防災基礎講座: 基礎知識編-自然災害をどのように防ぐか-
16.土石流
土石流発生の機構
大雨による山崩れの土塊が,砕けながら谷間に滑り落ち,増水した谷の水と混じりあって谷底を高速で流れ下るというのが,最もよく起こるタイプの土石流です(写真16.1). 直径1mを超えるような岩塊や砂礫の集合体を流れる状態にする力は,岩や礫が衝突してお互いを跳ねのけあう反発力(分散力)です.谷底が急勾配であると,この集合体の運動速度が大きくなるので,ぶつかり合いが激しくなって岩や礫の間にすき間ができます.このすき間には泥水が入り込むので,岩や礫はいわば浮いたような状態になり,全体が流体にすなわち土石の流れに変わります.
土石流中には種々の大きさの砂礫や岩塊が混じっていますが,小さいものは狭いすき間でもすり抜けて落ちていく結果として,大きい岩や礫は上方へ押し上げられる状態になります.土石流の表面に出た大きな岩礫は,表面の速い流れに運ばれて先頭に集まります.こうして土石流の先端では大きな岩や礫が盛り上がり,激しく転がりながら後から続く流れを従えて進みます.
流れを駆動する力は,流動する層の厚さと地表面の勾配との積に比例します.谷底に厚い堆積土砂があると,土石流はこれを取り込み流動層を厚くして勢力を増し,さらなる取り込みを行って,雪だるま式に成長していきます.運動速度はおよそ10~20m/秒程度です.
谷の勾配が10°以下ともなると,駆動力が低下して岩や礫の間の接触抵抗が大きくなります.これにより流動性は低下して土石流は減速しはじめ,勾配がおよそ2~3°までのところで土石流本体は停止します(図16.1).この減速・停止域では,砂礫が堆積して扇状地のような堆積地形がつくられます.
土石流の危険域と危険渓流
勾配2~3°よりも急な谷底の低地や扇状地面は,土石流に襲われる危険の大きい場所です.山麓や谷の出口では一般に,谷間がかなり開けて平らな谷底や段丘が作られていますが,これらの多くは土石流の繰り返しによって形成された地形です.洪水とは違い土石流の厚さ(深さ)は数mにもなり,また現在の進行方向を維持して直進しようとする性質があるので,谷底との比高が10m近くある段丘にも土石流が乗り上げる恐れがあります.谷がカーブしているところでは,その危険が特に大です.(図16.2)
土石流は停止しても,堰き上げられて後に続く洪水流は,停止することなくさらに下流へと流れ下ります.これは多量の土砂や流木を運び,堰き上げによって水深を増しているので,
勾配2~3°よりも緩い谷底の低地でも,後続する激しい洪水に襲われる危険があります.
土石流が発生しやすい谷は,山崩れが起きやすい山地内にあり,急勾配区間(15°以上)が長く,谷底に土砂が厚く堆積している谷です.谷底の幅や勾配に変化の多い谷では,土石流の一時的減速により厚さが増して,土石流の規模が大きくなります.火山灰や火山礫などで構成されている火山の谷では,一般に土石流発生の危険が大です.とくに,噴火によって新しく火山灰で覆われると,強い雨の時に表面流が生じやすくなるので,噴火後しばらくは土石流が頻繁に発生します.以上のような判断基準にしたがって土石流危険渓流として判定され,その表示がなされている谷があります.現在全国で約18万の渓流が,土石流危険渓流に指定されています.
危険予測と避難
山崩れや土石流は,かなり強い雨が1日以上も続いたところへ,1時間に50~100mmの雨が2~3時間降ったときに,起こりやすくなります.山地内では雨の降り方は場所によってかなり違うことがあります.従って,テレビが伝える広域の雨の状況とその場所での雨の現況とを組み合わせて,独自の判断による行動が必要です.突然の強雨に対して,外部から警報や避難の指示が迅速に与えられることを前提にはできません.山地内では豪雨時には,裏山からの危険も足もとの谷からの危険も同時にあります.危険の迫ってくる方向や避難の必要度は,それこそ家ごとに違うといってもよいでしょう.地区の危険度をあらかじめよく知っておく必要があります.
土石流は谷の上流部で発生することが多いのですが,この場合には山麓にまで到達するのに数分~数十分の時間がかかります.これをいち早く察知して知らせ,避難を行う余地はあります.土石流は谷を埋めて流下するので,谷の水が一時堰き止められます.従って,大雨時に谷の水が急に減るというのは,土石流の発生を示すかなり確かな前兆です.巨大な岩塊も転がってくるので,山鳴り・地鳴りが感じられます.山崩れによって起きることが多いので,谷の水が急に濁るという現象を伴う場合もあります.豪雨時にはこのような前兆現象に注意を向けねばなりません.夜間の場合には山鳴りが頼りですが,雨の音や雷鳴によって聞きとりにくくなる可能性があります.
上流での発生をセンサーにより検知して下流の集落に警報を伝えるという手段もあり,土石流が頻発する火山の谷などで実施されています.その検知には,ワイヤーの切断,音響,振動など種々のものが利用されています.土石流を制御する構造物として砂防ダムが造られます.しかし,土砂を貯める量は小さいし,またすぐに満杯になるので,その効果は限られます.ダムなどの砂防施設が造られたから安全になったと思い込むのは,非常に危険です.
山体崩壊・岩屑なだれ
崩壊土砂量が数千万m3以上の大規模な山崩れを巨大崩壊あるいは山体崩壊と呼んでいます.このような崩壊のほとんどは地震および火山噴火が発生誘因となっています.巨大崩壊が起きやすいのは,大起伏で大きな体積をもち深部亀裂の生じやすい地質構造の山地です.富士山型の大型成層火山はその代表です.
大量の崩壊土砂は大規模な岩屑なだれとなり,深い谷を埋め高い尾根をも乗り越えて高速で流下して,非常に遠方にまで到達します.崩壊地点と停止地点との間の高度差と水平距離との比を等価摩擦係数とよび,運動土塊に作用した摩擦力の大きさを簡易に表現します.豪雨による通常規模の斜面崩壊ではこの値は1~0.5程度ですが,巨大崩壊による岩屑なだれでは0.1程度にまで小さくなる,つまり見掛けの摩擦抵抗が小さくなり崩壊土砂がより遠くまで到達します.このため山奥深くで起こっても山麓にまで到達して,大きな被害を引き起こします(図16.3).
客員研究員 水谷武司