防災基礎講座: 防災対応編-自然災害をどのように防ぐか-
7.災害情報・警報
危険な現象の発生や接近を予測し,それにより重大な災害の発生のおそれがある場合に出される警報・情報は,避難・要員出動・通行規制・立入禁止など種々の緊急対応を始動させる重要な手段です.とるべき適切な対応の種類や必要度は土地環境や災害種類に大きく依存します(表7.1).
7.1 気象警報
大雨警報・暴風警報などの気象警報は,雨量や風速などの気象要素がある基準を超えると予想される場合に発表されます.発表の基準は,過去の災害時気象状況に基づいて地域・地区ごとに定められています(表7.1).大雨警報の基準値は,市町村ごとに定められ1時間雨量50mm程度,3時間雨量80mm程度が最も多い値です.雨量がこの基準を超えるという判断は,アメダスと気象レーダーの観測データに基づく降水短時間予報により行われます.レーダーから発射され雨滴にあたって戻ってくる電波の強さは雨滴の大きさにより著しく違うので,アメダスの実測値によってレーダーのデータを補正して,実際の雨量に相当するものに直したのが解析雨量です.降水短時間予報は,過去および現在の解析雨量が示す雨域の動きなどから,15時間先までの雨量分布を予測するものです.記録的短時間大雨情報は,基準とした激しい雨(数年に1度程度しか発生しないような大雨)を観測したり解析したときに発表されます.なお,特別警報は,数十年に一度の規模の現象(大雨・暴風・大雪・台風など)が予想される場合に出される特別な警報です.
土砂災害警戒情報は土壌雨量指数を主要な発表基準にしています.土砂災害の発生には,浸透して地中に留まっている雨水の量が関係するので,地中を孔の開いたタンクになぞらえ,上から解析雨量と今後予想される雨量をインプットして,各時点にタンク内に留まっている水分量を計算し,土砂災害の危険にかかわる土壌雨量指数としています.孔の大きさなどは地形・地質に関係なく全国一律とし,地表面を1辺1kmのメッシュで求めており,個々の斜面の危険を示すようなものではありません.
洪水警報は,流域をやはり孔あきのタンクにモデル化して下流への流出量を示す流域雨量指数を計算し,これと雨量基準とを併せて発表の基準にしています.主要な河川では水位観測地点ごとに,はん濫注意水位,避難判断水位,はん濫危険水位などが定められており,水防警報や避難勧告などはこれに基づき出されます.はん濫危険水位には計画高水位(堤防の設計限界の水位)を与えるのが原則になっています.
竜巻注意情報は積乱雲が非常に発達し竜巻など激しい突風が発生しやすい気象状態になっていることを知らせるもので,直前に出されその有効時間は1時間以内です.いつどこで起こるかわからない性質の気象現象なので,広域(概ね一つの県)を対象に発表されます.
7.2 地震・火山の警報
津波情報の必要性・緊急性は大きいので,地震が起こると規模や震源の位置に関係なく津波の情報が出されます.津波の発生可能性とその規模の予測は,種々の条件を与えた非常に多数の津波数値計算をあらかじめ行なっておき,観測した地震の最大振幅・震源位置・深さなどと照合して類似の津波計算例を検出する,という方法に基づき迅速に行われています.こうして予想される津波の高さが3m程度以上の場合には大津波警報が,最大で2m程度が予想される場合には津波警報が,0.5m程度までの場合には津波注意報が出されます.津波の押し波第一波は早いところでは地震の初動から5分以内に陸地に到達するので,警報・注意報の発表は地震の発生から約3分を目標にしています.続いて,あらかじめ設定されている津波予報区ごとの,津波到達予想時刻や予想される津波の高さが発表されます.大津波警報では,津波の高さは3m,4m,6m,8m,10m以上,の5区分になっています.津波が予想されないときには津波の心配なしの旨が発表されます.津波は繰り返し来襲するので,規模の大きい遠地津波では警報が半日以上も出されたままになります.伝えられる津波の高さは海(検潮所)におけるもので,陸地への遡上高さは局地的にこの2~3倍になることをよく知っておかねばなりません.
2011年東日本大震災の津波では,地震発生の3分後の14時49分に大津波警報が出されました.岩手県の海岸に対しては,14時50分に3mの津波が予想されるとの発表があり,15時14分に6mに切り替えられ,15時31分には10m以上と変更されました.実際に津波が到達したのは15時15分~20分ごろで,高さは10~15mほどでした.
震源近くで強いP波震動を観測したらその情報を主要動のS波が到達する前に周辺域に伝えるという緊急地震速報は,機器制御などの高度利用者向けに2006年8月から提供され,一般向けには2007年10月に発表が開始されました.この速報はテレビなどの一般メディアで,また,携帯電話というパーソナルな機器を通じて,迅速に伝達されるようになりました.ただし内陸地震の場合,震度5強以上の地域という情報を本当に必要とするところには,主要動到達の前に伝えられる可能性は小さいでしょう.
情報がいくら早く与えられても,適切な緊急対応行動をすばやく起こせなければ意味ありません.緊急地震情報を活用するためには,普段から身の回りにどのような危険があるか,それをとっさにどう回避したらよいかをよく考えておくことが必要です.落下や転倒しやすい家具・陳列物・塀などが身近な危険の代表的なものです.小さな地震をよい機会として活用し,初期微動を感じたらすぐにその場所に応じた適切な危険回避行動を起こしてみるという訓練は役立ちます.
火山活動についての警戒情報には,全国の活火山を対象にした噴火警報・噴火予報があります.これは2007年に従来の火山情報から切り替えられたものです.噴火警報は,居住地域や火口周辺に影響が及ぶ噴火の発生が予想された場合に,その影響範囲も含めて発表されます.主要29火山については,避難,避難準備,入山規制,火口周辺規制,平常,の5段階で噴火警戒レベルが発表されます.噴火予報は,噴火警報を解除する場合や,火山活動が静穏な状態が続くことを知らせる場合に発表されます.噴火が始まった場合,今後の推移の予測は難しいので,安全をみて警報が長期間継続して出されます.
注意報・警報は,空振りを承知の上で,見逃しがないように,安全を見込んで出されています.これを受けとめる側は,地区ごとの土地環境と危険の種類・程度に基づいた対応を行う必要があります.また,警報文の意味する内容をよく理解している必要があります.
7.3 地方自治体の情報
市町村などからは種々の予知情報,防災準備情報,避難情報,被害情報,防災措置情報などが,いろいろな手段を通じて伝えられます.市町村長の出す避難の勧告・指示に関する情報は最も重要なものです.
警報・情報のメッセージは,誰が出しているか(責任所在,信頼性),誰が・何処が対象か,どの場所が危険か,現在はどのような情況か,何が起こるであろうか,何をいつ行うかについての情報を,① 明確(正確):誤解されるような表現は避ける,具体的に表現する,② 簡潔:まわりくどい表現は避ける,長い内容は徹底しない,③ アクセント(めりはり):注意を喚起するように,肝心なところは最初に,④ わかりやすい:耳で聞いてわかりやすいように,呼びかけ調,⑤ 気配り:不安・動揺を起こさせない,などに留意して文章を作成します.
情報は種々の手段で伝えられます(図7.1).テレビ・ラジオは迅速で情報伝達力の大きいメディアですが,一般にその情報は広域的で地域性に欠けます.また行動指示力はあまりありません.警察・消防・自治体の伝える情報の指示力は大きく直接的です.有線放送・防災無線・広報車などは,小地区の情報伝達に利用されます.電話や戸別訪問は最も個別的・直接的手段です.時刻や気象状況等によってこれらを使い分ける必要があります.一般にスピーカーでは多くの場合聞き分けられません.多数の人がほぼ常時持ち歩いている携帯電話は,緊急情報伝達の有力な手段になってきました.情報伝達網は,機器と人の組み合わせによるネットワークです.防災無線等の機器の保守点検だけでなく,いざという緊急時に働くように人の訓練・配置が必要です.
災害情報・警報を受けとって人々が行う対応行動とその結果には次のようなものがあります.
(1) 情報確認行動: テレビ・ラジオをつける,インターネットで調べる,行政機関に問い合わせる,近所の人などと話し合うなど.
(2) 家族間の連絡: 家族が離れている場合,その所在や安否の確認行動がすぐに行なわれる.
(3) 電話のふくそう: 安否確認などのために電話がかからなくなる,とくに警報対象地域への通話.
(4) 帰宅ラッシュ: ふだんよりも早く帰宅.家族は一緒になろうとする傾向は強い.
(5) 食料・生活必需品の買出し,預金引き出し,断水・停電に備えるなど.
(6) パニック: 伝達情報が変質してデマ・流言に発展する.不安にかられている状態で,情報が不足していると発生しやすい.情報の一部が誇張され肥大し,とくに数・大きさが強調されやすく,細部は脱落する.情報があいまいであるほど,伝えられる脅威が大であるほど,混乱は大きくなる.
7.4 警報の有効性
警報・危険情報の必要度や有効性は,予知可能性,危険接近速度,制御可能性,危険域限定度(ゾーニング可能性),潜在的人的被害規模(破壊力の強さ),代替手段の存否などに依存し,災害によって異なります(表1.1).それが特に必要とされるのは,危険の接近速度が速く,構造物等のハードな手段での抑止が困難であり,人命に及ぼす加害力の大きい災害(津波など)です.警報が有効に機能するのは,危険域が限定され,危険の発生から到達までの時間が適度に長く,その脅威(破壊力)が認識されやすい災害(高潮など)です.予知可能性が小さく,危険接近速度が非常に大きい災害(地震など)については,警報への依存度を大きくすることはできません.同種の河川洪水であっても,山地内や山麓扇状地における洪水と,広く緩やかな平野内における洪水とでは,危険の接近速度と加害力は大きく違います.接近しつつある,あるいは発生すると予想される災害現象に対して,いま居る場所がどのように危険であるかの判断は最も重要です.
緊急時の警報が機能するためには,地域の災害危険性に関する情報や事前の準備態勢(避難,水防活動など)が必要です.正確性はあるが広域的である中央情報と地域の現況情報とを組み合わせて,場所・状況に応じた対応をとる必要があります.
客員研究員 水谷武司