防災基礎講座: 防災対応編-自然災害をどのように防ぐか-
9.災害応急対策
災害時にあるいは災害の発生が差し迫ったとき,緊急に被害の発生を防ぎそれを最小限にとどめるための種々の応急活動が,また,災害後には被災者に対する救援活動などが,地方自治体・防災関係機関・住民などによって実施されます(表9.1).これを行う基礎として,豪雨や強い地震など異常事態発生時に,その地域・地区でどのような災害状況がどのような時間経過で起こる可能性があるかを示す複数シナリオを,類似の土地環境のところでの災害事例などに基づいて作成し,対応策を準備しておく必要があります.
9.1 水防・消防
河川の水位や海の潮位が大きく上昇しつつあるときにはその氾濫を防ぎ,氾濫が生じたときには浸水域の拡大を防止し建物・施設への流入を阻止するために,種々の水防活動が水防団などによって行なわれます.土のう積みは氾濫防止や浸水阻止の最も一般的な方法です(図9.1).
河川堤防の決壊・破堤を防ぐ工法には多数あります.越水(オーバーフロー)に対する主要工法は天端(堤防上面)への土のう積みで,水圧に耐えるために杭を打ち込んで補強します.オーバーフローする流水による侵食を防ぐためには防水シートを張ります.堤防から水が漏れ出すという漏水に対する対策で特色あるものに月の輪工法があります.これは漏水箇所を囲んで半円形に土のうを積み上げ,溜まった水の水圧でそれ以上の漏水を防ぐものです.強い洪水流による河道側堤防のり面の侵食を防ぐためには,枝葉のついた樹木・竹に土のうをつけて,のり面をカバーする木流し工法があります.
浸水域における土のう積みは上流側の浸水位を高めることになるなど,水防活動では地域間の利害対立が生じがちです.近年過疎化・高齢化によって水防団員が少なくなり,水防活動が困難になってきています.水防団員数は1989年からの20年間に20%減少しました.
自然災害による火災のほとんどは地震によるものですが,洪水や土砂災害によって起こることもあります.地震火災の大半は建物倒壊によって生じ,地震直後に一斉に出火します.この同時多発性のため都市の大地震では常備消防力に大きな限界が生じるので,各出火点での住民による初期消火に依存せざるを得ません.しかし,揺れが強いほど初期消火率は低くなり,出火の多くは延焼に発展します.倒壊建物の道路閉塞や一般通行車両の大量出現は,消防車の通行を妨げ消火活動を阻害します.地震時に限らず災害時の交通規制・道路交通確保・緊急輸送実施は自治体・警察がまず行なう措置です.地震火災の延焼拡大阻止には,広い道路・緑地・空閑地等の適切配置が必要です.耐震性のある貯水施設など水利確保も重要です.
9.2 救出・医療
倒壊建物の下敷きになった人や崩れた土砂に埋もれた人・車両がある場合には,なによりもまずその救出が急がれます.地震や強風などで家屋が倒壊した場合には,屋根・柱などのすき間から救い出すことが可能ですが,土砂による倒壊の場合には人力ではほぼ不可能で,機材と専門集団が必要です.大雨による斜面崩壊の場合,雨がまだ続いていると崩れがさらに起こる可能性があるので,二次災害への警戒が必要です.
都市の大地震では非常に多数の建物が倒壊し多数の人の生埋めが生じるので,近くの住民による救出に期待せざるを得ません.1995年阪神大震災では,倒壊建物への閉じ込め者164,000,うち自力脱出者129,000,住民による救出27,100,消防・警察・自衛隊による救出7,900でした.住民の素手による救出では,木造家屋の場合に数人がかりで2時間以上を要し,コンクリート造ではほとんど不可能でした.建物はたとえ壊れても完全には潰されないようにして,脱出・救出が容易なように建物の耐震性を高める必要があります.
山崩れなどにより道路・鉄道など交通路が不通になると,山中に取り残された観光客や僻地集落住民の移送が行なわれますが,これは性質の異なる救出です.
大規模災害により医療能力を上回る負傷者が発生した場合,負傷の程度に応じ効率よくトリアージを行い,適切な応急処置を施し,トリアージに従って医療機関に搬送して治療を施し,必要ある場合には後方医療機関に順次搬送する,という手順で災害医療が実施されます.トリアージは現場において治療の優先度を判定する選別作業で,第1順位:緊急治療-生命が危機的状態にあり処置が直ちに必要,第2順位:準緊急治療-2~3時間処置を遅らせても悪化しない,第3順位:軽症-軽度外傷,第4順位:死亡-明らかに生存の可能性なしも含む,に分類されます.助かりそうにない人は放置しておくという割り切った対応がとられます.
生存救出には72時間という限界があるといわれていますが,阪神大震災の場合,生存救出率は24時間を過ぎると激減しており,72時間の限界は認められませんでした(図9.2).
大災害時には救急車出動を要請してもすぐに到着することは期待できません.心臓停止では3分経過時点で死亡率50%,さらに5分経過すると90%近くになります.呼吸停止の場合,20分間放置すると死亡率は90%になります.したがって,その場に居合わせた人による1次救命措置が望まれます.大出血なら止血を最優先とします.呼吸が停止していれば人工呼吸を実施し,無反応ならば心臓マッサージを行います.
9.3 収容・生活支援
住居が壊れた人や危険や不安を感じている人などに対し,避難所に収容し,水・食料・寝具・生活必需品の供給を行います.続いて,完全に住居を失った世帯に対し応急仮設住宅を建設し提供します.阪神大震災時の神戸市ではピーク時の避難者36万人,避難所数1200箇所で,最大10ヶ月間開設されました.建設した仮設住宅は3.6万棟で,用地確保が困難なため30kmも離れたところにまで造らざるを得ませんでした.2011年東日本大震災時の仙台市では,ピーク時の避難者は10.5万人,開設避難所数290,避難所閉鎖は5ヶ月後でした(図9.3).
建物危険度判定および居住可能な建物の応急修理も必要です.居住場所の確保は生活再建・立ち直りの基礎ですから,できるかぎり損壊家屋の応急修理を行い,また,長期避難指示により結果として住めなくなる状態をつくりだすことのないようにする必要があります.
災害後には浸水地区の消毒など防疫活動が伝染病対策として必要です.浸水災害では濡れた家具など大量のゴミが出されます.地震では大量のがれきが出ます.阪神大震災では兵庫県で2000万トンのがれきが出て処理に3年半を要しました.ゴミ処理・清掃は保健衛生面から,また道路交通確保や民生安定の面から必要です.遺体処理はそれが非常に多い場合に衛生上などの問題となります.
これら応急対策は主として地方自治体が担いますが,大きな災害の場合,限られた人数の職員では対応しきれないという事態が生じるので,周辺地区からの応援が必要です.被害が一定以上に達した場合,災害救助法(1947年)により国が費用負担し,救助が迅速に行なわれことを支援しています.
客員研究員 水谷武司