防災基礎講座: 災害予測編-自然災害をどのように防ぐか-
11. 地震火災
地震時の火災は,同時多発による消防力分散,建築物・構造物の倒壊や道路損壊による交通障害,消火栓や水道管の破損による水利不足,大量の自動車通行による交通渋滞などの要因が複合して消火活動が大きく阻害され,容易に大火災へと発展します.その危険度は木造建物の密集度などの社会要因によって決められます.
出火危険度
火災の大部分は建物倒壊や建物内での転倒・落下物によって生ずるので,本震の後の短時間内に一斉に出火し,その件数は建物倒壊数に比例して増大します(図11.1 兵庫県南部地震による出火地点).また使用中の火気器具の多さにもよるので,季節・時刻・建物用途なども関係します.このため軟弱地盤に展開する大都市では多数の建物が倒壊して出火数が多くなります.1923年関東地震時(夏の正午)の東京市(旧15区)における住家全壊数は約1.2万戸(推定),出火数は98で,出火率は0.02%でした.1995年兵庫県南部地震時(冬の早朝)の神戸市では住家全壊10万棟,出火件数109(地震当日)で,出火率は0.03%でした.関東地震は昼食時刻であったので,夏であっても出火率は大きくなりました.過去の地震火災のデータにより出火率は,早朝(5時台)を1.0として昼食時(11,12時台)1.5,夕食炊事時(17,18時台)2.5が得られています.また,冬季では夏季に比べ出火率が6~8倍になっています.ただし,明治・大正の事例も含んだものです.関東地震時の出火時刻は地震後10分以内が50%,1時間以内が80%でした(表11.1 出火率・初期消火率).
出火原因は使用する火気器具や燃料・エネルギー源の時代による違いを反映します.石油を使う暖房器具は冬季における主要出火源です.炊事時には油鍋の炎上が大きな危険です.薬品は関東地震時の主な出火源となり,現在でもそれは変わりません.建物用途別にみた出火危険度は,独立住宅に比べ宿泊・風俗営業施設では,ほぼ2倍とされています.現在の東京では,出火危険度の高い地区は山手線内に集中しています(表11.2 出火原因).兵庫県南部地震時の神戸市における106件の火災の出火原因(不明62を除く)は電気関係39%,ガス関係18%,電気+ガス11%で,これまでと様変わりの状況となりました.電気関係を発火源とする出火にはかなりの時間を要する場合があり,また,通電再開によっても出火が起こるので,地震の2時間後以降では出火原因の大部分が電気関係でした.
出火・炎上,天井着火から1棟火災までの10~20分ぐらいの間における,居住者や地区住民による初期消火が,常備消防力を期待できない地震時にはとりわけ重要です.関東地震時の東京市内における出火98のうちの27が火元付近で消し止められました.初期消火率は震動が激しいほど低下します.兵庫県南部地震の神戸では,地震後3日間における建物火災発生数は136で,このうちの約半数が1棟だけの単体火災で,それ以外は延焼に至りました.
延焼危険度
延焼には,風速・湿度などの気象条件,建物の種類・構造・密度,道路・公園等の空地比率などの都市構造要因,河川・海・崖などの地形要因,消防力などの人為要因が関係します.
延焼速度は風速の増大につれ指数関数的に増加します.関東地震時は折悪しく台風通過時で秒速10~20mの強風が吹きしかも風向が大きく変化したので,世界史上最大の火災に発展しました.延焼速度は時速200~400m,最大800mでした.兵庫県南部地震時の神戸では,平均風速が2~3m/秒(最大は約7m/秒)と弱かったので,延焼速度は最小で20m/時,最大で70m/時程度,平均して30~40m/時でした.この遅い速度で16時間にわたりゆっくりと火災域が拡大しました.
都市構造要因は延焼危険度に大きくかかわります.木造建物が密集し不燃化率が低く道路が狭い住宅地区は危険度が非常に高いところです.現在の東京では,このような地区が多い環状7号線に沿う地域にて延焼危険度が高くなっています.耐火性の建物が多い山手線内では出火危険度が大きくても延焼危険度は小さくなっています(図11.2 東京の火災危険度).兵庫南部地震では,「大火」とされる焼失区域面積3.3万平方m以上の火災はすべて木造建物の密集度の高い長田区,須磨区および兵庫区で起こっています.延焼速度はきわめて遅かったものの,関東地震に次ぐ火災規模になったことの理由としては,水利不足や交通渋滞などによる消火活動の阻害が挙げられます.ここは扇状地で河川には水が乏しかったこと,周辺地域からのアクセスが阻害されやすい山と海にはさまれた幅狭い沿岸地域という地形的条件もかかわっています.関東地震の東京では川により避難が妨げられ,人が集中した橋の袂などで大量の死者が出ました.
延焼を阻止する要因には,道路・鉄道,空地・緑地,河川・海,耐火造・防火壁,消防活動などがあります(図11.3 延焼阻止要因).関東地震の東京では,空地・緑地や自然地形が約半分,消防活動が28%でした.神戸では道路・鉄道・空地が63%,消防活動14%でした.
道路,公園,緑地帯などの広いオープンスペースがあり,河川や崖などの自然地形や鉄道などの構造物・地物を利用した延焼遮断体が帯状に連続し,危険な施設・工場は隔離されている都市は安全度が高いところです.
客員研究員 水谷武司