防災基礎講座: 防災対応編-自然災害をどのように防ぐか-
1.はじめに
自然災害は,誘因の発生から被害・影響の終息までの全過程に関わる各種事象の因果連鎖構造で示すことができます.この連鎖をどこかで断とうとするのが防災対応策です.どこで断つかによってその機能や手段などが決まります.
ここではまず初めに,災害連鎖構造に対応させて防災対応策を分類し,それらの概要・機能・限界・現状などを総括的に示します.災害に関わる地域の自然的・社会的環境,とくに土地条件は,これらすべての段階における対策をたてるうえでの基礎的事項となっています.
1.1 災害の連鎖構造
自然災害は,誘因が素因に作用することによって生じます.誘因とは災害を引き起こす引き金となる自然力のことをいい,その主なものには大雨,強風,地震,火山噴火,異常気候などがあります.素因には地形・地盤条件など地球表面の性質に関わる自然素因と,人口・建物・施設など人間・社会に関わる社会素因とがあります.これらの要因の組み合わせと相互作用の状態に応じて,さまざまな種類の災害が発生し,さまざまな被害が生じます.
この災害の発生経過を簡潔に示すと(図1.1),大雨・地震などの災害誘因が生じ,地形・地盤などの自然素因に作用して(自然力の作用),洪水・山崩れ・津波などのいわば二次的な災害事象が起こり(災害事象の発生),これらの事象が人間・社会に対する直接の加害力として作用し(加害力の作用),社会の側の抵抗力が下回ると人的・物的被害が生じ(一次的破壊被害の発生),これが波及・拡大してさまざまな社会的・経済的影響が生じる(災害の波及、二次的被害の発生),という因果連鎖の関係によって示すことができます.強風のように誘因が直接に社会素因に作用して被害を引き起こすという場合もありますが,大部分は誘因と自然素因との相互作用によって生じる二次的災害事象が,社会素因に加えられる直接の加害力となって被害を引き起こします.
1.2 防災対策の分類
この災害事象の因果連鎖の関係を意図的に断つのが防災対応策であり,どの位置で断つかによって対策・対応の種類とその機能が決まります.河川の氾濫による災害を例にとると,① 大雨が降らないようにする(自然力の制御),② 降っても河道に集中して水位が高くならないようにする(災害事象の抑止・緩和),③ 水位が上昇しても氾濫しないようにする(加害作用の阻止),④ 氾濫が生じても被害が起こらないようにする(被害発生の防止),⑤ 一次的破壊被害が生じてもその拡大を抑え,影響を最小限にとどめる(被害の波及・拡大の阻止)、という対応策に分類することができます.
①に関しては,強大な自然力を意図的に制御することは不可能であるし,それに伴うマイナスも大きいので,防災の対応策としてはほぼ対象外です.② は雨水を流域内に貯留して河道への流出を遅らせることによって出水を緩和するのが主なものです.③ は堤防・護岸などを連続させて河流を河道内に閉じこめて洪水氾濫が生じないようにする方法で,洪水対策の中心となっています.④ は氾濫を被っても被害の発生を防止しあるいは軽減させるというもので,耐浸水性の建築や土地利用規制などによって抵抗性を高めておく,および警報・避難の態勢や水防活動等によって緊急に被害を回避する方法があげられます.⑤ は二次的被害の発生や影響の波及・拡大を防ぐもので,救出・救護,資金・物資の援助,施設復旧活動,保険・共済制度,地域復興対策などがあります.
防災対策は時間経過の観点から,事前(平常時)の準備対策,直前および発災時の応急対策,ならびに事後の処理対策に分類されます.異常事態がいつ起こってもよいように予め準備しておくのが防災の基本ですから,事前対策が中心となるべきものです.応急および事後の対策も,事前に準備されていなければ突発災害時にうまく機能しません.災害に関わる地域の自然的・社会的環境,とくに土地の災害危険性についての情報は,これらすべての段階における対策をたてるうえでの基礎的事項となります.
1.3 対応の多重構造
対処すべき災害の種類とその危険の程度によって異なるものの,一般に,強大かつ不確定性の大きい現象がもたらす危険に対しては,複数の対応策を組み合わせ何段構えにもして安全度を高め,またいつ起こってもよいような方法で備えておくのが原則です.一つの対応策だけに依存していると,それがうまく働かなかった場合のリスクは大きなものになります.予測し難いということは不意をつかれるということでもあり,それだけに平常時の準備が必須のものとなってきます.
河川洪水の場合を例にとると,本川堤防だけに依存することなく,それが破堤した場合でも居住域に氾濫が及ばないように輪中堤で囲むなどの対策をとり,浸水を被ったとしても被害が小さくて済むような住居構造で備え,物的な被害が生じても人命の損傷は防げるような避難態勢を準備し,被害のもたらす影響が深刻にならないように救援や相互扶助の態勢をつくっておくなど,何段もの備えがあるのが望ましいでしょう.また,長期的には住居移転や土地利用規制などによって被害の潜在的可能性を小さくする努力をし,応急的手段としては,予知・警報・避難のシステムを整備しておくということが必要です.
このように,ハードとソフト,長期的と短期的,行政レベルと住民レベル,恒久的予防対策と応急・復旧対策,防止手段と改善手段,対抗策と適応策など,複数の質的に異なる手段の組み合わせの選択肢があります.災害の種類(洪水か土砂かなど),危険の大小,予想される被害(とくに人命に危険が及ぶか否か)などによって選択される対応策の組み合わせは異なり,必ずしも多重構造が必要なわけではありません.例えば、崩壊の危険が大きい高い崖の下では住居移転による危険の抜本的除去を基本とし,それが実現するまでは過渡的な避難態勢で補うという対応となります.異常気候が原因となり直接の被害は農作物に限られるという種類の災害では,被害を受けるのは避け得ないものとし,保険・共済制度によって損失を共同負担するのが現実的です.施設・構造物の建造という行政の行うハードな方法が,現行の防災対策の中心となっていますが,この方法によって現象の抑止や制御が可能であるとは限らないし,また十分な安全率をとろうとすると,経済性や受益面・負担面での社会的公正が大きく損なわれたりもします.
いつ,どこで起こるかわからない種類の危険に備える手段は,フェイルセイフ,使い方をまちがっても,こわれていても大丈夫,フールプルーフ,あわてていても,だれがやっても大丈夫,というのが基本です.すなわち,できるかぎり単純で,頑丈で,代わりがすぐに見つかる方法やシステムが望ましく,特殊な知識や機器類に依存する方法は,実行可能性の面からも普遍性を欠きます.強大な自然力に力で抵抗することは,一般に無理があり経済的ではありません.また,制御できたとしても,他の危険をつくり出したり,他の場所の危険を大きくしたり,また,付随的にマイナス効果をもたらしたりもします.
このように,防災対策は,制御可能性,予知可能性,危険域限定度,潜在的被害規模,経済性,実行可能性,緊急性,公平性,有効性,マイナス効果などを考慮して選択的対応策のなかに組み入れられねばなりません(表1.1).その判断は科学・技術の範疇を離れて,社会の意志決定,政策決定の問題となります.
客員研究員 水谷武司