防災基礎講座: 基礎知識編-自然災害をどのように防ぐか-
12.高潮
高潮の発生機構
高潮とは,気象的な原因により海面の高さ(潮位)が長時間にわたって平常よりも高く盛り上がる現象を言います.災害をもたらすような大きな高潮のほぼ総ては,台風によって引き起こされます.同じような海面の高まりに津波がありますが,津波は10分程度の間隔で何度も繰り返す波です.これに対し台風による高潮は,小さな振動は加わるものの,数時間続くほぼ一つの大きな波です(図12.1).
台風は,中心域での低い気圧による海水の吸い上げ(周りからの押し上げ)と,強風による海岸への海水の吹き寄せ,という2つのしくみによって海面を高くします(図12.2). これに天文潮が加わったものが実際の潮位になります.満潮時には潮位は一層高くなり危険ですが,干潮時でも台風が強ければ大きな高潮が発生します.海水の吹き寄せの量は,海水の逃げ場の小さい海岸で大きくなるので,高潮の規模は海岸地形に密接に関係します.
最大潮位
気圧が1hPa下がると海面はほぼ1cm高くなります.陸上で観測された最低の気圧は1936年室戸台風による912hPaです.1気圧は1013hPaですから,このときの気圧低下量は101hPaになります.したがって吸上げによる海面上昇量はほぼ1mまでです.海水の吹き寄せによる海面の上昇高(m)は,台風の最大風速(m/s)の2乗にある定数を掛けた大きさです.日本の湾について求められているこの定数の大きさは,湾の形や深さなどによって異なりますが,ほぼ0.0015~0.002ほどの値です.
吹き寄せによる海面上昇は,海水の逃げ場のない湾奥の,とくに遠浅の海岸で大きくなります.奥深いV字状の湾では,湾奥での吹き寄せの量が大きくなります.観測された最大風速は,島や岬を除くと,50m/秒ほどです.したがって吹き寄せによる海面上昇は最大で4~5m程度です.高潮の潮位偏差(天文潮を除いた値)の記録は,1959年伊勢湾台風による名古屋港での3.45mです.
ベンガル湾奥のバングラデシュでは,中心気圧がさほど低くない960hPa程度の熱帯低気圧(この地域ではサイクロンと呼ばれる)によっても,7~9mの高潮(天文潮も含む)がたびたび起こっています.これはベンガル湾の大きさ,平面形,水深の分布などにより,吹き寄せの量が非常に大きくなるためと考えられます.米国・ニューオーリンズを壊滅させた2005年9月のハリケーン・カトリーナによる高潮の最大潮位は6mでした.これも大陸棚の広大なメキシコ湾の海底地形が関係したものです.
高潮の危険海湾
台風は日本本土に向かって南方から来襲するので,大きな高潮が発生する可能性が高いのは,南に向かって開く水深の小さい奥深い湾です(図12.3).台風の進行右側(一般に東側)では,進行の速度が加わるので強い風が吹きます.風が湾の中に真っ直ぐに吹き込むと,斜めに吹く場合に比べ海水の吹き寄せが大きくなります.したがって,高速度で進行する中心気圧の低い台風が満潮時に,このような湾の西側を湾の長軸に平行に進むと,その湾奥で大きな高潮が発生します.
1945~1999年の期間に1m以上の最大潮位偏差を示した高潮の発生回数は,伊勢湾10,大阪湾10,東京湾7,有明海7,四国南岸(土佐湾)5,瀬戸内海中西部8,九州南部(鹿児島湾)5であり,2m以上の高潮は大阪湾4,伊勢湾2,有明海1,土佐湾1,瀬戸内海1でした.これらの湾の沿岸には人口密集地区や臨海工業地帯があります.特に,東京湾,大阪湾,伊勢湾の湾奥には大都市が位置していて,大被害が発生する危険性があります.大阪湾では,1934年室戸台風により最大潮位3.2m,1950年ジェーン台風により最大潮位2.6m,1961年第二室戸台風により最大潮位2.8m,とたびたび大きな高潮が発生しています.
東京湾,伊勢湾,大阪湾,土佐湾の湾奥には海面下の土地が形成されているので,浸水の危険域が広くなっています.有明海は干満の差が大きいので,満潮時と重なると高潮潮位が一層大きくなります.直線的な海岸でも遠浅であれば,海水の戻りが妨げられて吹き寄せの量が大きくなるので,高い高潮が発生します.台風が本土上を東向きに進む場合には,進行右側の湾では南に開いていなくても潮位が高くなることがあります.2004年の台風16号では,瀬戸内海の高松港で2.5mの高潮が発生し,1.6万棟が浸水しました.
高潮の流入と浸水域
大きな潮位の高潮は,海岸堤防を乗り越え,あるいはそれを破壊して陸地内に流入します.伊勢湾台風の高潮は,堤防を総延長33kmにわたって破壊し,300km2の土地を水没させました.破堤の主原因は,越流・越波した海水による裏のり面の洗掘でした.濃尾平野の西部にはゼロメートル地帯が拡がっているので,海岸線から最大で20kmのところにまで海水が到達しました(図12.4).
陸地内に流入する高潮の流速は,海岸域では時速数km以上と速いものの,内陸に向かうにつれ急速に低下します.したがって広いデルタ内では進入に数時間以上といった長い時間を要します.一方この間に,台風が遠ざかることによる気圧上昇と風速低下により,海面は平常潮位に向かって低下していきます.一般に最大潮位の5~6時間程度で平常の潮位に戻ります.海岸部での潮位低下は低地内に流入した海水を引き戻すので,広い平野では,高潮最大潮位までの標高の範囲が,全面浸水するということは起こりません.
伊勢湾台風の高潮が到達した限界の標高は,濃尾平野の三角州域においてはほぼ0~1mでした.ただし,狭い海岸平野では,最大潮位までの標高域が全面浸水しました.高潮は大きな流動力をもって海岸線から流入するので,地形によっては津波のような這い上がりも生じます.人的被害は高潮の直撃を受ける海岸部で非常に大きくなります(図12.5).
高潮の危険がある沿岸域では,海岸線に海岸堤防を設け,また湾奥の海域を閉ざすように沖合に高潮防波堤を建造して,高潮の陸地内への流入を防いでいます.堤防の高さは,過去最大の台風,あるいはある確率規模の台風による最大潮位偏差を求め,これに満潮の高さおよび強風による波浪の打ち上げ高(3m程度)を加えた値に基づいて築造されています.東京湾では,伊勢湾台風規模の台風が大正6年の台風と同じコースをとった場合に予想される最大潮位偏差を3.0mとし,これに天文潮と波浪高を加えて,計画堤防高を6.5m~8.0mとしています.名古屋港は沖合の防波堤によって囲まれており,これにより高潮の潮位が0.5m低下するものと見込まれています.大都市では小河川や水路を遡上する高潮の防御が難問になります.堤防を高くしようとすると,多数ある橋や道路のかさ上げが必要になる,などの問題があるからです.大阪では河口近くに防潮水門を造って高潮を遡上させないようにし,上流から流れてく河川水はポンプ排水するという方式をとっています.
客員研究員 水谷武司