防災基礎講座: 防災対応編-自然災害をどのように防ぐか-
5.土地利用管理
5.1 土地問題
それぞれの土地・地域において,発生の危険のある災害の種類・性質・危険度に応じた土地の利用をはかる,とくに,高危険地への居住は極力避けるという対応は,災害を未然に防ぐ効果的な方法です.危険な場所・安全な場所が,地形などの土地条件によってほぼ決められる水災害(洪水・高潮・津波など)や土砂災害では,この危険度に応じた土地利用は,最も効果的な対応で,防災の基本に位置づけられるものです(図5.1).
しかしこのような土地の利用にかかわる問題は,実現するのが非常に難しいのが現実です.種々の生活上の利便,営利活動上の立地,集積のメリット等を求めて,人々は集まり住み,その結果として危険地の利用が行われたりします.地縁のつながりを重視したい,先祖伝来の土地で離れ難いといった理由で住み続ける人は多くいます.このような居住・土地利用の現状を,一般に稀にしか起こらない災害の危険を避けるという理由で,日常の現実的利益を犠牲にして変更させることは困難です.土地の災害危険性を正しく,また説得的に示すことは難しい場合が多い,ということがまたこれに関わっています.
危険は十分に認識していても,高地価や用地難でなかなか移転や移設などにまでは踏み切れない,というのも深刻な現状です.高地価・私的土地所有・土地資源の有限性などによるいわゆる土地問題は,とりわけ都市域において防災上の大きな隘路となっています.高地価は,相対的に地価が安いことの多い高危険地の利用を進めて,被害ポテンシャルを大きくしています.また,宅地を細分化させて危険の大きい過密住宅地をつくったりもします.土地私有制は,安全を無視した恣意的な土地利用を許すことにもつながっています.既成市街地では,用地難や高地価によって防災工事の進行が遅れ,費用が増大し,計画そのものが挫折することもしばしばです.土地問題は,こと防災だけでなく,広く社会全般の諸問題にかかわる問題です.防災的土地利用の実現は,総合的な土地政策や都市計画・地域計画に組み込まれ,長期的・整合的に行われるものです.
5.2 危険域指定と土地利用規制
危険地の利用を抑制する手段として,法令による土地利用規制や,税制・資金助成・保険制度等を利用した市場原理に基づく経済的誘導があります.建築基準法(1950年)では,地方公共団体は条例で,津波,高潮,出水等による危険の著しい区域を災害危険区域として指定し,その区域内での住宅の建築禁止や建築構造の規制を行うことができる,と定められています.この規定による危険区域指定としては,急傾斜地崩壊危険地に関するものが大部分です(表5.1).資金助成を受けて住居移転を行った跡地は必ず危険区域に指定されることになっています.
出水・高潮の危険に関する危険区域で最も広いのは,1959年伊勢湾により著しい高潮被害を受けた名古屋市南部臨海域についてのものです(図5.2).名古屋市の危険区域指定と建築構造規制は1961年に行われました.伊勢湾台風のような大災害(名古屋市臨海部の死者2千人)の直後でなければ,既成市街地での土地利用規制はほとんど不可能であるということをこれは示しています.なお,2011年東日本大震災による津波被災地区は,大部分が災害危険区域に指定され,あるいは指定される予定ですが,復興の遅れなどにより2018年末現在,全体の確定にまでは至っていません,
1896年明治三陸津波,1933年昭和三陸津波と,相次いで大被害を受けた宮城県は,危険な海岸低地への居住を制約するために,県令により「津波罹災地および津波罹災の虞れある地域における居住用建物の建築の規制」を行いました.しかし時が経つにつれ,漁業に不便などの理由による元屋敷への復帰,分家や他地区からの移住者の居住などにより,大部分の地区で元のような集落が復活しました.海岸低地への居住は単なる復帰を超えて著しく拡大し,2011年の大被害をもたらしました.
都市計画法(1968年)では,無秩序な市街化を防止し計画的な市街化を図るために,市街化区域および市街化調整区域を定め,「溢水,湛水,津波,高潮等による災害の発生のおそれのある土地の区域」,「河川及び用排水施設の整備の見通しを勘案して市街化することが不適当な土地の区域」,「土砂の流出を防備するため保全すべき土地の区域」などは,原則として市街化区域に含めないことになっています.これによって,災害危険地の利用を規制することができるはずですが,市街化区域の線引きには様々な利害がからみ,また開発が優先される傾向もあって,防災の観点はほとんど取り入れられていないのが現状です.
土砂災害防止法(2000年)により,急傾斜地崩壊・土石流・地すべりの危険地について,土砂災害警戒区域および土砂災害特別警戒区域(建築物に損壊が生じ住民に著しい危害が生ずるおそれのある区域)が,都道府県により指定され,避難体制の整備・建物の構造規制・移転支援などが行なわれています(図5.3).土砂災害の危害力は大きく,その危険域は地形等の条件によって限定しやすく,危険の存在は認識されやすいので,土地利用の規制は効果的であり,また比較的受けられやすい状況にあります.国土交通省の推計(2014年)よると,土砂災害リスクエリアの人口は613万人(2010年国勢調査による人口)です.
土砂災害警戒区域に指定されている箇所数は,2018年現在全国で542,184(うち特別警戒区域390.213).危険区域に該当しているが未指定のところが約12万箇所あります.指定を妨げている最大の理由に地価の下落があります.しかし,その土砂災害リスクは負の将来収益となって現在地価を低く評価させるということを土地所有者は経済の論理として受け入れねばなりません.
2011年東日本大震災の翌年に「津波防災地域づくり法」が制定され,沿岸低地域に津波災害警戒区域の指定が行なわれるようになりました.2018年現在,14道府県の164市町村でこの指定が行なわれています.国土交通省の推計では,津波リスクエリアの人口は2610万人です.活動的な火山とその周辺域では,火山災害警戒区域の指定がなされています.現在49火山について,23都道県の140市町村で警戒区域が定められ,噴火警戒レベルに応じた住民避難の計画が作成されています.
税制や公的資金助成などの面から,危険地の利用コストを相対的に高くして,その利用を抑制するといったようなことは行われていません.地震保険では広域の地震活動度に基づき都道府県単位で全国を8区分して料率を変えていますが,地盤条件によって差をつけるということにまでは至っていません.なお,保険料が最も高いのは房総半島から紀伊半島に至る太平洋岸7都県で,最も低い県の約3倍です.
5.3 危険域ゾーニング
防災土地利用管理の基礎は災害危険域のゾーニングです.土地利用を規制しそれが無理なく住民に受け入れられるためには,科学的に説得力あるゾーニングが行われる必要があります.しかしこれは一般に容易ではありません.
ゾーニングの精度や方法は災害の種類や土地条件によって異なってきます.洪水災害では低地の地盤高が判定の基礎手段になります.連続堤防があるところでは破堤・氾濫の危険度が加わります.低地面勾配は洪水流の勢力にかかわる重要な地形条件です.高潮・津波では海岸低地の海抜高が基礎条件です.斜面崩壊では土砂到達域が危険域となり,一般に急傾斜地の高さの2倍ほどの距離にとられます.土石流では谷底内および山麓扇状地の地表面勾配2度までの範囲が危険域です.地震では地盤条件により危険域区分され,表層が特に軟弱なところおよび沖積層が厚いところ(30m以上)が特に危険とされます.火山噴火は,火口からの距離や勾配や派生する谷の地形と,火山の個性・災害履歴に基づいて,噴石・溶岩流・火砕流・泥流などの危険域が決められます.いずれの場合にも設定する外力規模により危険範囲および危険度は異なってきます.過去の災害実例は説得力の大きい危険域情報です.
米国では,水害危険度を数ゾーンにも区分して,水害保険の料率を変え,被害ポテンシャル増大の抑制をはかっているところがあります(図5.4).新築の建築物については特に保険料率を高くして,水害危険域内の建物の増加を抑えています.また,危険区域内での開発行為の禁止・制限や耐洪水(flood proofing)の住居構造(ピロティ構造など)の義務付けなども行われています.1960年代に,堤防など治水施設建造の費用対効果が低く,またかえって被害ポテンシャルを高くしているという反省が行われ,土地利用管理など氾濫原の総合治水対策の必要性が示され,種々のソフトな対策が採られるようになりました.洪水対策において土地利用管理がもたらす被害軽減および被害ポテンシャル低減の効果は最も大きいと評価されています(図5.1).イギリスおよびフランスでは,危険度を区分した洪水危険地図が公開されており,高危険域での開発は制限されています.また,土地利用規制が保険制度と結び付けて行われています.なお,水害危険域の詳細なゾーニングは,大陸の河川のように,連続堤防がなく,地表面が河道に向かってゆるやかに傾斜していて,水位に応じて氾濫域が広がる,というような条件のところでは可能です.
5.4 ハザードマップ
災害の危険性(ハザード)の評価の結果はマップで示されます.しかしその評価には種々の不確実性が必然的に伴っています.それが示す危険は,単なる潜在的可能性であったり確率的なものであったりします.ある規模の外力(地震・大雨など)を設定した場合には,その設定条件に規定された適用限界が当然に存在します.
マップに示されている境界の位置は,ある設定条件の場合のものであり,また,土地条件把握の精度,計算方式,現象の不確定性などにより,かなりの幅を持ったものと受け止めねばなりません.ハザードマップは,ある限定条件のもとで予想される災害危険域・危険度を図表示し,それが示すリスク(可能性・蓋然性であり確率的なもの)をどこまで受容し,どのような防災対応で低減させるかを,土地の利用者・居住者に選択させる機能のものです.安全域を保証するといった性質のものではありません.単に避難用のものでもありません.
災害危険地の利用によって,ときには被る被害あるいはその防止のための対策費用は,その利用による日常的便益を得るための必要コストとして負担させ,個人責任を明確にさせるということが求められます.土地の価格は,その土地を利用することによって得られる予想将来収益の現在割引価値で評価されます.予想被害はマイナスの収益として土地の評価額を下げます.災害による被害あるいは防災費用が,低地価を通じて土地の所有者ないしは利用者が負担するコストとして内部化されることにより,個人の防災責任の明確化および公的防災支出負担の社会的公正の実現への途がひらかれる可能性があります.土地利用の規制が,住民の防災意識を高め自らを守る責任を自覚させる契機となることが望まれます.
客員研究員 水谷武司