2009年フィリピン台風災害調査速報

このページでは、2009年9月26日から10月初旬にかけてフィリピン、ルソン島を襲った台風オンドイ及びペペンの被害調査報告を掲載しています。本調査は、防災研究フォーラム『突発災害調査』として行われたものです。

10.マニラ首都圏の水害

1.マニラ首都圏の水害に関わる自然・土地環境

(1)気候と台風災害
(2)水文環境と洪水対策
(3)土地環境と洪水氾濫危険地帯

2.水害の地域性

(1)被害概要
(2)水害の地域性
(3)水害の様相
1)外水氾濫を主としたマリキナ川氾濫原の水害
2)外水氾濫を主としたサンファン川沿いの谷底平野の水害
3)内水氾濫を主とし、長期間湛水したラグナ湖岸平野の水害
4)内水氾濫を主としたマニラ湾沿いの海岸低地の水害

3.おわりに

10.マニラ首都圏の水害 佐藤照子

 アジアは世界でも水害リスクの高い地域であり、世界の水害被害の2/3がこの地域で発生する。さらに、地球温暖化に伴う海面上昇や豪雨規模の増大、そして人口爆発等が水災害リスクをさらに上昇させようとしている。このアジアにおいては、水災害軽減が重要な課題の一つとなっている。
このアジアの中のフィリピンを、2009年9月から10月にかけて3つの台風が通過し、ルソン島中部から北部にかけて水害や土砂災害による甚大な被害が発生した。まず、2009年9月25日から26日にかけて台風16号(Ondoyオンドイ)がもたらした豪雨により、人口1,000万人に達するマニラ首都圏(メトロマニラ)やリザール州を中心に各地で水害が発生した。その被災者は470万人、死者・行方不明者は464人に達した。さらに、2009年10月中旬には、台風17号(ペペンPepenng)がルソン島北部のバギオ市やベゲット州にもたらした豪雨により、土砂災害が多発した。続いて、台風18号(サンテSante)が再びマニラ首都圏周辺を襲った。これらの被害の中でも、とりわけ、台風16号によるマニラ首都圏の水害の被害は甚大で、全被害に対する割合は、家屋被害においては1/3、人的被害においては1/2、経済被害においては1/2に達するなど、大きな比率を占めた。
このマニラ首都圏で発生した大規模な水害の実態を把握するための現地調査を、防災研究フォーラムの支援を得て行った。現地では、被災地のフィールド調査と防災関係機関の聞き取り調査を行い、大都市で発生した水害の地域性をできるだけ総合的に把握しようと努めた。本章では、この現地災害調査で明らかになったマニラ都市圏における水害の実態を報告する。
なお、ここでは機関名を表1に示すような略称で記述する。

表1 防災関係機関等の略称
略称 機関名称(英名) 機関名称(和名)
DPWHDepartment of Public Works and Highways公共事業道路省
LLDALaguna Lake Development Authorityラグナ湖開発局(環境天然資源省)
MGBThe Mines and Geosciences Bureau / Department of Environment and Natural Resources鉱山地球科学局
MMDAMetro Manila Developing Authorityマニラ首都圏庁
NDCCNational Disaster Coordination Council国家災害調整委員会
NMRIANational Mapping and resource Information Authority国立地理情報機構
PAGASAPhilippine Atmospheric, Geophysical & Astronomical Services Administrationフィリピン気象庁
PNRCPhilippines National Red Crossフィリピン赤十字
JICAJapan International Corporation Agency日本国際協力機構
ADB Asian Development Bankアジア開発銀行
WBWorld Bank世界銀行

1.マニラ首都圏の水害に関わる水文・土地環境

調査対象地域であるマニラ首都圏(メトロマニラ、NCR:National Capital Region と呼ばれる)はルソン島南西部に位置するフィリピン国の首都であり、政治・経済の中心地である。その範囲は東西約25km、南北約40km、面積は636km2におよび、17の行政単位で構成されている(図1)。都市圏中心部のケソンQuezon市には国の行政機関が集中し、商業の中心地であるマカティMakati市には高層ビルが林立し、マニラManila市は古い歴史をもつ旧市街地で、観光地としても知られている。
そのマニラ首都圏の人口は急激に増加中である。1970年代に400万人だった人口は、80年代に600万人、そして現在では1,000万人を越え、2015年には2,500万人になると推計されている。このように、東南アジアの中でも有数の人口過密都市である(JICA, 2004)。この人口増大にともないマニラ都市圏では開発が進行し、土地利用の変化や土地利用の高密度化が進行している。これらは洪水流出特性の変化や被害ポテンシャルの増大の要因となり、水災害のリスクを増大させている。

(1)気候と台風災害
図1 マニラ首都圏の17市の位置図(MMDA提供を編集)

図1 マニラ首都圏の17市の位置図(MMDA提供を編集)

 アジアモンスーン地帯に位置するフィリピンは、熱帯気候に属し豪雨による風水害のリスクを抱えている国である。マニラ首都圏の気候についてみると、雨期と乾期の区別が明瞭で、乾期は11月~4月である。年平均降水量は1700-3000mmで、その80%以上は雨期に降る。ケソン市のScience Gardenの記録によると、8月の降水量が最も多く約500mm、次いで7月が480mm、9月が380mm、6月が340mmである。少ない月は2月で約10mm、次いで1月、3月の30mmである。なお、同地点における年平均気温は27℃である(JICA,1994)。
マニラ首都圏の台風被害をNDCCの統計でみると、1991~2003年(1998年データ無し)の12年間にdestructive typhoon に34回襲われ、112人の人的被害(死者63人、負傷者40人、行方不明者9人)、被災世帯186,964世帯、被災者1,035,063人、全壊家屋1,342棟、半壊・一部損壊家屋14,860棟、インフラ被害87.078 Mil. Pが発生している(WB,2005)。

(2) 水文環境と洪水対策

水文環境
マニラ首都圏は、北部と最南端のマニラ湾沿いの一部を除き、パシグ・マリキナ・ラグナ湖流域(Pasig -Marikina-Laguna River Basin: 流域面積4,678 km2)に入る(図2)。本報告では、この流域で発生した水害を調査対象とする。本流域は名前の通り2つの河川と1つ湖からなる。その一つが、流域北東部シェラマドレ山脈から流れ出すマリキナ川(最高標高1,122m 、流域面積516.50 km2 :Napindan junction 地点)である。マリキナ川は、マリキナ川氾濫原を蛇行しながら南流し、左岸のロザリオ水門からマンガハン放水路(8.5km,幅220m)へと洪水を分流する。ここまでをUpper Marikina river、その下流をLower Marikina river と呼ぶ。Lower Marikina Riverは南流を続け、Napindan Janctionで、ラグナ湖(Laguna Lake or Laguna de Bay)から北流してきたパシグ川に合流する。このパシグ川はラグナ湖のただ一つの流出河川である。ラグナ湖北岸からナピンダン水路Napindan channel (長さ8km、幅70m)を北流し、Napindan Janctionでその流れを北西へと変え、中央台地を横切りマニラ湾岸沿いの海岸低地へと入り、低地中央部の旧市街地付近でマニラ湾に注ぐ。この間の流路長は19.5km、河道幅は約100mである。このパシグ川に、中央台地を流域とする右支川のサンファン川が流入する。
そして、流域の中央部から南部の広い地域を占めるフィリピン最大の湖水面積900 km2を持つラグナ湖である。ラグナ湖の流域面積は3,820 km2と、全流域面積の約8割を占める。この広くて浅い湖は、20以上の支川流域から流出した水を一時的に貯留するとともに、洪水時にはマリキナ川の遊水池として機能する。また、マニラ湾の海水面が湖水面より高い時には、海水が湖へと逆流する。

図2 パシグ・マリキナ・ラグナ流域図(NAMRIA1:250,000を編集)

図2 パシグ・マリキナ・ラグナ流域図(NAMRIA1:250,000を編集)
  右上がパシグ・マリキナ・ラグナ流域、左の拡大部分はマリキナ川、サンファン川流域
赤実線:流域界、赤破線:マリキナ川、サンファン川流域界

流域の開発と洪水流出特性の変化
人口が増大を続けるマニラ首都圏では、都市域が拡大を続けている。そして、土地利用の変化は洪水流出の増大や洪水氾濫の空間分布の変化などをもたらし、水害のリスクを変化させている。例えば、マニラ中心部の都市排水路の計画策定時には浸透域50%とし、流出係数0.4-0.5を用いていたが、現在では、流域の開発により流出係数が95%まで上昇している(P.B.Gatan,2009)。このように、都市排水路では、洪水流出特性の変化が、相対的に治水施設の規模が低下させている。また、マニラの北東30kmに位置するマリキナ川流域はマニラ首都圏の主要な水源のひとつであり、水源保全地域に指定されている。しかし、不法伐採、不法居住者による焼畑耕作、無秩序な農耕により、同流域の森林は急速に減少しつつある。森林の減少は大小の洪水発生、人口増大が著しいマニラ首都圏の水不足等の問題を惹起し、フィリピン国発展の阻害要因となりつつある。また、流域南部のボソボソ川上流の平坦な地域の養豚場の排水による河川の汚染がすすんでいるともに、このボソボソ川の南に位置し、丘陵状の地形をするNangka River流域では住宅地開発が進んでいると報告されている(JICA,1994)。

マニラ首都圏の洪水対策
水害においては、洪水氾濫すなわちハザードが地表面近くで発生するため、大規模な治水施設でハザードをコントロールすることが行われている。マニラ首都圏における洪水制御の要はマンガハン放水路(1986年建設、計画規模は1/100年、平均水路幅220m、流下能力2400m3/sec)である。マリキナ川洪水流量の70%を、ロザリオ水門からラグナ湖へと分流し、下流のパシグ川へと流れ下る洪水流量を減少させる。これにより、都市中央部を流れるパシグ川の洪水氾濫を軽減することができる。台風オンドイ来襲時も、マリキナ川の洪水3,000 m3/secがラグナ湖に分流され、パシグ川では外水氾濫が発生したのは一部だけであり、内水排除のポンプも稼働を続けることができた。このように、マンガハン放水路は都市中央部の水害軽減に大きな役割を果たしている。
パシグ・マリキナ川の計画規模は30年確率洪水(マリキナ川約2,600~2,900 m3/sec、パシグ川中流部500~600 m3/sec、パシグ川最下流1,200 m3/sec)であるが、計画規模程度の流下能力があるのはパシグ川中流部だけである。他の区間は未完成で、例えば、マリキナ川の現在の流下能力は1500-1800 m3/secと計画規模より大分小さい。そして、今回の台風時にはこのマリキナ川で大規模な外水氾濫が発生した。
また、マンガハン放水路の西側のラグナ湖岸平野に展開するタギグ、パテオス、パギグ市をラグナ湖の水位上昇による氾濫から守るための9.5kmの湖岸堤防、8機の水門、4排水機場が建設されている(MMDA,2009)。そして、これらの内水排水施設は、台風オンドイによる内水氾濫の湛水期間を短縮させるなどの効果を発揮していた(JICA,2009)。

写真1 マンガハン放水路(MMDA提供)

写真1 マンガハン放水路(MMDA提供)

写真2マンガハン放水路取水口・ロザリオ水門(MMDA提供)

写真2マンガハン放水路取水口・ロザリオ水門(MMDA提供)

マニラ首都圏では、人口1,000万人の首都圏を水害からまもる治水施設の持続的な整備が求められる。しかし、マリキナ川やサンファン川の整備は下流の最大洪水流量を増加させ、パシグ川河道流下能力のさらなる増強が求められることになるし、年平均最大湖水位が12.5m(海抜2m)というラグナ湖の周辺の開発が進んでおり、湖水位への影響についての考慮が必要となる。また、パシグ・マリキナ川の氾濫原はすでに都市化が進行しており、都市の中での治水整備の難しさもある。
これらに加え、発展途上国のフィリピンでは、治水整備を自国だけの力で達成することには経済的な困難などがあり、海外からの技術支援や財政支援を得て実施されている。マニラ首都圏の治水整備も、表1に示すように海外の支援を受けたプロジェクトによって実施されている。そして、前述のマンガハン放水路も、ラグナ湖岸堤防等の建設も含め、その殆どは日本が支援した治水事業である。また、今回の災害後も、JICAやADBがマニラ首都圏の水害軽減についてアセスメントを行い、今後の支援について検討を行っていた(JICA,2009; ADB,2009)。
日本は、このような支援を通して、マニラ首都圏の洪水対策の実績を積み、この地域の水害の地域性に対して豊かな知識と経験を持っている。

表1 FLOOD CONTROL PROJECTS IN METRO MANILA (Foreign Assisted Projects) (P.B.Gatan,2009)
No. Title
1) Mangahan Floodway Project (Yen Loan, completed in 1988)
2) Effective Flood Control Operation and Warning System Project (EFCOS: 10th Yen Loan, completed in 1992)
The Project for Rehabilitation of Flood Control Operation and Warning System (EFCOS) in Metro Manila (Japanese Grant, completed in December 2001)
3) Metro Manila Flood Control Project - West of Mangahan Floodway (21st Yen Loan, completed in August 2007)
4) KAMANAVA Area Flood Control and Drainage System Improvement Project (Special Yen Loan, construction to be completed in 2009)
5) Pasig-Marikina River Channel Improvement Project (26th Yen STEP Loan, construction of Phase I started in September 2009)
6) Valenzuela-Obando-Meycauayan Area Drainage System Improvement and Related Works Project (Requested for Yen Loan)
7) Integrated Drainage Improvement Project in Ninoy Aquino International Airport and its Vicinity (Study was completed in March 2004: JETRO)
8) Drainage Improvement in the Core Area of Metropolitan Manila (Study was completed in March 2005: JICA)
East Mangahan Floodway Area Flood Mitigation Project (Study was completed in June 2007 and to be requested for implementation to JICA)
9) San Juan River Flood Control Project (Feasibility Study was completed in 2002: JICA)
10) Upper Marikina River Channel Improvement Project (Feasibility study was completed in 2002: JICA)
・1980~1983:Napindan Hydraulic Control Structure:
・1974~1997:Manila Drainage System Improvement
・2000~2007:Drainage pumping stations (15), flood gates, drainage channel improvement
West of Mangahan Floodway
・2002~2009:Lake dike (9.4 km), drainage pumping stations (7), Napindan river channel dike/parapet wall (6.1 km), Floodgates (8), Drainage channel improvement
11)KAMANAVA Area Flood Control and Drainage System Improvement project
・1978,1992, 2000~2002:Ring dike (8.6 km), Drainage pumping stations (5 ), EFCOS Project
・2009~  :Pasig-Marikina river improvement

持続的な治水施設の維持管理
治水施設の機能を維持するためには、建設するだけでは不十分で、維持管理が重要である。しかし、現地調査では、不法占拠者や水路へのゴミの投棄が治水施設の機能を低下している状況がみられた。例えば、マニラ湾岸沿いの低地に展開する都市中心部では、内水を排水するための都市排水路が1/10年で整備されている。しかし、排水路へのゴミの投棄や建物の不法占拠などが、排水路の流下能力を2年~5年確率降雨の規模まで低下させている(JICA,2005)。管理者であるMMDAの話では、多額の予算を投入し水路の浚渫を実施しているが(写真3,4)、不十分な財政環境の元では、完全除去は難しいとのことであった。

写真3マニラ首都圏の都市排水路の浚渫状況(MMDA提供)

写真3マニラ首都圏の都市排水路の浚渫状況1(MMDA提供)

写真4マニラ首都圏の都市排水路の浚渫状況(MMDA提供)

写真3、4 マニラ首都圏の都市排水路の浚渫状況2(MMDA提供)

また、河川敷地は公有地であるため不法占拠されやすく、住宅が水路の河積を減少させ、流下能力を低下させていることもある。図3はJICA(2005)が調査したマニラ首都圏の都市排水路の不法占拠状況であるが、水路の多くが不法占拠され、中には占拠率が30%以上の所さえ見られる。前述のマンガハン放水路においても、堤防斜面内側には不法占拠の家屋が建ち並び、河積を狭めている。

図3 都市排水路への不法占拠者の進入状況(JICA,2004)

図3 都市排水路への不法占拠者の進入状況(JICA,2004)

七十刈昭夫(2008)は、ラグナ湖岸堤防の建設に携わった経験から、不法占拠住宅について次のように記している。「事業がスタートしてまもなく、突如として貧困者のコミュニテイが10kmの堤防のうち、1.5km区間(国有地)に一夜城のごとく出現した。現在ではその地区は数万人が住む住宅地になっている。コミュニティの最初の形成は、いわゆるProfessional squatter と呼ばれる組織が、不法に突如として土地に入り込み勝手に分割し、貧困者に土地の権利を売っていく。その権利を買った人は、住宅組合を組織する。そして、この住宅組合は、湖岸堤防の位置変更要求運動を行うようになり、それは、次第に多く組織や政治家を巻き込んだ運動へと展開していった。」
このように、マニラ首都圏では完成した治水施設の機能維持が十分に行われていないという課題があるが、これは、社会・経済・政治的な要因が関わる複雑な課題であることが想像できる。

(3) 土地環境と洪水氾濫危険地帯
図4 マニラ首都圏の洪水ハザードマップ (MGB,2009)を編集)

図4 マニラ首都圏の洪水ハザードマップ (MGB,2009)を編集)
黄:2-10確率洪水の予想浸水域、青:50-100年確率洪水による予想浸水域

4つの氾濫原
パシグ・マリキナ・ラグナ湖流域における洪水氾濫の危険地帯は、図4のMGB 発行の洪水ハザードマップが示すように、次の4つの地域に区分できる。これらの洪水氾濫危険地帯は、2年~10年確率洪水(黄色)でも、かなりの部分が浸水する危険があり、50-100 year確率洪水(青色)では、氾濫原全体が浸水被害を受ける可能性がある。

1)海岸低地(Coastal lowland):パシグ川下流のマニラ湾に沿う標高3m以下の海岸低地。ここは、マニラ首都圏の中心部でマニラ市、マカティ市、パサイ市が位置する。
2)マリキナ川氾濫原(Marikina Flood Plain):マリキナ川沿いの標高30m~5mの沖積低地で、流域の西端に南北に発達する。西側はマニラ湾岸の海岸低地との間にある中央台地、東側はマリキナ川の水源であるシェラマドレ山脈(Sierra Madre Mountain Range)で境される。この氾濫原には、マリキナ市が、そして氾濫原の上流部はケソン市の一部が入る。
3)ラグナ湖岸平野(Laguna Plain):マリキナ川氾濫原はラグナ湖 の湖岸平野へと続く。標高は数メートルの低湿な地域である。ここに、パッシグ市やパテオス市、タギグ市などが位置する。また、マンテンルパ市の一部はラグナ湖岸低地に立地する。
4)中央台地を開析する谷底平野(Valley Plain):中央台地を横断するパシグ川沿いや、中央台地を開析するサンファン川沿いの低地である。

洪水氾濫危険地帯の開発と被害ポテンシャルの増大
アジアモンスーンの稲作地帯共通の課題として、人口増大に伴う都市化が水田等として使われていた低湿な氾濫原の開発を促進し、その結果、水災害の被害ポテンシャルが増大することがある。マニラ首都圏においても同様な課題がある。例えば、ラグナ湖岸平野では、住宅地が50年前の1966年頃は自然堤防上と高位湖岸段丘面(海抜4~7m)に立地していたが、次第に水捌けの悪い後背湿地を盛土しながら地盤高の低い地域へと進出し、1986年になると低位湖岸段丘面(海抜2~4m)に、1996年になると湖岸低地(海抜2m以下)、さらに湖岸沿いの湖成デルタにまで及んだ(原ら,2002)。この水災害に対して非常に脆弱な湖岸低地の開発により、台風オンドイによる災害の被災者数は、マニラ首都圏全体の40%にあたる40万人に達した。しかも、住宅地や学校は数ヶ月水没したままになり、その中で生活する人々もあった(マニラ新聞)。さらに、盛土による地形改変は、人工的に湛水しやすい凹地をつくりだし、氾濫の空間分布を変えるなど、ハザードへも影響を及ぼしている(原ら,2002)。

排水不良地域と感染症の発生
 マニラ首都圏においては、洪水氾濫水の排水不良地域が多数存在し、長期間湛水が環境汚染と相まって生活環境を悪化させ、災害後に感染症が爆発的に大発生させる土地環境があった。UNEP/OCHAは、感染症の発生を防ぐためには、マニラ首都圏において、内水の排水能力向上、堤防で守られていない地域の移動式ポンプによる排水による湛水の早期排除や、湛水している水を洗濯や飲料水、遊びに使わないことを住民に広報することが重要であると指摘している(NDCC,2009a)。

不法占拠住宅と水害リスク増大
台風オンドイによる水害では、多数の違法占拠住宅の住民が被害にあったことが、新聞記事等から推測された。例えば、ケソン市では、橋の下で生活していた約60家族(約420人)が、急激な増水により、家財を持ち出す時間もなく家が流されたとの報道があるが、(10月1日付けマニラ新聞)これも不法占拠の住民であろう。また、10月6日現在、避難所に避難していた住民の数は約56,400世帯、約28万1,500人であった。そして、残っている避難住民の多くは、河川や道路沿いの違法占拠住宅で生活し、台風で家を失ったとみられている(10月7日付マニラ新聞)。違法占拠住宅は、マンガハン放水路にみられるように、本来洪水が流れる水路内など、水災害のリスクが非常に高い場所にも建設されるため、被災者が多くなりやすいのであろう。
なお、アヨロ大統領は、避難所に残っている住民を、首都圏近郊の州に集団移転させるようが関係政府機関に命じた。これと並行して、首都圏から出身地へのUターンを促す事業も進めることが報道された(10月7日付マニラ新聞)。

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