2009年フィリピン台風災害調査速報

このページでは、2009年9月26日から10月初旬にかけてフィリピン、ルソン島を襲った台風オンドイ及びペペンの被害調査報告を掲載しています。本調査は、防災研究フォーラム『突発災害調査』として行われたものです。

10.マニラ首都圏の水害

3.まとめ

2009年台風オンドイによる水害は、1,000万人の人口を抱え、さらに人口が増加している発展途上国の大都市マニラ首都圏で発生し、水害の様相にもその地域性があらわれていた。

1)人口1,000万人の大都市を水害からまもる治水整備の目標は30年確率洪水と、日本に比べると格段に低いものであった。その中でも、マンガハン放水路(計画規模1/100年)がマリキナ川の洪水をラグナ湖に分流し、パシグ川の洪水流量を低下させマニラ首都圏中心部をまもるのに大きな役割を果たしていた。
治水整備は完成しておらず、進展状況の違いが、マニラ首都圏の4つの氾濫原の洪水氾濫の様相を大きく変える要因の1つとなっていた。河道の流下能力が治水整備目標に達していないマリキナ川やパシグ川支川・サンファン川が流れる氾濫原では大規模で激しい外水氾濫が発生し、多くの死者が発生した。一方、マニラ首都圏中心部の海岸低地やラグナ湖岸平野では、外水氾濫は一部に留まり、内水氾濫が主な氾濫要因であり、外水氾濫が卓越した氾濫原に比べると穏やかな氾濫となった。
マリキナ川やサンファン川で発生したような激しい洪水氾濫の軽減が重要な課題であろう。しかし、発展途上国のフィリピンでは自力での治水整備に困難があり、外国の支援に頼っている状況があるとともに、すでに都市化が進んでいる流域での工事には様々な困難があることが想像できる。水害の地域性を考慮し、河道対策を進めるとともに、流域内の対策も含め考えられるあらゆる手法を用いてハザードをコントロールすることに知恵を絞る必要があるのではないか。このハザードコントロール策も、フィリピン社会が持続的に維持していけることが大切な条件となると考える。

2) マニラ首都圏においては、洪水氾濫水の排水不良地域が多数存在し、氾濫水は長期間湛水し、氾濫水の環境汚染と相まって生活環境を悪化させ、災害後に感染症が爆発的に大発生させ、人的被害を大きくしていた。UNEP/OCHAは、感染症の発生を防ぐためには、内水の排水能力の向上、堤防で守られていない地域の移動式ポンプによる排水による湛水の早期排除と、湛水している水を洗濯や飲料水、遊びに使わないことを住民に広報することが重要性だとしている(NDCC,2009a)。マニラ首都圏の水害被害軽減には、治水施設の整備とともに、このような被害の実態に即した対策も大切となろう。しかし、一方で、生活環境の悪化は流域内から多量の汚染物質が洪水時に河川へ流出・氾濫することによって発生する環境汚染という側面も持っており、根本的な解決には時間がかかる課題でもある。

3)マニラ首都圏では、災害リスクの増大が続いている。人口増大にともなう流域の開発が洪水流出特性や氾濫特性を変えたり、被害ポテンシャルを増大させたり、さらに、治水のために整備された水路等へのゴミの投棄や不法占拠による建物の建築などが治水施設の機能を低下させたり、また、貧困層の不法占拠住宅が洪水を流す河川敷地内まで進入するなどし、被災者数を増大させるなどしていた。水害リスクの被害軽減には、治水施設の整備とともに、これらの課題への対応も進めることが不可欠であろう。そして、財政的、社会的、政治的要因までが関わるこのような課題の解決には、社会科学的な専門家との協力が欠かせないであろう。

4)行政機関等での聞き取り調査の際に、コミュニティの災害対応能力の向上の取り組みの重要性や、災害ボランティアの活発な活動についての話を聞けたが、あらゆる資源をフィリピンの社会に適応する方法で活性化し、水害被害軽減策を持続的に維持する仕組みの模索も必要となろう。

5)マニラ首都圏の洪水防御システムの整備には、日本が大きく貢献していた。治水についての長い歴史と経験を持つ日本の力がこのような形で活かされていることを、日本にも広く伝え、開発途上国における水害の軽減への関心を高めることも大切ではないか。

以上のように、マニラ首都圏で発生した水害は、災害の軽減にとり治水構造物の整備が重要であることを示すと同時に、治水構造物の整備だけでは被害軽減が難しく、その治水整備にも様々な制約があることを示していた。この地域の水害の軽減には、治水施設の整備によるハザードコントロールに加え、流域におけるハザード制御策、氾濫原における被害軽減策を、統合的に、しかも地域の特性をにあった方法で進めることが大切ではないだろうか。
日本には長年にわたるマニラ首都圏の治水整備への貢献を通して蓄積してきたソフト力、すなわち、この地域の社会や水害地域性等についての豊かな知識や情報力がある。マニラ首都圏が抱えている水害リスクの軽減を新たな視点から一歩先に進める時にも、日本の持つソフト力が役立つことが期待される。

この章の参考情報・文献
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  • Accu-map(2009) Metro Manila 1:30,000
  • ADB(2009)  2009年現地調査時におけるADBインタビュー調査収集情報・資料
  • Alicia Bongco, Laguna Lake Development Authority (2009) Presentation at ADB Short Seminar "Water for all: Learning from the Ondoy flood: A Dialogue with Experts" held on 14 Oct. 2009, Asian Development Bank.
  • 原祐二,春山成子、大久保悟、武内和彦(2002)「マニラ首都圏都市農村混住地域における盛土を伴う水田の宅地転用と洪水流出特性変化」農村計画学会論文集 第4集 pp19-24
  • 七十刈昭夫(2008)  建設コンサルティング・サービス海外滞在20年、国建協情報2008年11月小沢賞受賞記念寄稿、P16-22.
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  • MMDA(2009) 2009年現地調査時におけるMMDAインタビュー調査収集情報・資料
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  • まにら新聞 2009年9月~11月号
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  • P. B. GATAN, Department of Public Works and Highways (2009) Presentation at at ADB Short Seminar "Water for all: Learning from the Ondoy flood: A Dialogue with Experts" held on 14 Oct. 2009, Asian Development Bank.
  • PNRC(2009)  2009年現地調査時におけるPNRCインタビュー調査収集情報・資料
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