防災基礎講座: 災害予測編-自然災害をどのように防ぐか-
2. 災害誘因
自然外力(災害誘因)の代表的なものに地震,大雨,強風があります.地震は地盤強震動,液状化,土砂移動(斜面崩壊・地すべり・土石流),津波,火災などを,大雨は河川洪水,内水氾濫,土砂移動などの災害現象を引き起こします.台風は強風と大雨の複合で,大雨による各種災害と強風による直接破壊および高潮を引き起こします.ここでは,複数の災害現象にかかわるこれら災害誘因の危険性評価について示します.
自然外力の危険度は,観測値の統計データそれ自体,あるいはその確率的表現によって,日本全域といったような地域的にマクロなスケールで与えられています.
大雨・台風
大雨という外力を表現する値には,一続き(一般に数日程度以内)の雨の総量(総降雨量)および,ある一定時間内の雨量(降雨強度)があります.この一定時間には一日(朝9時を気象庁は一日の区切りにしています),任意24時間,任意3時間,1時間などがあり,それぞれの時間内における雨量の最大値(最大24時間雨量など)が使用されます.大流域の河川の洪水では総降雨量・最大2日雨量など,より長時間の雨の総量が関係し,流域が小さくなるほどより短時間の降雨強度に規定されるようになって,都市域の内水氾濫では1時間程度の強度がその発生を決めます.土砂災害では3時間程度の降雨強度の最大値および,それに先行する降雨の量が関係します.1時間雨量の時間経過のデータは,以上に示した任意の時間の最大値を与えるので有用です.このような気象統計値は気象庁の各種刊行物等により,近年については気象庁のホームページから入手できます.
1日で100mmというのが水害を発生させるおおよその下限の雨量です.日雨量100mm以上の日数は,九州・四国・本州も南岸域で多く年に2~3日以上,瀬戸内を含む内陸域や東北・北海道で少なく 2~4年に1日程度で,最大5倍程度の差があります(図2.1 大雨の頻度分布). ただし,水害発生の限界雨量が年降水量にほぼ比例しているので,水害の起こる頻度にはこれほどの地域差はありません.年平均降水量は西日本の太平洋岸域と北海道とで3倍程度の違いがあります.気象庁が定めている大雨警報発表の基準値は,水害発生の限界雨量に相当する値です.24時間雨量基準値のおおよその値は,北海道で100mm,関東・東海で150mm,南九州で200mmなどで,年平均降水量のほぼ10%程度の大きさになっています(図2.2 大雨警報の基準値). なお,現在では1時間雨量が警報の主な基準値とされていますが,これにはあまり地域差はありません.
その地域の降雨量の長期間統計値に基づいて,ある強さの雨が何年に1回起こる規模のものか,あるいはある期間に予想される最大の降雨強度はどれだけかという値が求められています.これは,再現期間あるいは確率雨量と表現され,大雨の頻度・強度をより正しく表す値になります(図2.3 超過確率の求め方).ただし,現在得られる統計の期間は長くても100年程度です.今後30年間に予想される最大日降水量は,紀伊・四国の太平洋岸および九州で300~400mm,東北・北海道で150~200mmと,2倍ほどの差があります(図2.4 確率雨量の分布).
ある地点から300km以内に台風の中心が近づいたことを,気象庁はその地点への台風の接近としています.台風は南方から時計回りのコースで来襲するので,西日本の太平洋岸には本土上陸台風の大部分が接近しています(図2.5 上陸台風のコースと接近頻度).同じ緯度でみると,太平洋側と日本海側とで頻度にほとんど差はなく,南ほど接近が多いという単純な分布を示します.
風は雨とは違い,建物・構造物等に直接に作用して被害を引き起こす誘因です.日本に強風をもたらす気象原因には,台風および発達した温帯低気圧があります.関東・中部から九州に至る地域では台風が強い風をもたらし,太平洋岸では平均風速の最大値は40~45m/秒に達します.一方,北陸・東北・北海道では冬から春の季節における発達した低気圧が強風の主原因となり,日本海沿岸域では最大で30m/秒前後の平均風速を記録しています(図2.6 最大瞬間風速の記録).風速は時々刻々変化していますが,気象庁は3秒間の平均で瞬間風速を求め,10分間平均値を平均風速としています.瞬間風速は平均風速の1.5~2倍程度になります.
地震・火山噴火
大雨は西日本の南岸域で多いといったような大きなスケールでみた地域性はあるものの,どこででも起こり得るといってよい現象です.これに対し地震の発生はプレートなどの地殻構造に密接にかかわっているので,危険度の地域性がより明らかです.
地震の震源分布は分かりやすい地震危険情報としてまず挙げられます.被害を引き起こす地震は規模を表すマグニチュードがほぼ5以上です.(図2.7 日本周辺の震源分布).地震は海溝付近で非常に多く発生しますが,これらは震源が陸地から離れているので,マグニチュードが大きくても被害をあまり引き起こしません.一方.内陸で起こる地震は直下型であり,震源が浅いとマグニチュードが小さくても大きな被害をもたらします. したがって,被害を引き起こした地震の震源分布は危険度をより直接的に示す情報です(図2.8 被害地震分布).ただし,被害地震の回数はあまり多くはないので,その地域分布の傾向をみるためには数百年といったかなりの長期間を対象とする必要がありますが,それでも回数は多くはありません.
大きな被害をもたらす地震は,津波被害が主となる沖合いのプレート境界地震(北海道南東沖の千島海溝および三陸沖の日本海溝での地震),陸地に近いプレート境界地震で強震動および津波による被害を共に引き起こす地震(フィリピン海プレートの沈みこみ境界である南海トラフと相模トラフでの地震)および内陸の断層の活動による強震動直下型地震です. 大きな被害地震は最近150年間では,近畿地方とその隣接域に多く発生しています.これは,M8クラスのプレート境界地震を起こす南海トラフが陸地に接近していることと,陸地の活断層密度が大きいことによるものです(図2.9 活断層の密度).活断層は中部内陸でも多いのですが,この期間には大きな被害地震は発生していません.活断層による地震の発生間隔は数千年のオーダーです.また,地表にずれを起こしていないので活断層と認定されない陸域の断層は非常に多数あります.
津波は別として,地震被害を引き起こす直接の作用力を示す値は震度(地震動の強さ)です.地震動の強さは震度階級,最大加速度,最大速度などで表されます.各地で観測された最大加速度などの分布,さらには,これに確率統計処理を行って,ある任意期間における最大加速度の期待値や超過確率の分布を示す図は地震危険度をよりよく表現します(図2.10 最大加速度の期待値).ただし,近年起こった少数の強い地震の影響を大きく受けています.海洋域および陸域において繰り返し発生し,あるいは発生が予想される地震のそれぞれについて,その発生確率とマグニチュードが求められていますが,これは優れた地震危険情報です(図2.11 地震の発生確率・規模).
火山噴火が起こるのは活動的な火山に明白に限られており,その数は100ほどで海溝に平行し帯状に分布します(図2.12 火山の分布とプレート境界).これらの火山と周辺域が危険域ですが,噴火が大規模になればその被害は日本全域といったような広域に及ぶ可能性があります.
客員研究員 水谷武司