防災基礎講座: 災害予測編-自然災害をどのように防ぐか-
6. 斜面崩壊
斜面安定条件
斜面の地層は重力により斜面傾斜の方向に引っ張られています.一方,地層はそれに抵抗する力を働かせて,斜面の変形や移動を抑えます.大雨や地震動などが作用して,地層内のある面において下に引っ張る力が抵抗する力を上回ると,この面で地層が断ち切られて上に載る土塊が一体となって滑り落ちます.(図6.1 斜面の安定条件)
土塊を斜面傾斜の方向へ動かそうとする力は,その土塊の重量が大きいほど,また,斜面傾斜が急なほど,大きくなります.滑りに抵抗する力には,粘着力と摩擦力とがあります.粘着力は粘土のような粒の細かい粒子間に働く力で,粒の粗い砂には粘着力はありません.摩擦力は土塊の重量と摩擦係数とを掛けた値で表されます.土塊の重量は上から押さえつける力として働き,これが大きいほど摩擦力は大きくなって滑りに抵抗します.土中水が多くなると,摩擦係数は低下し滑りやすくなります.
大雨による斜面崩壊では,地中に浸透した雨水による摩擦力の低下が崩壊発生の最大の原因です.浸透水により土粒子の間の隙間が水で満たされると,浮力が生じたような状態になって上から押さえつける力が小さくなるからです.地震では地震動の加速度が地層を下方へ引っ張る力を大きくすることが主原因です.
このような滑りを起こさせる要因から,危険斜面の条件を示すことができます.
大雨による崩壊危険個所
大雨による斜面崩壊が発生しやすい個所として,次のようなところが挙げられます(図6.2 崩壊危険斜面).まず地形の条件からは,斜面の傾斜が急なところ(傾斜角30度以上),斜面の途中で傾斜が突然急になるところ(遷急点)がある斜面,谷型(凹型)の斜面,上方に広い緩傾斜地をもつ斜面などです.最後の2つは多量の水が集まりやすい地形条件を示します.
地層の条件では,表土層の厚いところ,表土層の厚さの変化が大きいところ,透水性が大きく違う地層が重なっているところ,斜面傾斜の方向へ地層が傾いているところ(流れ盤),などが挙げられます.非常に急傾斜のところでは表土層は薄くなるので,表土崩壊の危険は小さくなります.水が浸透しやすい地層条件であることを示すものに,湧き水があります.いつも水がしみ出ているところ,とくに,雨のときすぐに湧き水の量が増え それが濁っているところは,要注意斜面です.雨水の浸透は崩壊を起こす最大の要因です.
人為的な条件では,道路建設などにより斜面下部が切り取られているところ,斜面の上方で大規模な地形改変が行なわれたところ,斜面内に道路建設などの人為作用が加わっているところ,樹木が伐採されそのまま放置されている斜面などです.全くの山奥は別として,斜面崩壊の発生には人為的な要因が多かれ少なかれ関係しています(図6.3 地形改変と山崩れ).
崩壊を起こしやすい地質には,深いところまで風化を受けやすい花崗岩,変質し粘土になりやすい火山岩・変成岩,シラスとも呼ばれる火砕流の堆積層などがあります.富士山のような形の成層火山は,火山灰・火山礫・溶岩など,性質の違った地層が流れ盤構造で積み重なっているので極めて不安定です.
大雨が降っても実際に崩れるのはこのような条件の斜面のごく一部であり,また,これ以外の斜面でも崩壊は多数起きています.外からは容易には分からない複雑な斜面内部の状態が大きく関係するからです.上記の斜面要因に危険度に応じた評点を与え,個々の斜面につき評点づけを行ってその合計値から危険度を評価するというチェックリスト法は,わかりやすい実用的方法です(表6.1 斜面チェックリスト).評点を決める方法には判別分析などの統計解析の方法があります.
地震による崩壊危険箇所
地震動が作用すると,水平方向および垂直方向に大きな加速度が斜面土層に加わります.これにより瞬間的に斜面の傾斜および重量(重力加速度)が大きくなるような効果が生じます(図6.4 地震動の効果).地震動はまた,液状化のような現象を引き起こして表土層を滑動させることがあります.
地震動のこのような効果から,地震による斜面崩壊は,大雨の場合では安全である傾斜角15~20度ほどの緩やかな斜面でも発生します.また,表土層のない切り立った崖も崩落させます.つまり大雨の場合よりも広い勾配範囲にわたって崩壊が発生します.地震動は側面からの抑えがより小さい地形的突出部(周りが空気である)で大きくなり,また水を集める条件は関係しないので,尾根・山稜・凸型斜面などでも崩れます.雨の浸透は表層部に限られるのに対し,地震動は山体の全体に作用するので,地震による崩壊の規模は巨大化する可能性があります.崩れた場合,崩壊土の運動には初速が加わり,いわば放り出されるような状態になるので,より遠くまで到達します.地震時に崩壊を起こさなくても,震動によって山体が脆くなり,その後の大雨で崩れを起こしやすくなります.
斜面崩壊危険域
斜面崩壊の発生は外からは容易には分からない斜面内部の欠陥に基づくもので,いつどこで崩れるかを予測するのは実行上ほぼ不可能としたほうがよいでしょう.一方,崩れたときにその崩土がどこまで到達するかは,かなり限定されます.普通の崖崩れの場合,崖際から土砂の到達先端までの距離は崖の高さと同じ距離の範囲内にほぼ収まっています(図6.5 斜面崩壊土砂の到達距離).したがって,被災の高危険域は崖の高さとほぼ同じ距離内であり,これに安全を見込んで,崖の高さの2~3倍までの範囲を危険域とするのが良いでしょう.土砂到達域の地表面に傾斜がある場合には安全度をより大きく見込む必要があります.
崩壊の危険を示すものとして急傾斜地崩壊危険箇所の指定があります(図6.6 急傾斜地崩壊危険箇所).指定の基準は,傾斜角30度以上,崖の高さ5m以上で,住家に危険が及ぶおそれのあるところです.この被災対象条件があるので,指定されているのは実際の危険斜面の一部です.危険地指定については他に,山腹崩壊危険箇所,地すべり危険箇所などがあります.土砂災害のハザードマップでは,これらの危険地指定箇所が表示されているのが大部分です.
地すべり土塊の安定
あまり急傾斜でない斜面において大量の土塊が比較的ゆっくりと滑動すると特有な地形が出現するので,そこが地すべり地であることが容易に判定できます(図6.7 地すべり地形分布).一体のブロックとして滑動した土塊は以前よりも緩やかな表面勾配をもって停止し,元の斜面が断ち切られたところには大きな段差がつくられるので,円弧状の急崖とその下方の緩傾斜面との組合せ地形の認定が,地すべり判定の主要な手段です.このかつて移動し停止した土塊が再び滑動する危険があるか否かの判定は,さきに示した斜面安定条件に基づく安全率の計算によって行います.(図6.8 地すべり安定計算). 地すべりの底面についての,滑りに抵抗する力と滑りを起こす力との比(安全率)が1に近いほど不安定で,雨や地震の作用により安全率が1を切ると地すべりが生ずる危険が大です.一方,安定な状態にまで滑動しきっていて安全率が1を大きく超えていれば,再滑動の危険はほとんどありません.ただし,その場合でも上方や側面にある急斜面(滑落崖)は不安定です.
客員研究員 水谷武司