防災基礎講座: 災害予測編-自然災害をどのように防ぐか-
10. 津波
津波発生海域
海底下で生じた地震断層により海底面が急激に隆起ないしは沈降すると,その地形変化はほぼそのまま海面の変化に移し変えられ,すぐさま海面の大きな波動が生じて周囲に伝わっていきます(図10.1 津波発生模式図).大きな津波を発生させるのはプレートの沈み込みに伴って生ずる海溝型巨大地震で,これは低角の逆断層です.このタイプの断層では海面が押し上げられるところと引き下げられるところとが生じます.押し上げの側では押し波(海面上昇)が先頭となって伝わり,引き下げ側では引き波(海面低下)が先行します.津波の第1波が押し波か引き波かは危険の認知に影響を与えます.
津波は海底面の垂直地形変化が生じた海域で発生します.この範囲は波源域と呼ばれ,この外周から津波は発進します.波源域の形は断層面の形状に対応してほぼ楕円形です.大きな津波を起こす海溝型地震では,波源域は海溝に沿って細長くなります.この細長い楕円の短軸方向(横方向)に津波のエネルギーは強く放出されます.海溝は大陸や弧状列島にほぼ平行して走っているので,波源域は陸地に側面を向ける楕円形となり,陸地に向かってより高い津波を伝えます.
千島~日本海溝に面する北海道・東北の太平洋岸沖で大規模津波が多く発生していますが,ここでは波源域が陸地から100km以上離れているので,津波が海岸に到達するのに30分ほどかかります(図10.2 津波波源域).これに対し南海トラフや相模トラフにおける地震の震源域は陸地に極めて接近しているため,津波の最初の押し波は数分以内に海岸に到達するので,避難余裕時間は非常に短くて危険です.日本海の北海道・東北沖における津波の波源域も比較的陸地近くに位置します.
太平洋の周りには海溝がつらなり海溝型巨大地震を起こしています.それによる津波が巨大規模であると,長時間かけて太平洋を横断し日本にも来襲します.南米大陸に沿うチリ海溝は太平洋をへだてた真向かいの地球裏側にあるので,ここで起こった巨大津波は日本付近で収斂して波高を大きくし,しばしば日本の太平洋岸に被害をもたらしています.
断層破壊が比較的ゆっくりと進んで地震の揺れは強くないのに対し,海底地形変化は大きいので高い津波を起こすという津波地震があります.陸上で感じられる震度は小さいので,避難が遅れて大きな津波被害を引き起こしています.日本では津波地震は三陸沖の日本海溝沿いで多いという傾向がみられます.2.2万人の死者をだした明治三陸津波はこのタイプの地震で,陸上での最大震度は4でした(図10.3 三陸リアス地形と津波波高).
津波の増幅と遡上
津波の進行速度は水深の平方根に比例するので,水深が浅くなるとその速度は低下します.津波が海岸に近づくと波の先頭がしだいに減速し,そこへ後からの波が追いつき押し込まれ重なるので,波の高さが増します.奥ほど狭まっている湾の中に入ってくると,こんどは横から押し込まれて波はさらに高くなります(図10.4 湾内での津波増幅).地盤や建物などと同じように,湾にも平面形や水深分布などによって決まる固有周期があります.入射する津波の周期と湾の固有周期とが一致すると,共振現象により津波が増幅されます.
このようにして高さを増した津波は激しい流れとなって海岸を越え,陸地内へ流入します.津波の一波による海面の高まりは数分以上続くので,継続的に海水は流入してきます.波とは表現されるものの,周期の短い風波の打ち寄せとは全く異なります.海面は数分程度で上下し流速は大きいので,海岸部での最大波高までの標高域が全面浸水するということにはなりません.勾配など海岸地形の条件によって,大きな這い上がりを示したり,あるいは逆に低下したりします.
最大到達標高は津波の規模を表す主要な指標です.明治三陸津波では三陸海岸において最大38mを記録しました.津波の高さは被害の大きさを決める主要因ですが,流れの水深が3mもあれば破壊力は十分に強大ですから,海面に近い標高の海岸低地にある集落では,最大波高が数mあればほぼ完全な破壊を受けます(図10.5 津波の高さと被害率).
危険海岸と浸水危険域
津波増幅の条件から,危険海岸として第一にあげられるのは海溝に面した奥深い湾です.平面がV字状で,奥に向けての狭まりが大きいほど,また,水深の浅くなりかたが大きいほど,増幅度が大きくなります.山地が沈降し谷間に海が進入して海岸線が屈曲に富むリアス海岸は,津波の危険が大きいことはよく知られています(図10.6 三陸海岸における津波被害).海溝に面するリアス海岸には,東北の三陸海岸を典型として,他に志摩半島,豊後水道の両岸などが挙げられます.湾の大きさや形によって固有振動周期が異なるので,チリ沖から来るような周期の長い遠地津波では,周期の短い近地津波とは違った増幅の様相を示し,思いがけない被害をもたらすことがあります(図10.7 大船渡湾における津波浸水域).湾内が広く奥深くて,海への出口が狭いような閉鎖的内湾において共振による増幅が著しくなります.
直線状の海岸でも,海岸近くの海底勾配が小さいと(遠浅であると),海水の戻りが遅くなり,その結果として陸地内に進入した海水が引き戻されることなく,より高くまで到達します.1703年の元禄地震では遠浅の九十九里浜で死者数千人の大きな津波被害が生じました.1983年の日本海中部地震では直線状で遠浅の能代海岸において10mを超える到達高を示しました.
陸地に侵入した津波は最大波高を大きく超えるような這い上がりを示すことがあります.一方,奥行きの深い緩やかな海岸低地では,侵入海水は数分程度で上下する海面の変化によってすぐに引き戻されるので,到達限界標高は低くなります.このような海水の動きと到達域は,津波の流動の数値計算によって判定できます(図10.8 津波遡上の数値計算). 過去の大きな津波の浸水域は危険域判定のわかりやすいデータです.これらの方法により津波ハザードマップが日本の津波危険海岸域について作成されています(図10.9 津波ハザードマップ).ただし,これは安全域を示すものではなく,避難や居住にあたっては安全率を非常に大きくとった対応が必要です.台風による高潮とは異なり,津波の高さに限界はないといってよい性質のものなのです.
客員研究員 水谷武司