防災基礎講座: 防災対応編-自然災害をどのように防ぐか-
6.住居移転
6.1 被災移転
災害危険地からの住居移転は人命だけでなく資産の被害も防ぐ抜本的な方法であって,いわば恒久的な避難であり,望ましい防災土地利用を実現する有力な方策です.しかし,移転に要する多額の費用と大きな労力を費やし,長年住み慣れ安定した生活を営んでいる土地を離れて,災害を受ける前に新しい土地へ移り住むことは,たとえ大きな危険の存在が指摘されている場合でも,一般に非常に抵抗が大きいものです.このため,防災関連の移転の多くは災害を受けた後に行われています.なお,災害危険地には始めから居住しないという選択を行なうのが本来であり最善です.
三陸海岸は海溝型巨大地震が頻発する海洋に面したリアス海岸であるため,津波災害を頻繁に被っています.1896年の被害は特に激甚で死者約2.2万人にも達しました.この災害後かなりの集落で移転が行われたものの,多くは元の場所に再建しました.37年後の1933年に再び大きな津波に襲われ,死者約3千人の災害を被りました.この津波の後,危険な沿岸低地から高地への移転が積極的に推進され,岩手・宮城両県で98集落,約3千戸が集団で,あるいは分散して移転しました(図6.1).津波の高さは数十メートルにもなり得るので防波堤の防御機能には大きな限界があり,高地への居住が最も効果的な対応です.しかし,三陸沿岸のような高危険地でも容易に移転が行われなかったということ,またほとんどの海岸で元地への復帰がなされていることは,漁業活動など日常の利便を犠牲にして移転を行わせることが,いかに困難であるかをよく示しています.なお,2011年東日本大震災後の住居移転は,2018年現在未だすべてが完了していません.
6.2 移転促進制度
移転を妨げる最大の理由に多額の経済的負担があります.この障害を打開して移転を促進するために,「防災集団移転促進事業」と「がけ地近接危険住宅移転事業」の制度が国によって運用されています(表6.1).これは個人の自発的移転に対して利子補給,跡地買い上げ,移転先用地の整備などを行うものです.急傾斜の崖地では危険の存在が実感されやすいので,後者の制度による移転戸数は多く,年平均数百戸がこれによる補助を受けて移転しています.補助金の限度額は1戸当たり800万円程度です.なおこの制度は,住宅・建築物耐震改修等事業に統合して運用されるようになりました.
個人住宅の安全をはかるための強制的移転制度はありませんが,防災施設の建設や都市計画事業のために,「土地収用法」により全額の移転補償を行って強制移転させることは行われています.復旧事業でこの補償を得ることができたる否かで,受ける援助の程度に大きな差が生じているケースがあります.
本来,防災のための移転は,災害を受ける前に行われるべきものです.軽微な災害を受けたのを契機にして,防災集団移転制度を利用して,いわば災害予防的に移転を実施した集落は,山地内・小離島・海岸際などに孤立している集落がほとんどで,生活向上も目指して移転に踏み切っています.大きな災害地では,災害後に巨額の防災工事が行われるので,住民はこれにより安全になると思うことが,移転をしぶる一つの原因となっています.
2011年東日本大震災で著しい被害を被った岩手県・陸前高田市は,高台部での宅地造成および市街地部のかさ上げ工事を1300億円の事業費で実施しています.高台の宅地は600戸分造成されていますが,高台移転希望者数は,かさあげの方を選択するなどにより,当初の半部程度に減少してきています(図6.2).
特定の場所に限ってみれば,次に災害を被るまでの期間は一般にかなり長いものです.したがって,家を改築する機会を利用して,少しでも危険の小さい場所に住み替えるという対応が必要です.高危険地の場合,避難は移転までの過渡的な手段と考えるべきです.あえて居住を続ける場合は,やがて被るであろう被害をその土地の利用が与える便益を得る必要コストとして受け入れるという選択をしていることになります.被災住宅の再建に対する資金援助は,その方法によっては危険除去の自主的努力を妨げ,被害ポテンシャルを大きくする可能性があります(図5.1).
客員研究員 水谷武司