防災基礎講座: 防災対応編-自然災害をどのように防ぐか-
11.復旧・復興
災害が発生すると,直後の応急対策に続き,住宅再建・資金援助などによる被災者の立ち直り,ライフライン・公共施設の復旧,社会経済活動の回復,都市整備などが図られます.災害により大きな被害を受けたということは,その地域・まちに何らかの不備・欠陥があったことを意味する場合が多いと言えます.その解消を目指さない単なる以前のまちへの復帰は,つぎの災害を予め防ぐという防災本来の機能を欠いたものとなります.その土地が本来的にもつ危険性に起因する災害を被った場合には,その土地利用の基本的変更を伴う復興であることが特に要求されます(図11.1).
11.1 住宅再建
住居は最重要の生存基盤であり,これが確保されなければ被災者および地域社会の災害からの立ち直りは不可能です.
損壊した住宅の再建に対しては資金助成・融資等の経済支援制度があります.支援金の額は損壊の程度によって決まるので,被災度判定が重要な問題となり,被災者支援の観点から判定基準が緩められる傾向にあります.たとえば,浸水だけの被害でも,建物の傷みの程度により半壊・大規模半壊・全壊といった判定をするようになってきました.この結果.流れの穏やかな内水氾濫でも,数千棟もの住家全壊が公式の被害統計に示され,破壊の実態とはかけ離れた様相をきたしています.また、利害がからむ被災度判定には時日を要するので、それだけ復興対策が遅れることにもなっています.
大きな災害の場合,被災市街地の土地区画整理事業や再開発事業による建築の制限・禁止によって,災害跡地への再建が制約されます.建築基準法84条では,被災市街地において災害後の2ヶ月間災害跡地への建築を禁止できると定められています.しかしこのような短期間では地方自治体が復興都市計画を決めることは不可能なので,土地所有者による違法建築といった問題が生じます.繰り返し津波被害を被っている海岸低地や急傾斜地の直下など明らかな高危険地への住宅再建は,すくなくとも防災という観点からは,極力制約されねばなりません.居住する場合には,耐災害的な建築構造が不可欠です.住居移転促進制度の活用は危険地への再居住を防ぐのに役立ちます.住宅建設需要の増大は地域経済活動を活発にするという面もあります.
11.2 ライフライン
電力・ガス・水道・電話などのライフラインの供給施設・供給路や鉄道・道路などの交通施設の復旧は,被災者の生活再建や地域の社会経済活動回復にとって重要です.生活様式や都市機能の効率化・快適化は,他面その機能が阻害された場合の影響を大きくします.
電力供給については,施設の大部分が地上にあること,他地区から供給を受けるのが容易であることなどから,迅速に仮復旧・通電が完了しています.阪神大震災のときの神戸では約1週間でした(図11.2).現在の高度情報化社会・電力依存型社会では,電力の確保は最重要です.水道は電気が止まれば使えないし,テレビは情報を伝えてくれません.ガス・上水道・下水道の施設はほぼ地中に埋設されているので,損傷箇所の確認および修理作業に時間を要します.一般に大地震では全面的な被害を受け,水害では被害発生箇所がより局地的です.地盤液状化が起こると地中埋設管は大きな損傷を受け,復旧に時日を要します.ガスは高度な安全確保が要求されるので,一度供給を停止すると供給再開に長期間が必要です.仮復旧ということはなく各戸の安全を確認しながら進める本格復旧になります.阪神大震災では50%復旧に43日,100%復旧に94日を要しました.
被災地住民がまず困るのは水道の断水で,給水車による応急給水という代替措置がすぐにとられます.地震で広く給・配水管に被害が生じます.水害では浸水や土砂流入により水源施設が被害を受けます.ガスとは異なり水道では多少の漏水があっても給水回復を優先して応急復旧を進めることができます.阪神大震災では50%復旧が10日後,応急復旧が終了したのはガス復旧に近い87日後でした.
電話の場合,ケーブルが切断されると回線を1本ずつ確認しながら接続する作業になります.災害時には域外からの電話が殺到するという輻輳状態が出現します.阪神大震災では平常時の数十倍にもなる輻輳が数日間続きました.応急復旧が完了したのは2週間後でした.洪水と土砂災害が複合した大規模都市水害であった1982年長崎水害の時には,電力供給が正常に戻ったのは3日後,開栓巡回が完了してガス供給が完全に再開されたのは9日後,給水車による給水がほぼ終了したのは16日後でした.
11.3 交通機能
道路・鉄道などの交通路・交通施設の被災は,国民のモビリティや物流が増大し,ストックが少なく域外依存度が大きくなっている現在の社会経済構造・都市的生活様式の下では,種々の直接被害や悪影響をもたらし,復興の進展に大きく影響します.山地域において斜面崩壊・土石流や地震により道路・鉄道が破壊されると,それがごく局地的ではあっても,復旧に長期間を要するので,奥地集落の孤立,通勤・通学困難,地元産業活動の停止,長期避難などにより,地域の荒廃・離村・過疎化などがもたらされます.洪水流や液状化などにより鉄道橋・道路橋の橋脚が被災すると,復旧に1年以上といった長期間を要します.不採算鉄道路線は廃線となることもあります.都市震災では,道路が直接に破損しなくても建物倒壊などにより閉塞され,緊急車両の通行のために障害物除去などによる機能確保(啓開)が急がれます.
交通機能復旧は,緊急の道路啓開,応急補修,迂回路建設,原状復帰への補修,強度・機能を増した改良復旧と,引き続いて行なわれます.阪神大震災では,一般幹線道路(高架・橋梁除く)の応急復旧は半月後,延長630mにわたり倒壊して注目された阪神高速道路神戸線の全線復旧は20ヶ月後でした.一般街路の機能回復は遅くなり,その一つの表れとして,神戸市バス全路線の運行再開は1年半後にもなりました.
地方公共団体の管理する道路は,河川・海岸・砂防施設などと共に公共土木施設とされ,その災害復旧費用には一定割合(原則として復旧費用の2/3)の国庫負担が行なわれます.この制度の主旨は,財政力に限界のある地方自治体への財政援助により,公共施設の復旧を促進して生活環境悪化や地域衰退を防ぎ,民生安定に寄与するとされています.地域社会にとって重要な鉄道が被災し,その復旧に多額の費用がかかる場合には,地元自治体が費用の一部を負担する場合があります.下水道については復旧事業費国庫負担の対象になっています.
災害の発生を予め防ぐというのが防災の本来の役割です.しかし防災だけでは社会は成り立っていかないので,日常的な生活や経済活動が優先されざるを得ず,災害復旧・復興においても災害予防の観点は薄められがちです.災害危険地における「以前のまちへの復帰」という復興は,あるリスクを負った選択であることを地域社会全体が理解している必要があります.
客員研究員 水谷武司