防災基礎講座: 災害予測編-自然災害をどのように防ぐか-
1. はじめに
ある地域や場所について,どのような災害が起こる危険があるか,その危険はどの程度か,どこがとくに危険かなどを判定することは,防災の出発点ともなる最も基礎的な事柄です.これを「危険性評価」と表現することにします.
地域の災害危険性評価が防災対応の基礎であることを簡単な例で示すと,海岸から遠く離れた山地であれば,高潮や津波に備える必要がないことは明らかですが,一方,大雨や地震による土砂災害の危険は一般に大きく,危険な場所・安全な場所を詳しく調べて対応を考える必要があります.デルタ沿岸の大都市であれば,土砂災害の危険はないものの,強震動・液状化・津波・地震火災・洪水・高潮など多くの種類の災害の危険があり,危険度の判定・高危険域のゾーニング・被害の予測などに基づいて適切な防災対策を立てておく必要があります.
本講座では,地域土地環境に主として基づいた危険性評価の方法を,災害発生のしくみに基づき災害種類ごとに示します.また,災害が起こった場合の被害を想定する方法についても簡単に触れます.地形・地質条件を主とする地域の土地環境は,各種自然災害の発生に大きく関わり,その危険の程度を場所ごとに細かく決める主要因であるので,これに重点をおいて説明します.
自然災害の発生は不確実性の大きい現象なので,危険性評価を正しく行うことは一般に困難です.その精度は,災害の種類・地域の環境・評価方法などに依存するという性質のものです.災害危険性に関する情報は,その精度や限界を認識したうえで,各人・各組織があるリスクを見込んだ意思決定を行うための基礎として利用されるものです.
危険性評価の方法
自然災害の危険性評価の方法は,災害発生連鎖の機構に基づいて次のように整理して示すことができます.自然災害は誘因(大雨・強風・地震などの自然外力)が素因(地形・地盤条件などの土地素因および人口・居住状況など地域の社会素因)に作用することによって生じます.生じた結果である災害履歴は明らかな地域危険情報です.したがって災害危険性の評価は,(1)誘因,(2)土地素因,(3)社会素因,(4)災害履歴のそれぞれ単独で,および,それらを組み合わせることにより行うことができます.どれを採用するかは災害の種類,評価の目的,地域の土地環境などに依存します.(図1.1 土地素因による災害危険性評価の一例)
(1)の誘因はその性質上,日本全域といったような大きな地域スケールで,大雨など自然外力の発生のしやすさの程度を,一般に統計的データに基づき示すものです.これとは対照的に,(2)の土地素因はそれぞれの場所で定まった固有の性質を備えていて,土地の災害に対する脆弱性の程度を場所ごとに細かく決めています. たとえば,水や土砂の運動は地表の傾斜や微起伏の配列などの地形によってほぼ決められます.地震動の増幅や液状化の発生は表層地盤の条件で決まります.ただしこれらは潜在的なものであって,誘因が作用しなければ災害として発現しません.また,強風の場合のように土地素因があまり関係しない災害もあります.
(1)と(2)とを組み合わせる,例えば,洪水氾濫の水理計算,津波・高潮の遡上計算,地震による地盤震動の応答計算のように,ある地形・地盤条件の場にある規模の外力を入力して,洪水氾濫や地盤震動などの災害現象をシミュレートすることにより,学術性の高いより確かな危険性評価ができます.外力を確率規模などにより段階的に設定すると,説得性ある危険度の評価が可能です.
(1)と(2)は災害自然現象そのものを対象とするのに対し,(3)の社会素因は被害発生の危険性や地域社会の災害抵抗性・脆弱性など社会要因を評価する場合に採り入れられます.2次的災害である地震火災の場合には,木造建物密集度などの市街地条件が火災危険度を決めます.社会素因はかなり短時間に変貌するので評価の定期的見直しが必要です.(4)の災害履歴は,危険性をリアルに示す情報でありその発生頻度は危険の程度を示しますが,これはまたそれ以上の役割を持っています.災害危険性評価の基準は多数災害の実例の分析から導かれます.さらに,評価の結果は災害実例により検証されてその信頼性が与えられます.災害実例の調査・分析は災害危険性評価の基礎です.
ハザードマップ
災害の危険性(ハザード)の評価の結果はマップで示されます.一般にハザードマップと呼ばれているのは,市町村などが「防災マップ」,「災害予測図」といった名称で作成・公表している管内地図で,これらには各種災害の危険域・危険度を示す本来のハザードマップの他に,官公署・公共避難場所など防災関連施設の位置の表示を主内容とするものもあります(表1.1 ハザードマップ一覧).災害の危険性に関する地域情報を表示するマップには他に,地形図・地盤図など基本的な土地素因図,既往災害の発生場所を示す災害実績図などがあります.
災害の危険性評価には種々の不確実性が必然的に伴っています.それが示す危険は,単なる潜在的可能性であったり確率的なものであったりします.ある規模の外力(地震・大雨など)を設定した場合には,その設定条件に規定された適用限界があります.災害の種類によっては,地盤や地形を類別して相対的危険度を表示するということも行われます.図示されている境界の位置は,ある設定条件の場合のものであり,また,土地条件把握の精度,計算方式,現象の不確定性などにより,かなりの幅を持ったものであることを忘れてはなりません.メッシュ幅など計算・表示の単位領域の大きさもその精度に関係します.
ハザードマップは,ある限定条件のもとで予想される災害危険域・危険度を図表示し,それが示すリスク(可能性・蓋然性であり確率的なもの)をどこまで受容し,どのような防災対応で低減させるかを,土地の利用者・居住者に選択させる機能のものです.災害時の緊急避難はその防災対応の一部です.
災害危険性評価は防災基礎講座-基礎知識編の重要な部分を構成しています.また,危険性評価の基礎を与える災害事例の典型的なものは,防災基礎講座-災害事例編に採り上げています.したがって,本講座は前2講座から災害危険性にかかわる部分を取り出し,土地素因などについての調査・分析の方法を加え,危険性評価に重点をおいた説明を与えたものになっています.また,図・写真の多くは共通していますが,その表示や説明は変えています.参考にした文献もまた共通しています.
客員研究員 水谷武司