知されやすく,また避難の時間的余裕も大きくなります.各管区気象台から津波警報が発表されたのは午前5時ごろで,最大波はこの後に到達しました.
検潮所で観測された最高水位(標高)は,花咲399cm,久慈410cm,女川540cm,御前崎366cm,名瀬440cm,宮古島347cmなどでした(図16.5 チリ地震津波の観測記録).西日本では満潮時刻とほぼ一致したので水位が高くなりました.気象庁の現地踏査により確認された津波高さ(陸地での最大到達標高)は,三陸の野田湾で8.1m,広田湾6.4m,大船渡湾5.5m,志津川湾4.6m,北海道の霧多布で4.3mなどでした.
スマトラ沖地震津波
2004年スマトラ沖地震の震源断層は,東に15°と非常に緩やかに傾斜する逆断層であったので,震源域の西側は大きく隆起し,東側は沈降しました.これにより東のタイへは引き波が先行し,西のスリランカやインド方面へは押し波を先にして伝播しました(図16.6 スマトラ沖地震津波の伝播).津波の高さ(陸地での到達標高)の最大は,スマトラで40m,タイで20m,スリランカで15m,インドで12mなどと非常に大きなものでした.国別の死者数は,インドネシア16.8万人(強震動被害も含む),スリランカ3.5万人,インド1.6万人,タイ8千人などでした.
タイは震源から500kmほどとかなり近くであったので強い震動が感じられたこと,津波の第1波が引き波であったことが,国際的海岸リゾートがあり波源域に直面していたにも関わらず,死者数が多くはなかったことにつながったと推定されます.一方押し波で始まり不意打ちであったインドとスリランカでは多数の死者が出ました.スリランカは波源域の真横の1500km離れた位置にあり,非常に大きな被害が生じました.スリランカの800km西方にあるモルジブは,周りを囲むさんご礁と礁湖が津波の勢力を減殺したので,非常に低い小島群であるにも関わらず,死者は108とあまり大きくはありませんでした.一方,波源域の縦方向に位置するバングラデシュでは,スリランカとほぼ同じ距離にあるにも関わらず,津波は弱くて死者はわずか2でした.
インド洋では津波警報システムがなかったことが,災害後に大きな問題点としてとりあげられました.しかし,海岸の各集落・各戸へ津波の情報が確実に伝えられ,住民が適切な避難対応行動を行なって,広域警報システムが被害防止に寄与するためには,ある水準の社会的・経済的条件が備わっている必要があります.
津波への対応
津波は強大な破壊力をもち,到達標高は数10mにもなる可能性があるので,緊急避難が最も必要な災害です.したがって気象庁は,地震を観測したらまず津波の可能性と規模の予測を行います.津波予測は,多数の津波数値計算を行なっておき観測した地震の最大振幅・震源位置・深さなどと照合して類似の津波計算例を検出するという方法に基づいて迅速に行います.津波警報の海岸域への伝達は,同報防災無線の屋外スピーカーなどで行われます.海岸は風が強いのでこれはうまく伝わりません.また,海岸線は非常に長くこのような装置があるところは限られます.
したがって,海岸に居合わせた人は,自らの判断と行動で危険の接近を認知し回避する対応が必要です.第1波が引き波であれば,海が異常に干上がるので,津波の襲来がよくわかります.押し波の場合,白い波の壁が沖から押し寄せてくるのをいち早く認めて,最も近くにある高所へ駆け上がらねばなりません.海岸近くの山の斜面や崖には避難用の道路や階段を作っておく必要があります.鉄筋コンクリート造など強固な中・高層建物も緊急の避難場所に適します.防潮堤などのハードな手段には大きな限界があります.高地への集落移転は抜本的な危険除去策ですが,経済活動上の立地や日常生活での利便性が優先されるのでこれは容易ではありません.
- 主要参考文献
- チリ津浪合同調査班(1960):1960年5月24日チリ地震津浪踏査速報.
- 今村文彦(2005):インド洋大津波の特徴.地震ジャーナル40.
- 岩手県(1969):チリ地震津波災害復興誌.
- 気象庁(1961):チリ地震津波調査報告.気象庁技術報告第8号.
- 建設省国土地理院(1961):チリ地震津波調査報告書-海岸地形とチリ地震津波-.
- 渡辺偉夫(1985):日本被害津波総覧.東京大学出版会.
客員研究員 水谷武司