防災基礎講座: 防災対応編-自然災害をどのように防ぐか-
2.自然力の制御
災害を引き起こす誘因となる自然力には,大雨・強風・地震・火山噴火・異常気候などがあります.これらの発生を抑える,作用する場所を変える,規模・強度を小さくするといった,自然力コントロールの対応策があります.これは災害連鎖の最初を断つということで最も効果的とも考えられますが,非常に強大でありメカニズムの不明な自然力を制御することは不可能なので,ごく限られた分野を除き,実用的な防災対応策にはなっていません.多少実用化され,あるいは実用化の可能性だけが指摘されているものを,簡単に示します.
2.1 気象制御
ある程度の成功を収めたとされるのは,雲への凝結核供給(種まきseeding)による降水過程のコントロールです.雲は非常に細かい微粒子を核として水蒸気が凝結した雲粒から成り,この雲粒が集結して次第に大きく成長し,やがて落下してきたものが雨です.この雲の中にヨウ化銀・ドライアイスなどの煙を散布し非常に多量の凝結核を供給して雨粒を形成させることを目指した試みは昔からなされてきました.ヨウ化銀は氷に似た結晶構造を示すので.水が凍る際の種となりやすい性質があります.
諸外国で実用化までに至ったのが降雹抑制(hail suppression)です.氷粒が落下の途中で溶けきらずに塊として地上に落下してきたものが雹であって,農作物に著しい損傷を与える現象です.大粒になると人身や建物・自動車等にも被害を及ぼします.この大粒の雹を降らせるような発達した積乱雲にヨウ化銀を散布して多数の小さな氷粒をつくり,大粒の雹にまで成長させないようにするのを降雹抑制は目指しています.散布の方法の一つに,ヨウ化銀を詰めたロケットを雲に打ち込んで破砕し,微細なヨウ化銀粒子を撒き散らすという方法があります.旧ソ連のカフカス地方,イタリア,旧ユーゴスラビアなどで雹害防止のために実際に使われました.雷雲へのヨウ化銀散布は落雷を少なくする効果があるともいわれています.
ヨウ化銀の雲中への散布は台風制御の実験のためにも行われました.1960年代にアメリカにおいてハリケーンの眼の周囲にある環状積乱雲に飛行機からヨウ化銀を散布して風速の低下を狙い,実際にその効果があったと報告されました.しかし,進行コースを変えて思わぬ被害を招くなどの懸念があり,その後実施されていません.
雨不足対策としての人工降雨の試みは昔から広く行なわれてきていますが,その効果の確かな評価は困難です.首都圏では多摩川水系の小河内ダムで,ヨウ化銀を燃焼させその蒸気を雨雲中へ吹上げる装置が稼働しています.大昔から行なわれている雨乞いの際の大規模な焚き火は,その煙や塵を凝結核として供給しようとするものですが,その効果は全く不明です.
2.2 火山噴火および地震の制御
大きな破壊力をもつ爆発的噴火は,マグマのガス圧力増大や地中水の水蒸気圧増大により起こるので,これらの圧力を低下させるという噴火制御の可能性が指摘されています.この方法には,山腹の適当な場所にマグマ溜りや火道に通じるボーリング孔を掘削して,マグマやガスの逃げ道とする方法が考えられます(図2.1).ただし,大きな危険が伴います.
水蒸気爆発を防ぐには,地下水を抜いてマグマと地下水とが接触しないようにする.海水が火山体内へ侵入するのを防ぐという方法があります.溶岩ドーム崩落による火砕流の発生を抑えるには,急斜面上に成長してきたドームを少しずつ崩すということが考えられます.
これは噴火制御に分類されるものではありませんが,噴火に伴う火山泥流の発生を防ぐために,火口底に通じるトンネルを設けておき,噴火活動が始まったら火口湖の水を抜くという方法がインドネシアの火山では実施されています.
地震の制御に関しては,地下水を地下に多量に圧入したら小さな地震が多数発生したことから,地中の歪みエネルギーを小出しに放出させることの可能性が、アメリカにおいて提案されたことがありました.しかし,マグニチュードが2小さいとエネルギーが1000分の1,4小さいと100万分の1なので,たとえそれが可能であっても,大きな地震の発生抑止は全く容易ではありません.
ダムの貯水により誘発されたと考えられる微小地震の発生は各地で観測されており,地下水の増加は断層のすべりに対する抵抗を小さくして,地震を発生しやすくすると考えられます. 断層面の固着や摩擦の性質を変化させる何らかの物理的・化学的方法が地震制御につながる可能性はあるかもしれません.
客員研究員 水谷武司