防災基礎講座: 災害予測編-自然災害をどのように防ぐか-
7. 土石流・岩屑なだれ
土石流危険渓流
大雨により生じた山崩れの土塊が,滑り落ちる間に砕かれて谷間に落下し,増水した谷の水と混じりあって谷底を高速で流れ下る,というのが最もよく起こるタイプの土石流です.大きな岩塊や大小の砂礫の集合体を流れるような状態にする力は,岩や礫が衝突してお互いを跳ねのけあう反発力です.谷底が急勾配であると,この集合体の運動速度が大きくなるので,ぶつかり合いが激しくなって,岩や礫の間にすき間ができます.このすき間には泥水が入り込むので,岩や礫はいわば浮いたような状態になり,全体が流体に,すなわち土石流に変わるのです.反発力をつくりだす力は重力の地表傾斜方向の成分です.したがって土石流の運動はほぼ地形勾配によって支配されます(図7.1 土石流の発生・流下・停止).
土石流の発生および成長域は谷の勾配がおよそ15度以上のところです.この区間の谷底に厚い堆積土砂があると,土石流はこれを取り込み雪だるま式に成長して,その勢力を増します.谷の勾配がおよそ10度以下になると,岩や礫の間の接触が大きくなり,流動性が低下して減速し始め,勾配がおよそ2~3度のところで停止します.この減速・停止域では,砂礫が堆積して扇状地のような地形がつくられます.
土石流が発生しやすい谷は,山崩れが起きやすい山地内にあり,急勾配区間(15度以上)が長く,谷底に土砂が厚く堆積している谷です.谷底の幅や勾配に変化の多い谷では,土石流の一時的減速により厚さが増して,土石流の勢力が増大する可能性があります.火山灰や火山礫など固結していない地層が積み重なっている火山の谷では,土石流材料の供給が豊富であるので,土石流発生の危険が大です.とくに,噴火によって新しく火山灰で覆われると,強い雨の時に表面流が生じやすくなるので,噴火後しばらくは土石流が頻繁に発生します.
以上のような判定基準にしたがって土石流危険渓流として判定され,その表示がされている谷があります.現在全国で約18万の渓流が,土石流危険渓流に指定されています(写真7.1 土石流危険渓流).
扇状地地形と危険域
勾配が緩くなる山麓の谷の出口に土砂が堆積してできた地形が扇状地で,周りが急に大きく開けたところでは等高線が扇形になるのでこの名がつけられます.勾配が1~2度以下といったような緩やかな扇状地は河流が運んだ土砂の堆積によるものですが,勾配の急な扇状地は主として土石流の堆積の繰り返しにより形成されたもので,土石流の危険の大きい地形です(写真7.2 土石流扇状地).
土石の流出が途絶えると,谷の流れは扇状地の上部(扇頂部)を削りこんで谷は深くなり,その側面は一段高い段丘になります.一方,扇端部では谷底の方が高い天井川になるのが通常です.この状態のときには,扇状地面と谷底の高さがほぼ等しくなる扇央部において土石流は氾濫しそこから扇形に広がります.一段高い段丘状となった側面は危険度の小さい場所です.土石の流出が活発であると扇頂部の谷底は高くなるので,土石流は扇頂から氾濫し扇状地の全面に及ぶ危険があります.いずれの場合にも谷の直下の方向は,土石流の直進性のため危険が大きいところです.土石流は現在の進行方向を維持しようとする大きな慣性を持っているからです.土石流の本体は勾配2~3度までのところで停止するので,この勾配までの扇状地面が危険域です(図7.2 扇状地の危険域区分).
直進性のため狭い谷の中にある段丘では,比高が10mもあってもその上に乗り上げる可能性があります(写真 7.3 土石流の空中写真).谷がカーブしているところでは特にそうです.土石流は停止しても,堰上げられて後に続く洪水流は,止まることなくさらに下流へと流れ下ります.これは多量の土砂や流木を運び,堰上げによって水深を増しているので, 勾配2~3度より緩やかなところでも土砂の氾濫の大きな危険があります.
洪水の場合と同じようにして,土石流の運動を表す式を使用した数値計算により,土石流の流下・氾濫・堆積域を判定することができます(図7.3 土石流の流動の数値計算).土石流の氾濫域はあまり広くないので,10m程度の狭いメッシュ間隔の数値標高データが必要になります.狭い谷底では谷底全面にわたって流下するので,危険域を知るのに数値計算は必要ありませんが,明白な地形的制約のない扇状地面においては数値計算が役立ちます.減速・停止域では土石流に後続する洪水流の数値計算も別に必要です.
岩屑なだれ
地震や火山噴火により生じた巨大崩壊の大量土砂が,水をほとんど含まないものの流動の状態になって高速流下するのが岩屑なだれです.これは厚さ100mを超えるような巨大な流れであるので,深い谷を埋め高い尾根をも乗り越えて高速で流下し,非常に遠方にまで到達します(図7.4 地震による岩屑なだれ). 崩壊の発生地点と崩壊土砂の停止地点との間の高度差をその間の水平距離で割った値(みかけの摩擦係数)は,大雨による通常規模の斜面崩壊では0.5~1程度です.つまり比高の1~2倍ほどの距離だけ動いて停止します.しかし,巨大崩壊により生じた岩屑なだれでは,この値は0.1~0.2程度にまで小さくなる,すなわち高度差の5~10倍もの長い距離にわたって流動します.水を含まないものの大きな厚み(流動土砂の深さ)をもって非常な高速で流下するので,大きな流動性を示すのです.このため山奥で発生しても,山麓にまで流れ出してきて被害を与えます.土砂が大量なため深さ100mを超える谷からも溢れ出して隣の谷を流れ下ります.したがって,危険域の限定は困難です.ただし,発生は非常に稀です.
巨大崩壊と岩屑なだれを最も起こしやすいのは, 富士山のような成層火山です.成層火山は火山灰・火山礫・溶岩流・火砕流などが,山体傾斜の方向に傾斜して積み重なっており,山頂部は安定限界に近い急勾配になっているので,非常に不安定です.中部山岳のように,隆起が激しいため谷が深く削り込んでいる大起伏山地も,急峻化により山体が不安定な状態になっています.
客員研究員 水谷武司