2009年フィリピン台風災害調査速報

このページでは、2009年9月26日から10月初旬にかけてフィリピン、ルソン島を襲った台風オンドイ及びペペンの被害調査報告を掲載しています。本調査は、防災研究フォーラム『突発災害調査』として行われたものです。

6.2009年の台風16号と17号の自然科学的特性

 台風第16号(アジア名:ケッツァーナ(Ketsana)、フィリピン名:オンドイ(Ondoy))は、2009年9月26日に発生し、その後、フィリピンルソン島からインドシナ半島に上陸し、フィリピン、ベトナム、カンボジア、ラオスなど各地に大きな被害をもたらした後、最終的に、9月30日にインドシナ半島付近で熱帯低気圧に変化した。特に、フィリピンのマニラ首都圏での雨量は、26日の降り始めからの9時間で410.6mmを記録し、マニラ首都圏の8割近くが冠水した。これは、1967年6月に記録された24時間で334mmの最大雨量を42年ぶりに上回るものであった。最低気圧は960hPa、最大風速は35m/sであった。
 引き続いて、台風第17号(アジア名:パーマァ(Parma)、フィリピン名:ペペン(Pepeng))が、9月29日に発生し、その後、フィリピンルソン島に上陸・離陸・再上陸をくりかえした後、南シナ海に抜け、一端、熱帯低気圧に変わった後、再度台風となり、中国南海島に上陸し、最終的に、10月14日にトンキン湾付近で熱帯低気圧に変化した。最低気圧は930hPa、最大風速は50m/sであった。
 両台風はインドシナ半島の各地、特にフィリピン近郊に大きな被害をもたらした。これは、台風17号が強大な台風であったこともあるが、台風16号、17号と連続して2つの台風が発生・上陸したことと台風17号が18号との相互作用によりフィリピン付近に長期間複雑な動きを伴いながら停滞したことが大きいと考えられる。これらの一連の台風における自然科学的特性として興味深いのは、後者の台風17号と18号の相互作用(藤原効果と呼ばれる-1921年に当時の中央気象台所長藤原咲平博士により提唱された- Fujiwhara, 1921)であろう。
 藤原効果とは元々は「2つ以上の台風(より一般には、同じ回転方向を持つ2つ以上の渦)が接近して存在する場合(約1000km以内)に、それらの中間のある点のまわりで相対的に低気圧性の(より一般には、もとの渦と同じ回転方向に)回転運動をすること」のことであるが、近年では、より一般に、「2つ以上の台風が接近して存在する場合に、台風が互いに影響しあう現象」のことを指すことが多い。実際の台風の動きは、単純な回転運動だけでなく、互いの距離や大きさ、そしてまわりの風の影響などを受け、非常に複雑になることが多い。また、そのパターンは、一般には、相寄り型、指向型、追従型、時間待ち型、同行型、離反型の6つの型に分類されているが(饒村, 1986)、一連の台風が、その発達に伴って複数のパターンを示すことも多い(例えば、Lander and Holland, 1993)。

台風17号のフィリピン・ルソン島付近での経路

図1. 台風17号のフィリピン・ルソン島付近での経路
(from the presentation by Ms.Olive Luces (Regional Director, Cordillera Administrative Region, Office of the Civil Defense, Regional Disaster Coordinating Council) at Baguio City, Philippines on 27 Nov. 2009.

 実際、台風17号と18号では、衛星画像を見ると、時間待ち型(東西の2つの台風のうち、東側の台風が発達しながら北西進し、北に行くのを待って西側の台風が北上するパターン)→相寄り型(2つの台風の勢力が極端に異なる場合、弱い方の台風が強い方の台風に吸引されて急速に衰えて1つになるパターン)→指向型(一方の台風の循環流と指向流が重なって、それによりもう一方の台風が流されるパターン)→離反型(東西の2つの台風のうち、東側の台風が加速しながら北東進し、もう一方が減速しながら西進するパターン)の順で変化したと考えられる。より具体的には、まず、台風17号と18号は9月29日頃に連続してそれぞれカロリン諸島・マーシャル諸島近海で発生した。このとき台風17号の東側に18号が存在し、両台風共に東風に流されながら太平洋を西進する。次に、17号がフィリピンルソン島に上陸する頃、18号の進行が速く17号に近づいたことで、藤原効果が発生し17号の進行が停滞する(時間待ち型:10月3-4日頃、図2a)。次に、18号が沖縄付近を進む頃、17号が18号に吸引されるように、急激に衰弱し(相寄り型:10月5-6日頃、図2b)、かなり勢力の弱まった17号は、北風に流されて南下する(指向型:10月7日頃、図2c。南下については、図1も参照)。次に、18号が北東進し17号が南下し両者の距離が離れると、17号は勢力を取り戻し、東風に流されて西進した(離反型:10月8日頃、図2d)。18号は日本に上陸し、2009年に日本に上陸した唯一の台風となった。
 特に、台風17号の南下は、台風は通常南下することはないので、藤原効果の顕著な表れと考えることができるであろう。このような台風の南下は、2000年9月に発生した台風15号(Bopha)においても、その直前に発生した台風14号(Saomai)との相互作用として、観測された(Wu et al., 2003)。
注:最低気圧と最大風速は、気象庁による値。降雨量は、現地報道による値。日付は、グリニッジ標準時(GMT)での値。

「ひまわり6号」(MTSAT-1R)による東南アジア域の赤外衛星画像(IR1: 10.3-11.3μm)

図2. 「ひまわり6号」(MTSAT-1R)による東南アジア域の赤外衛星画像(IR1: 10.3-11.3μm)。2009年10月の(a) 3日12時, (b) 06日6時, (c) 7日12時, (d) 8日6時. (c)では、日本列島上に被さっているのが台風18号である。(d)では、台風18号は既に領域外にある。画像は、高知大学気象情報頁(http://weather.is.kochi-u.ac.jp/)による。

この章の参考文献:
Fujiwhara, S. (1921): The natural tendency towards symmetry of motion and its application as a principle in meteorology, Q. J. Roy. Meteor. Soc., 47, 287-292.
Lander, M. and G. J. Holland (1993): On the interaction of tropical-cyclone-scale vortices. I: Observations , Q. J. Roy. Meteor. Soc., 119, 1347-1361.
饒村曜(1986):台風物語-記録の側面から-、クライム気象図書出版
Wu, Chun-Chieh, Treng-Shi Huang, Wei-Peng Huang, and Kun-Hsuan Chou, 2003: A New Look at the Binary Interaction: Potential Vorticity Diagnosis of the Unusual Southward Movement of Tropical Storm Bopha (2000) and Its Interaction with Supertyphoon Saomai (2000), Mon. Wea. Rev., 131, 1289-1300.

トップページへ戻る次の章へ