防災基礎講座: 防災対応編-自然災害をどのように防ぐか-
3.防災施設・構造物
3.1 防災の機能
洪水・高潮・土石流など,誘因が土地素因に作用して生じ,被害を起こす直接の作用力となる現象を,ここではまとめて災害事象と呼び,誘因である大雨・地震など一次的自然力とは区別します.これら災害事象の抑止・制御・緩和などを行う目的でつくられる施設・構造物は,一般にハードな対策と呼ばれこれ以外のソフトな対策と対比され,年々多額の予算が投入されて防災対策の主要な部分を担っています.
これらの施設・構造物の機能は,① 災害事象を発生させない(発生抑止),② 事象の規模・強度を小さくする(緩和・低減),③ 保全対象から隔て直接の加害力として作用しないようにする(隔離・閉じ込め)に分類することができます.これは制御可能な事象に限られるので,ハード対策の主対象は洪水災害,海岸災害および土砂災害となります.耐震建築のように保全対象そのものを強固にする対策は,つぎの耐災害構造に含めて考えます.
① の発生抑止の方法は,コンクリート擁壁や押さえ盛土などにより土砂移動を起こさせないといった,斜面崩壊・地すべりの主要対策として採用されています.洪水・高潮・津波といった水の運動現象では,発生そのものを抑え込むという方法はほとんど考えられません.地震による地盤液状化を発生させない対策では,締め固める,地下水流入を遮断する,透水性を大きくするなどの地盤対策があります.一般に災害現象は強大な力を持ち,また発生場所を予測するのは一般に困難なので,この抑止手段が有効に機能するという前提にたつのはリスクが大きいとみたほうがよいでしょう.
② の事象緩和の方法の代表的なものに,ダムや遊水地に雨水を一時的に貯留して,下流での洪水の規模を小さくする方法があげられます.幅狭い開口部をもつ沖合防波堤により湾内での津波や高潮の高さを下げる,消波ブロックなどにより波の高さを低くする,床固工(低い砂防ダム群)により堆積土砂の移動を抑えて土石流を成長させない,という方法などはこれに分類できます.
③ は災害事象が作用する領域を,人・建物・施設などの保全対象から隔離・遮断する方法です.身近にあり代表的なものに河川や海岸の堤防があります.河川堤防は古くから造られ最も重要な役割をもっている防災構造物です.これは洪水を河道内に閉じ込めて氾濫を防ぎ,海や湖に排水したり,氾濫してもよいところに誘導したりする機能のものです.海岸堤防は高潮・津波などによる海水の陸地内流入を海岸線で阻止する役割のものです.土砂災害防止の構造物では,遮断だけの機能のものは殆どなく土砂の運動を制御する機能も併せ持っています.
防災の構造物はその機能にある上限を持たせて建造されます.河川堤防はその高さを越える洪水が溢れ出るのを阻止できないことは明白です.また,災害事象は一般に,その発生が非常に不確定であり強大な力を持っているので,人工の構造物でそれをいつも有効に制御できるとするのには大きなリスクが伴います.防災の構造物がつくられると,それにより安全になったと思い込む結果,災害が起きたときの被害をより大きくする可能性が指摘されます.堤防を高くして水位をより高くすると氾濫した場合の勢力を増大させるといったように,副次的にマイナス効果をもたらすこともあります.防災の施設・構造物がつくられていてもそれに完全には依存しないような多重的対応が必要です.
3.2 河川堤防
堤防は古い歴史をもち最も重要な治水構造物です.日本では堤防により洪水を河道内に閉じ込めて海に流し出すという快疎方式を基本的に採用しており,とくに明治以来,連続する高堤防の築造を営々と続けてきました.
堤防には機能・位置により図3.1のような名称がつけられています。扇状地のような急勾配のところでは,上流に向かって開く堤防を断続させます.これは霞堤と呼ばれ.通常両岸につくられて, その全体の形が下流から見て逆ハの字を重ねたものになります.霞堤は洪水を穏やかに溢れさせ(遊水させ)破堤・決壊を防ぐ目的のものです.遊水地へ導水するには本堤の一部を低くした越流堤により,ある水位以上の洪水を意図的に溢れさせます.本流と支流との合流をスムースに行わせるために,背割堤により合流点を下流に移動させています.合流点・分流点・河口などにおいて水流と土砂を望ましい方向に導くために導流堤がつくられます.輪中堤は集落・農耕地をリング状に取り囲み自らを洪水から護るという拠点防衛の手段です.河道側を堤外地,洪水から護られる集落側を堤内地と呼ぶ理由がこれからよく分かります.都市河川では用地が得られない場合,幅広い盛土堤防に代わりコンクリート製の直立護岸(擁壁護岸)がつくられます.なお,スーパー堤防(高規格堤防)と呼ばれるものは,河岸の一部で行われる盛土の土地造成です.
堤防の高さは,ある設定した水位(計画高水位)の洪水を溢れさせないように決められます.堤防上面(天端)の高さは,少し安全を見込んで,1?2m前後の余裕高を加えてつくられます.堤防の全体幅は,高さの10倍程度(のり面の勾配がおよそ1/5)にとられます(図3.2).このように幅を広くするのは,高水位の水圧に耐え,また,浸透水が浸み出さないようにするためです.表のり面はコンクリート張りなどのり覆工を施工して浸透を防ぎ,また洪水流による侵食を防ぎます.基礎には根固め工を設けて洗掘を防止します.
3.3 治水整備計画
堤防などの治水施設の規模・配置を決める河川整備計画の出発点は,河川の重要度の決定です.これは再現期間(あるいは超過確率)で与えられます.これが例えば100年とされた場合,流域内における長期間の雨量観測データを統計処理して,100年に1回の確率規模の日雨量(あるいは2日雨量など)を求めます.次にこの日雨量を各時間にどのように配分するかを,過去の代表的豪雨のデータに基づいて決めます.これは同じ日雨量でも短時間に集中しているかそうでないかを決めるものです.
このようにして計画降雨(想定豪雨の1時間雨量の時間経過)が決まると,この雨の流出により代表河道地点において流量がどのような時間経過で出現するかを流出計算という方法で求めます.こうして計画の中心となる想定洪水の流量の時間経過を示すハイドログラフ(基本高水)が決定されます.ここで基本高水ピーク流量が最重要の値であり,これを上流部ダム群と河道とで分担して受け持たせ,その割合を総建設費用が最小になるといったような基準により決めます(図3.3).過去の洪水の流量がより大きい場合にはこの既往最大流量の方を採用します.
次に,河道を流下する分の流量を氾濫させずに海にまで流すためには,堤防の高さを各地点でどのようにしたらよいかを,計算を繰り返しながら順次決めていきます.水位が高くなりすぎる場合には河幅を広げる,河床を掘削するなどにより水位を下げます.広げるのが困難な場合には,遊水地や放水路を造る計画が加えられます.こうして各地点での計画高水位(想定洪水の最高水位)が決まれば,それにある余裕高を加えた高さの堤防を造る手順となります.
このように治水施設の計画は,重要度の設定という政策的判断を基礎としています.また技術的計算の過程でも,どの期間や場所の雨量観測データを使うか,どの豪雨例を採用するか,どの計算式を使用しそれにどのような係数や条件を与えるかなど,裁量に委ねられる事項がいくつもあるので,同じ再現期間から出発しても計算によって出てくる最大洪水流量はかなりの幅を持つことになります.また,これに基づいて建造される施設だけでは防ぎ得ない規模の洪水が,ある確率で存在するという ことを明らかな前提にしています.
3.4 海岸施設
高潮・津波・高波による海水の陸地内流入を防ぐ主要構造物は海岸堤防です.海岸の沖合において高潮・津波の勢力を弱める機能のものは防波堤と呼び,海岸での高潮・津波防御を主目的にしたものを防潮堤と呼ぶことが多いのですが,一般には明確な使い分けはなされていません.強力な波力・水圧に耐える,波浪・沿岸流による洗掘で損傷を受けないようにするなどのために,海岸構造物は基礎を深く重量を大きくしています.海側のり面は一般に急傾斜で,直立しあるいは海に向かってそりかえる波返しがつけられていることが多いのが形状の一つの特徴です(図3.4).
高潮防災施設計画の基本となるのは計画高潮位です.これは,ある規模の台風(計画外力)があるコースをとって進行した場合に引き起こされる最大潮位を計算により求め,これに天文潮位を加えた値で与えられているのが通常です.防潮堤や防潮護岸の上面(天端)の高さは,これにさらに波の打ち上げ高と余裕高を加えて決められます.計画外力は起こると予想される最大級の外力で,現在では多くの海岸において1959年伊勢湾台風規模の台風が与えられています(表3.1).
台風進行のコースはそれぞれの湾・海岸に大きな高潮を起こした過去の台風から最悪コースを選んで決められます.たとえば大阪湾では1934年室戸台風コースを,東京湾では1949年キティ台風などの経路を比較し最悪のコースを設定しています.潮位偏差は低い気圧による海水吸い上げ高と強風による海水吹き寄せ高の和です.気圧が1hPa下がると海面は1cm上昇します.吹き寄せによる海面上昇高(m)は風速(m/sec)の2乗に比例し,比例定数は東京湾・大阪湾で0.0015-0.002ほどです.最大潮位偏差はこれらの関係式を使い,最低気圧および最大風速により求めます.
天文潮位は最悪の場合を考えて朔望平均満潮位(大潮時の平均満潮位)が採用され,これはほぼ1mです.波の打ち上げ高は港内で1m程度とされています.防潮堤の頂部には0.5m程度の高さのコンクリート壁(胸壁)を設置して,余裕高を与えているのが通常です.ある程度の越波が生じる可能性は大きいので,のり面や天端はコンクリートなどで被覆し侵食を防ぎます.
このようにして計画高潮位を与え,外郭堤防の高さが決められます.外郭堤防は海岸線および大きな河道沿いに建造される最前線の堤防です.高い海岸埋め立て地があるところでは,その内陸側に設置されます.伊勢湾では湾奥を閉ざす防波堤が沖合に建造され,潮位を0.5m下げる計画になっています.大阪では淀川を除き河口近くに水門を設けて高潮時にはこれを閉ざすという防潮水門方式をとり,中心市街地内水路の護岸かさ上げを避けています.この方式により水門の内側の堤防高は外郭堤防よりも2.3m低くしています.東京では荒川や隅田川の堤防を河口から20kmもの内陸まで外郭堤防として建造し,河川を遡上する高潮を防御しています.
高潮対策上の難問の一つである地盤沈下は,1970年代以降沈下速度が非常に遅くなっているので,現在ではかつてほどの深刻さはなくなっています.代わって,地震時の液状化による堤防破壊が問題視されています.海岸部の地盤はほぼ砂質であって,液状化が非常に起きやすいところです.
津波については,「比較的多くのデータが残る近年の津波で、防災上適切と考えられる規模の津波」を想定して設計が行われてきています.しかし,津波の規模は巨大になる可能性を考慮にいれ,避難や土地利用などソフト対策も含めて総合的に備える必要があります.
3.5 土砂災害対策
斜面崩壊防止対策は,まず急斜面上の軟らかい土層や崩落のおそれのある岩塊などを取り除き,できる限り安定な勾配に成形します.こうしてつくられたのり面には,コンクリート枠を設置し枠内には植栽するなどのり面保護を行います.のり面保護工事は表面侵食およびごく浅い部分的崩落を防ぐためのものです.斜面下部(のり尻)には擁壁・土留壁を設置して斜面土塊の移動を抑えます.地中水増加が大雨による崩壊の主要因なので,浸透防止や地表水・地下水の排水対策は重要です.落石のおそれのあるときには斜面を網で覆います.
地すべり対策工事は,地すべり土塊の運動に抵抗する力を,土塊を動かそうとする滑動力より も十分に大きくするように計画されます(図3.5).排水対策は最重要で,すべり面を突き抜ける横ボーリングを放射状に掘って地下水を中央の集水井に集めて排水します,地表面には排水路を設けて浸透水を少なくします,地すべり土塊の滑動力を小さくし抵抗力を大きくする工法には,土塊上部の切り取り(排土),末端部での押さえ盛土,地すべり土塊への杭打ちなどがあります.
土石流を制御する主構造物は砂防ダムです(図3.6).これにより土石流の全体あるいは一部を停止・堆積させて.下流への流下を阻止しあるいはその勢力を低減させます.ダム貯砂域が一杯に(満砂に)なっても,谷床の勾配が緩やかになることで土石流をある程度減速・停止させる効果があるとされています.山麓の土砂堆積域(扇状地など)には流路工を設け,土石流の後に続く洪水流を収容して氾濫させないようにしています.流路工とは,河床の低いダム群と側面の連続護岸を組み合わせたものです.
客員研究員 水谷武司