防災基礎講座: 基礎知識編-自然災害をどのように防ぐか-
15.斜面崩壊・地すべり
斜面崩壊の機構
斜面崩壊とは,斜面表層の土砂や岩石が地中のある面を境にして滑り落ちる現象です.山崩れ,崖崩れ,あるいは一般に土砂崩れと言われているものはこれに相当します.地すべりと言われるものは文字どおり「滑る」現象ですが,発生条件などに特色があり,一般の斜面崩壊とは区別されます.土砂・岩石が急速に運動する様式には,「滑る」の他に「落ちる」(落石など),「流れる」(土石流など)があります.
斜面の地層は斜面傾斜の方向に絶えず引っ張られています.一方,地層はそれに抵抗する力を働かせて,斜面の変形や移動を抑えます.何らかの原因により(大雨と地震動が主要な原因です),地層内のある面において,下方に引っ張る力が抵抗する力を上回ると,この面で地層が断ち切られて(せん断されて),上方にある土塊が一体となって滑り落ちます.
土塊を斜面傾斜の方向へ動かそうとする力は,その土塊の重量が大きいほど,また,斜面傾斜が急なほど,大きくなります(図15.1A).雨水が地中に浸透するとその水の重さ分だけ土塊の重量が増して,崩壊を起こそうとする力は大きくなります.大雨による崩壊の場合,斜面の傾斜角がおよそ25度よりも小さいとほとんど崩れません.地震の場合には,その加速度が重力加速度に加わり,さらにその作用方向を変えて斜面傾斜が大きくなるような効果をもたらします(図15.1B),
滑りに抵抗する力には,土がくっつき合う力(粘着力)と摩擦による力とがあります.粒の細かい粘土には粘着力がありますが,粗い砂には粘着力がほとんどありません.岩は硬く結合しているはずですが,割れ目があるとそこから引き剥がされます.土塊を斜面に垂直に押し付ける力(垂直応力)が大きいと,滑りに抵抗する摩擦力が大きくなります.地中に水が浸透して土の粒子の間のすき間が水で満たされ飽和状態になると,浮力が生じたような状態になって垂直応力がその分差し引かれ,摩擦抵抗が減少します.浸透した雨水による表土層の飽和は,崩壊発生の最大の原因です.
崩壊危険箇所
大雨による斜面崩壊が発生しやすい箇所として,次のようなところが挙げられます(図15.2).地形条件からは,斜面の傾斜が急なところ(傾斜角30°以上),斜面の途中で傾斜が突然急になるところ(遷急点)がある斜面,谷型(凹型)の斜面,上方に広い緩傾斜地がある斜面,などです.最後の2つは多量の水が集まりやすい地形条件を示します.地震の場合には,周りからの抑えの小さい尾根や山稜など地形の凸部で震動が大きくなります.
地層の条件では,表土層の厚いところ,表土層の厚さの変化が大きいところ,透水性が大きく異なる地層が重なっているところ,斜面傾斜の方向へ地層が傾いているところ(流れ盤),などが挙げられます.非常に急傾斜のところでは表土層はほとんど無くなるので,表層崩壊の危険は小さくなります.水が浸透しやすい地層条件であることを示すものに湧水があります.いつも水がしみ出ているところ,とくに,雨のときすぐに湧き水の量が増えそれが濁っているところは要注意斜面です.雨水の浸透は崩壊を起こす最大の要因です.
人為的な条件では,道路建設などにより斜面下部が切り取られているところ,斜面の上方で大規模な地形改変が行なわれ集水条件が変化したところ,斜面内に道路などが新設されたところ,樹木が伐採され長年月そのまま放置されている斜面,などです.全くの山奥は別として,斜面崩壊の発生には人為的な要因が多かれ少なかれ関係しています.
崩壊を起こしやすい地質には,深いところまで風化を受けやすい花崗岩,変質し粘土になりやすい火山岩・変成岩,シラスとも呼ばれる火砕流の堆積層などがあります.富士山のような形の成層火山は,火山灰・火山礫・溶岩・火砕流堆積物など,性質の異なった地層が流れ盤構造で積み重なって構成されているので,きわめて不安定です.
危険予測
以上のような斜面の条件は,これまでに起こった多くの崩壊事例で認められるおおよその傾向を示したものです.大雨が降っても実際に崩れるのはこのような条件の斜面のごく一部であり,また,これ以外の斜面でも崩壊は多数起きています.あるところで大きな斜面崩壊が生じた場合,何故そこだけで起こったかという理由をはっきりと説明するのが困難な場合は数多くあります.
崩壊の危険を示すものとして急傾斜地崩壊危険箇所があります(図15.3).これは「傾斜角30°以上,急傾斜地の高さ5m以上で,住家5戸以上に危険が及ぶおそれのあるところ」というのを主要な指定基準としています.このように大まかな地形条件を指定の基準としているということは,危険斜面を限定するのが難しいことの結果でもあります.
大雨による斜面崩壊では、それに先だって地下水の増加や斜面の変形などが生じます.これらの先駆現象をあらかじめ設置した計器により観測することによって、崩壊発生の直前予知は可能です.しかし斜面の数は無数であり,重要斜面を監視するといった特別な場合は別として,普遍的な防災手段としては現実的ではありません.
これに代わる主要な手がかりとして雨量があります.崩壊の発生には,その時降っている雨の強さと,それまでに降った雨の総量とが関係します.それまでに降った雨の量は,浸透して地中にとどまっている地下水量を示すものです.
過去の災害事例などに基づいて土砂災害の危険雨量が地域ごとに決められていて,それに達すると予想される場合に警報が出されます.崩壊の発生には個々の斜面の特殊性,とりわけ目に見えない斜面内部の特殊性が大きく関係しているので,雨の情報は一つの判断材料として受けとめ,ただ警報を待つというだけでなく,個々の斜面や崖の危険性に応じた独自の判断と行動を行うことが望まれます.人命への加害力の非常に大きい土砂災害に対しては,安全を大きく見込んだ対応が必要です.
斜面崩壊への対応
いつどこで崩れるかを予測するのは非常に困難ですが,崩れた場合その崩土がどこまで到達するかは,かなり限定できます.通常の崖崩れの場合,崖際から土砂の先端までの距離は崖の高さと同じ距離の範囲内にほぼ収まっています(図15.4). したがって,家の建て替えの時にはできるかぎり崖斜面から離して建てて危険を避ける,という対応が必要です.離す距離は安全を見込んで崖の高さの2~3倍以上とするのがよいでしょう.土砂災害防止法では,急傾斜地の高さの2倍までの範囲,あるいは50m以内が土砂災害警戒区域と定められています(図15.3).
斜面崩壊防止対策は,崩壊の発生要因をなくすこと,すなわち,滑動力を小さくしあるいは抵抗力を大きくすることです.雨水浸透を防ぐ,斜面への雨水や排水の流入を防ぐ,水抜きをする,地下水位を下げる,土砂排除・排土をする,斜面勾配を緩くする,締め固める,抵抗力を付加する(擁壁など),表土層の移動を抑える(枠組み工など),表面侵食を抑える(植栽など),等の手段や工法がとられています.ただし,これらの対策工事によって安全になったと速断するとかえって危険です.
地すべりの特色と発生条件
斜面の土塊が非常にゆっくり動くものを地すべりと呼んで,動きの速い斜面崩壊と区別しています.動く速度にはかなりの幅がありますが,一般に1日の移動量がミリやセンチの単位で表される大きさです.ときには急速滑動を起こすことがありますが,それでも人が普通に歩く程度の速さです.このように動きが遅いので,人の被害はほとんど生じませんが,継続して動くのでかえって危険が強く意識され,また,長期間の道路閉鎖,立ち入り禁止など,地域の社会経済活動への長期的影響が生じることがあります.
地すべりの発生は,第三紀層泥質岩,変成岩および火山変質岩の地域にほぼ限られます.これらは粘土化しやすい性質の岩石です.一旦滑りやすい条件がつくられると,長い間それが続きます.一度止まっても,地下水の増加や人為作用などにより不安定化すると,再び動き出すということを繰り返します.
一般の斜面崩壊はほとんど起こらない10~20°という緩やかな勾配の斜面でも地すべりは生じます.滑り面の深さは10m以上と深くて,その上に載って動く土塊の量が大きくなります.一般に数十万m3以上で,通常の斜面崩壊の2桁以上大きい規模になります.
ゆっくりと継続して動き,規模が大きいということから,地すべりは特徴ある地形を示すので,そこが地すべり地であることが容易に分かります.地すべり地形の特徴は,円弧状の急な崖の下に緩やかに起伏する斜面があるという地形です(図15.5).この緩やかな斜面は地すべりの土塊であり,それが滑ってずれたところが上方の急な崖です.
地すべりの運動開始の主要な誘因は地下水の増加です.このため,主な発生時期は梅雨期と融雪期です.道路建設による地すべり土塊先端の切り取り,地すべり地内を通る道路の建設による集水・浸透条件の変化,ダム貯水による地下水位上昇などによって再発し,ときに急速滑動を起こします.
大きな地すべり滑動の前には,山腹や道路に亀裂が生じる,湧水がなかったところから水が湧き出す,地鳴りがする,木が傾く,などの前兆が見られます.裏山などにこのような異常が認められたら,警戒態勢を高めておく必要があります.
客員研究員 水谷武司