防災基礎講座: 災害予測編-自然災害をどのように防ぐか-
14. 被害想定
マグニチュード8.0の地震が冬の夕刻に相模湾で起こった場合,利根川が埼玉県・栗橋にて計画高水位を越え破堤した場合,といったように,外力や災害現象の規模,発生場所,発生時の条件などを設定して,被害高の想定は行われます.算定の基本になるのは,過去の災害事例の被害データから得られた経験式や統計値です.経験式を導くに十分な量の被害データを与えてくれる大きな災害例は限られ,またそれらはある特定の外的条件や地域環境の下で起こったものです.被害想定の結果は,どの災害から得られた式を使うか,どの期間の災害統計値に基づくかなどに依存する性質のものです.想定の目的によっては,小地区単位で建物の種類・構造・用途ごとの全壊数・焼失数を求めて全域を足し合わせる,といったような詳細な積み上げ方式で行われますが,使用した経験的な関係式や被害率などの制約下にあることには変わりありません.
ここでは,外力や災害現象の規模・強度と各種被害量とを関係づける統計的な関係式の例のいくつかを,災害時の外的条件や地域環境の被害への影響度にポイントを置いて示します.これらは被害の大づかみな算定を行うものであり,当然に使用した災害データに依存したものです.
地震災害
地震動の各地域への入力は他の災害に比べ一様性があるので,外力と被害との関係の存在が明瞭に認められます.地震断層から放出されるエネルギー規模を示すマグニチュードは,明快な外力強度値で,被害規模を決める基本量です.海洋底を震源とする地震以外の陸域地震については,住家損壊の総数(の対数)とマグニチュードとの間には相関関係があり,震源の非常に深い地震は除外し都市域・平野部・山地部といった震央の地域別でみると,その相関関係は明瞭です(図14.1 マグニチュードと住家損壊数との関係).ここで損壊数とは全壊数と半壊数の半分との和です.各地域に与えられる係数の相対値は,平野部(非都市域)を1.0として,都市域10.0,山地部0.07となります.都市直下の地震では山地部の地震に比べ同じマグニチュードでも住家倒壊数が100倍を超えるという大きな差が出ている,ことなどをこれは示しています.住家損壊が発生ずるマグニチュードの下限はおよそ5.5です.
地震動の強さ(震度)は建物損壊などを引き起こす直接の力を示します.これを表す観測量に地震加速度があります.住家損壊率の対数は最大加速度の指数関数で与えられます(図14.2 最大加速度と住家損壊率との関係).住家損壊率は市町村単位であり,1891年濃尾地震(尾張地方),1943年鳥取地震・1948年福井地震・1995年兵庫県南部地震の被害データを用いています.最大加速度は,観測値の無い場合には,最大加速度をマグニチュード・震源距離・地盤条件の関数で表す式を使用して与えています.濃尾地震の農村部データによる式では,住家損壊は震度5強から発生し始め,6弱で倒壊率5%程度,6強で15%程度,震度7で30%以上となっています.なおこれは,建物の耐震性が現在よりもかなり劣る明治の震災の場合です.
地盤種別ごとの損壊率,木造・鉄骨造など建物強度ごとの損壊率などを与え,小地区単位で損壊数を求めて積算するということが,自治体などの詳細想定で行われています(表14.1 建物種類・構造別被害率).建物の倒壊は1次的破壊被害の中心であり,この被害規模が人的被害や火災被害の規模をほぼ決めています.出火率と住家全壊率とは季節別に比例関係があります(図14.3 出火率と全壊率との関係).火災では,建物の種類・構造・用途ごとに出火率を与えた積み上げによる想定計算が行われます.
建物被害と人的被害との間には明瞭な相関関係があるので,これから死者・負傷者などの人的被害の大きさを想定することができます.この関係は地震災害および気象災害の全般について認められます.明治以来の都市の地震災害を対象にした死者率と住家被害率との関係式からは,住家被害率10%で死者率0.1%,被害率50%で死者率1%などが得られます(図14.4 住家被害率と死者率との関係).1995年兵庫県南部地震のデータは明治・大正などの地震と同じ回帰線近くにプロットされます.早朝であったことが幸いして現代都市型的な発生様相を示さなかったことがこれからも分かります.
死者数と住家損壊数との関係は,人口や世帯数で割って比率を求めるという操作を要しないので,市町村,地方,災害全体など任意の単位で容易にその関係を得ることができます(図14.5 死者数と住家損壊数との関係).住家損壊数は人間活動の地域に現実に加わった加害力を間接的に表す値として利用できるでしょう.その比例定数は,発生時刻や発生時代などにより異なります.1868年以降に発生した45の地震災害についての回帰分析により得られた式では,死者数が夜間の地震では昼間に比べ1.5倍,1960年以前では61年以降に比べ3倍の大きさを示します.現代都市型の地震災害では,このいわば都市係数が1よりもかなり大きくなる可能性があります.
住家被害の規模は種々の社会経済的な影響の規模にかかわっています.地域社会に加わったインパクトを集約的に示すものに人口流出数があります.災害は生活困難・環境悪化・就業制約などの理由により被災地域からの人口流出を引き起こします.大災害を受けた都市単位でみた人口流出数(地震のほぼ1年後)と住家損壊数はほぼ比例関係を示します.
これらの関係式を組合わせて,地震のマグニチュード・震源距離・地盤条件から住家被害・死者数などの被害規模を大づかみに算定することができます.
大雨・台風災害
大雨の災害では,それが降った場所にではなく,破堤氾濫域・山崩れ発生域など限定された地域に主被害が生ずるので,雨量や強雨強度と被害との相関はほとんど認められません.ただし,ほぼ降った場所で起こる内水氾濫では,両者の関係が認められる場合があります(図14.6 降雨強度と浸水棟数との関係).一般に、家屋浸水棟数は降雨強度(最大日雨量、最大1時間雨量など)のほぼ3乗に比例するという関係があります.また、家屋損壊棟数は最大瞬間風速の6~7乗に比例します.
台風の勢力は強さと大きさで表現されます.現在これらは風速で示されていますが,1990年以前には強さには中心気圧,大きさには円形等圧線の半径が使用されていました.これらは天気図から容易に求めることができます.この台風勢力と総死者数あるいは総住家損壊数との間には高い相関関係が認められます.相関分析の対象データは1946~95年の50年間に日本本土に上陸して被害を与えた113の台風です.被害の大部分は上陸した地域で発生しているので,勢力としては上陸時のものを使い,強さは中心気圧深度(1気圧からの深さ)で与えています.被害には洪水・土砂・強風などの被害総てが含まれています.なお対象とする期間によって,得られる回帰式はかなり違ってきます.
死者数には,台風の勢力という物理的な力に加え,情報伝達・避難行動・防災態勢などに関わる人間的・社会的要因が影響します(図14.7 台風勢力と死者数との関係).回帰式の比例定数は時刻や時代によって異なり,台風が深夜に来襲すると昼間に比べ死者数が全期間平均で2.2倍です.ただし,現在ではこの時刻差はほぼなくなっています.時代による違いでは,1976~95年の期間に比べ1946~60年の期間ではほぼ5倍の多さを示しました.
住家損壊数には台風勢力が,とりわけ風速に関係する中心気圧深度が,大きな影響を与えます.住家損壊数の時代による変化は大きく,1976~95年では46~60年に比べ1/14と大きく低下しています.同じ勢力の台風でも,大きな高潮を起こすコースをとると被害が非常に大きくなるので,大きな高潮を起こした台風とそうでない台風とでは,住家損壊数に平均して13倍もの差があります.
1959年伊勢湾台風および1950年ジェーン台風による高潮浸水域の市区町村単位のデータから,死者率が地区平均浸水深の指数関数で表されことが導かれます(図14.8 平均浸水深と死者率との関係).水流の勢力は流速の2乗と水深の積で表されるのですが,流速データは求め難いので水深で代用しています.夜9時過ぎの伊勢湾高潮と午後1時ごろのジェーン高潮では式の定数(時刻係数)に10倍の違いがあります.
伊勢湾台風高潮についての住家流失・全壊数と死者数との関係式の比例定数には非常に大きな地域差があり,高潮の直撃を受け流速・水深の大きいデルタ沿岸部では高潮の到達が遅いデルタ内陸に比べ,比例定数が8倍で,それだけ多くの死者が出ています(図14.9 伊勢湾台風高潮の地形別被害度).
客員研究員 水谷武司