防災基礎講座: 災害予測編-自然災害をどのように防ぐか-
8. 地盤強震動
地震動の増幅機構
地震による災害を引き起こしその規模を決めるのは,それぞれの場所における地震動の強さ(震度)です.震度を決める主要因は,地震の規模(マグニチュード),震源からの距離,およびその場所の地盤条件です.ここで地盤条件は,危険度を細かく場所ごとに決める最大の要因です.
地震の主要動(S波)の伝わる速度は,岩盤・地層の硬さの程度によって決まり,硬い岩盤では秒速3,000m程度,かなり締まっている洪積層で400m程度,沖積層のような軟らかい地層では100~200mほどです.地下深部から伝わってきた地震波は地表面で反射して戻っていきますが,その一部は最表層の軟らかい地層の上下の境界面で反射を繰り返して,その地層中に留まります.この留まる部分は地震波の速度が遅い(密度が小さく軟らかい)地層ほど多くなります.したがって沖積層のような軟弱地層中には多くの波が詰め込まれて重なり合い,地震動が増幅されます(表8.1 地震波速度).
物体はすべて建物も地盤も,非常に揺れやすい特有の固有周期をもっています.これと同じ周期で力が加えられると,そのエネルギーがロスなく取り込まれて大きな揺れが誘発されます.これが共振現象による震動増幅です.地盤の固有周期の概略値は,岩盤0.1秒,洪積層0.2~0.3秒,沖積層0.4~1.0秒,埋立地・沼地1.0秒以上,などで,地層が軟らかく,またそれが厚くなるにつれ固有周期は長くなります.
地震波にはいろいろな周期の波が重なっており,通常もっとも多いのは0.5~1秒ほどの周期の波です.したがって,沖積層のような軟弱地層は共振現象により大きく震動します.更に,一般の建物・構造物も0.4秒前後から1秒前後までの固有周期をもっているので,地盤と建物の間での共振が生じて,被害が大きくなります.一方,地表近くまでが岩盤のところでは,地震動との共振も一般の建物との共振も起こらないので,被害は小さくて済みます.したがって,地盤条件の把握,とくに,軟弱な沖積層の分布の調査が危険度判定の基礎です.
地盤調査・地形分類
地盤の種類・性質は主としてボーリングによって調べられ,その硬さは標準貫入試験により得られるN値によって簡潔に表現されます.標準貫入試験とは,先端にサンプラーをつけたロッドをボーリング孔の底におろし,重さ63.5kgのハンマーを75cmの高さから自由落下させて,サンプラーを30cm貫入させるのに要する打撃回数(N値)を測定する試験です.N値は,砂地盤では砂粒子の詰まり具合(相対密度)を示し,10未満で“締まりが非常に緩い”という状態です.粘土地盤では水分の多寡による土のかたまり合いの程度を示し,5未満で“非常に軟らかい”,状態を示します.(表8.2 地層の硬さとN値).N値0は,ロッドを孔底におろしただけで30cm以上沈みこむという非常に軟らかい状態です. S波速度はN値の1/3乗に比例し,N値5で秒速150m程度,N値0で80~100mほどです.
地震動の強さは最大加速度,最大速度などで表現されます(図8.1 30年確率の地震動強さの分布).地層別にみた最大加速度の平均的な値は,締まりのゆるい泥質の沖積層(地形で表すと三角州・後背低地など)を基準(1.0)として,砂礫質の沖積層(扇状地平野など)0.8~0.85,締まった砂泥層からなる洪積層(洪積台地など)0.7~0.75,固結岩層(山地・丘陵)0.5~0.55などです.これは,たとえば硬い岩盤では泥質の軟弱層に比べ最大加速度が半分程度になる(震度では1.5程度小さくなる)ことを示します(表8.3 地震動増幅率).
1982年の新耐震設計基準では,地盤を固有周期に基づき次の3種に分類しています.岩盤・硬質砂礫層は第1種地盤(硬質),腐植土・泥土などの沖積層で深さが30m以上,あるいは沼沢などを埋め立てた地盤が3m以上は3種地盤(軟弱),これら以外は第2種地盤(普通)です.沖積層が厚いと固有周期が1秒前後と長くて共振現象が著しくなるので,悪い地盤に分類されます.したがって軟弱地層の厚さの調査が重要です.
ボーリングは高い建物の建築や道路・鉄道・高圧送電線などの建造の際に行われることが多いので,その調査地点は市街地に偏在し,また,線状に分布するので,データが得られない広い空白域があるのが通常です.このようなデータから地盤分布図をつくるのには,かなりの推定が伴います(図8.2 沖積層厚分布).
表層地盤と地形との間にはよい対応関係があるので,平面的広がりの把握が容易な地形を利用して地盤分布図が作成されます(図8.3 地形と地盤との対応).地形をその3次元形状,形成営力(地形をつくった作用力),地理的な位置,形成時期などに基づいて分類を行うと,各単位地形はそれぞれ特有な地層・地盤条件を示すという関係があるのでこれを利用します.地形分類作業は主として空中写真の実体視により行い,傾斜変換線,形態,位置,土地利用,色調などを手がかりとして境界を引き,対象範囲の全域を単位地形に区分していきます(図8.4 地形分類図). ただし連続的に変化しているので境界を引き難い場合は多く,とくに自然堤防などの低地微地形については作業者の個人差が出ます.地形図だけでも,コンターの間隔や走り方,地盤高などから,おおよその地形分類は可能です.明治・大正期の地形図は,自然状態での地形をより明瞭に示してくれるので,地形の性質の判定に役立ちます.
軟弱地盤の分布
地震動による災害が発生しやすいのは沖積層で構成される沖積低地です.約1.8万年前の氷河期ピーク時には海面は現在よりもおよそ130m低い水準にあり,河川は陸地を削り込んでいました.その後の気候温暖化により海面は急速に上昇して海が陸地内に進入しました.こうして出現した多数の入り海や内湾などを河川搬出土砂が埋めた地層が沖積層です.海を埋めた地層(三角州性堆積層)の上には陸上の河川が土砂を堆積させますが,この陸成層も沖積層です.したがって形成後間もないので固結は進んでいなくて,空隙の多い締りのゆるい地層です.河川が海まで運び出すのは主として細粒物質なので,沖積層はほぼ砂・シルト・粘土によって構成されています.
軟弱な沖積層が分布することの多い地形を次ぎに示します(図8.5 軟弱地盤の分布域).三角州は海に運ばれた泥質物が沈積して形成された地形で,軟らかくて厚い沖積層からなります.その厚さは東京の荒川河口域で約70m,基盤の沈降の激しい新潟平野では120mに達します.沖積層厚は埋没谷のあるところで大きくなります.埋没谷は,かつての海面低下時に河川が陸地面を削りこみ谷地形をつくって流れていた主流路のところで,大流量河川ほど深い谷をつくっています(図8.6 荒川低地の埋没谷).大規模な平野では.平野基盤の沈降の様式が沖積層の厚さの分布を決めています.たとえば,関東平野では平野中央を中心として盆状に沈降しているので,中央で沖積層・洪積層が厚くなっています.この盆状の構造の中で地震波が反射を繰り返して震動が長く続き,また揺れも大きくなります.濃尾平野では基盤が西に傾いて沈降しているので,平野西縁で沖積層が厚く,また標高も低くて木曽三川は西に寄り集まって流れています.
表層が特に軟弱なところは,入り海の名残である潟性低地,旧池沼,台地内の谷底などの凹状地で,泥炭や有機質土が表層にあることがしばしばです.干潟を陸化した干拓地は非常に軟らかい地層からなります.表層が局地的に軟弱な地層は台地内の谷底に多く分布します(図8.7 山の手台地谷底と荒川低地の地層).とくに,沿岸砂州によって谷の出口が閉ざされた状態になったところには,軟弱有機質層が分布します.平野の主部である氾濫原には,河川氾濫時に砂質物が堆積してつくられた堤防状の微高地が分布します.この自然堤防や河道により囲まれた凹状地を後背低地とよびますが,ここは排水条件が悪く,一般に泥質の軟らかい地層からなります.
山地内の谷底平野や盆地では,台地内谷底とは異なり粗粒の砂礫で構成されるので,沖積層ではあっても硬い地層です.しかし,硬い基盤岩がつくる盆状地形を未固結の堆積層が埋めているという地下構造のために,下方から入射した地震波の屈折による波の収束や,盆地側方の基岩面で発生する反射波との重なりなどによって,盆地縁辺で局地的に地震動が増幅されるという現象が起こります.山麓に形成される勾配の大きい扇状地は砂礫よりなり地層は硬いのですが,側面山地が地下に連続してつくる基盤面の形状によっては,兵庫県南部地震時の神戸のように局地的な震動増幅が生じます(図8.8 基盤地形による地震動増幅).
地震被害と地盤
地震被害が地形・地盤条件に応じた分布を示すことは,地震のたびに認められます.したがって,地震被害,とくに建物の倒壊率から地盤条件を推定することができます.
1891年濃尾地震 (M8.0) は最大規模の内陸地震で,激甚な被害をもたらしました.震央近くでは激しい震動のため地盤に関係なく住家倒壊率は100%近くであり,震央から離れるにつれ地形(地盤)による差が大きく現われました(図8.9 濃尾平野の地盤と濃尾地震被害).震央から50kmのところについてみると,住家倒壊率は氾濫平野・三角州(沖積層厚20m以上)60%,同(沖積層厚20m未満)35%,台地・扇状地7%,丘陵地2.5%という差があり,距離が増すにつれこの差は増大しています.1923年関東地震(M7.9)においても,住家倒壊率にこれと同じ関係が認められます.
東京は関東地震の震源からかなり離れていたので,山の手台地面では全壊率がほぼ1%以下で,震度は5強~6弱でした.これに対し隅田川・荒川低地中の沖積層が厚い地域および山の手台地を刻む谷の出口や谷底の旧池沼域(表層が泥炭層などで非常に軟弱)では全壊率が30%以上(震度7)を示しました(図8.10 関東地震被害と地盤条件).現在の荒川流路付近には,かつての氷河期の海面低下時に古利根川がつくった深い埋没谷があるので,それを埋めて堆積した沖積層が厚く分布します.
横浜市の中心市街の大半は軟弱な泥層からなる干拓地や埋立地に展開しているので,関東地震により非常に多数の建物が倒壊しました.地形別の住家全壊率は,台地・丘陵地で5%程度であったのに対し,谷底低地ではおよそ40%,沖積層の厚い干拓地・埋立地では80%を超えました.
1948年の福井地震 (M7.1) は,被害の激甚さから震度階7(激震)が新たに加えられたという強い内陸地震でした.被害の大部分は,幅12km,長さ40kmの細長い盆地状の福井平野内に集中しました.平野東部を南北に走る潜在断層がありますが,被害は断層に関係なく沖積平野内全域に及んでいます.全壊率は平野の全域にわたってほぼ50%以上ですが,側面の山地に入るとすぐに0に低下し,山地と沖積低地との差が際立って現われました(図8.11 福井地震被害と地下構造).これには盆地状の地下基盤構造がもたらす地震波の屈折・反射による震動増幅も関係しています.
個々の住宅の倒壊危険度については,チェックリストによる簡易診断法があり,各種のパンフレットが提供されています(表8.4 簡易耐震診断表).弱い木造住宅は,地盤が悪い,基礎が堅固でない,筋交いのある壁が少ない,壁の配置がかたよっている,家の形は不整形である,屋根が重い,老朽化している,蟻害をうけている,などです.
客員研究員 水谷武司