防災基礎講座:地域特性編-地域の自然・社会環境が災害の基礎要因である-
Ⅴ 世界の自然災害
1. 地域別災害の概要
被害の大きい災害が最も多く発生しているのは,東南アジアから南アジアを経て西アジアに至る帯状域です.次いで多いのは中米・カリブ海諸島・南米北西部の地域です.これらはすべてプレート収束境界であり,さらに,熱帯多雨域,ハリケーン来襲域,低所得国の多い乾燥地帯のどれかにあたります.(図5.1)
1970~2010年に起こった死者数2000以上の50件の大災害(総死者数は約300万)についてみると,東南アジアから西アジアに至るアジア南縁帯において件数で68%,死者数で56%を占めています.この地帯には世界人口の約半分が住んでいます.大災害が多い国としては,東からフィリピン・インドネシア・中国・ミャンマー・バングラデシュ・インド・スリランカ・パキスタン・アフガニスタン・イラン・アルメニア・トルコなどの国があります.持続的災害である干ばつおよび熱波を除く突発的災害(地震・暴風雨など短時間の現象による災害)に限ってみると,この死者数比率は81%にもなります.アメリカ中央地域では件数で18%,死者数で14%です.この地域で大災害の多い国はメキシコ・グアテマラ・ニカラグア・ホンジュラス・ハイチ・ベネズエラ・コロンビア・ペルーです.死者数の多い干ばつ災害はアフリカに限られ,この期間に3件あり,総死者数は90万(29%)です.ただし,干ばつの被害統計はかなり不確かです.
国別の大災害件数は,インド8,イラン6,バングラデシュ4,中国・インドネシア・フィリピン各3,などです.インドでは地震も洪水も共に起こっています.イランは地震だけであり,世界の大被害地震(死者1000以上)の1/4がこの国で起こっています.バングラデシュでは高潮災害が際立って多く,ほぼ10年に1回という頻度で大高潮災害(死者1000以上)が起こっています.
火山災害は頻度が小さいので,より長期間のデータで地域傾向をみてみると,1600年以降における死者1000以上の火山災害30件中の13件はインドネシアで生じており,環太平洋とその接続域以外ではイタリアの1件だけです.大きな津波は海溝域の巨大地震により起こるので,海溝が周囲につらなる太平洋の沿岸諸国で多く発生しています.被災者数の多い災害は,大人口を擁する中国およびインドにおける干ばつと洪水が上位をすべて占めています.被害金額は経済発展国の多い北米およびヨーロッパで相対的に大きくなっています.
1947~1980の期間における突発的災害を対象にした6大陸地域別被害の統計では,死者総数122万のうち86%(105万)がアジアで生じています.これは干ばつを対象外とした統計です.1970~2010の期間についてのこれに相当する値は81%でほぼ一致しており,定常的にアジアの災害激甚帯において大きな災害の大部分が生じていることが分かります.他の地域についての発生死者比率は,カリブ・中央アメリカ4%,南アメリカ4%,ヨーロッパ2%,アフリカ2%,北アメリカ1%などと小さくなります.(図5.2)
2. アジア
自然条件・社会環境
太平洋プレートおよびフィリピン海プレートの沈み込み境界であるカムチャツカ半島から日本,フィリピンを経てニューギニアに至る環太平洋域,ならびにオーストラリアプレートが沈み込むニューギニアからジャワ,スマトラを経てベンガル湾東部に至る地帯は,地震が海溝に沿って線状に密集して多発し火山列がつらなる変動帯です.インドシナ半島北部からヒマラヤ・チベット,パキスタン,イランを経てトルコに至る地帯はインドプレートおよびアラビアプレートとユーラシアプレートとが押し合っている衝突と横ずれのプレート境界で,かなり幅広い範囲に地震が発生しています.インドプレートの衝突は激しくて,広大なチベット高原と高いヒマラヤをつくり,さらにその北にクンルン・テンシャンなどの大山脈列を形成し,プレート内部においても大きな地震を発生させています.アジア大陸北半部は地殻変動のない広大な安定大陸です.インドおよびアラビア半島も安定陸塊です.(図5.3)
東南アジアの島々およびマレー半島は熱帯収束帯にある多雨地域です.東アジア・東南アジアのほぼ北緯10°以北には台風が来襲します.強い熱帯低気圧(台風)の発生は太平洋西部海域において世界で最多です.ベンガル湾にも強い熱帯低気圧(サイクロン)が発生します.南アジア~東アジアは最も顕著なモンスーン地帯で,夏季にインド洋および太平洋から大量の水蒸気が運びこまれます.これらの条件が重なって,東南アジア・南アジア・東アジアは降雨量の非常に多い地帯になっています.高いヒマラヤの地形効果も加わるインド東部では降水量が世界最大で,年降水量が2.5万mmにも達します.ヒマラヤ・チベットの高山岳地からは黄河・長江・メコン川・イラワジ川・ガンジス川・インダス川などの大きな河川が流れ出して大流量を運んでいます.インド西部から西アジアにかけては亜熱帯の砂漠地帯です.チベットの北は大陸内部砂漠であり,その北の緯度40~50°帯には半乾燥地帯(ステップ)が,カスピ海からモンゴルにかけ東西に長く連なっています.
低所得国は,地震帯・火山帯・豪雨帯・サイクロン帯のある東南アジア・南アジアにおいて,アフリカに次いで数多く存在します.一人当たりGDPの非常に小さい国には,アフガニスタン・ネパール・バングラデシュ・カンボジア・ラオスなどがあげられます.アジアの人口は世界人口(2010年現在約69億人)の約60%をも占めています.人口増加の絶対数は最も多く,とくに南アジアでの増加が顕著です.
地震災害
大被害地震が最も多いのはイランです.イランはエルブルス山脈・カフカス山脈・ザグロス山脈に囲まれ,ほぼ全体が一つのマイクロプレートで,その境界全域および内部で地震が発生しています.地震の規模は大きくはなく,M7.5以上はわずかです.死者数1000以上の地震災害は1800年代に16回あり,すべてM6でした.1900年代にはこれは18回で,5年に1回ほどの頻度で大被害地震が起こっています.近年では, 2003年バム地震(M6.8),死者4.3万, 1990年マンジール地震(M7.4),死者5万,1978年タバス地震(M7.4),死者1.8万,1968年ビヤズ地震(M7.3) ,死者1.5万があり,ほぼ10年の間隔で死者1万人以上の地震災害が起こっています.死者の多い最大の原因は,日干しレンガ(アドベ)を積み上げただけの家が多いことで,完全に崩れ落ちて後には瓦礫の山が残されます.バムは歴史的建造物の多い古都でしたが,建物の90%もが破壊されました.
トルコ北部には東西を貫く延長2000kmのアナトリア断層帯があり,活発に活動しています.これはアラビアプレート北端のアナトリアブロックが西に押し出されて生じている右ずれの横ずれ断層で,北米西海岸のサンアンドレアス断層とほぼ同じ規模です.この主部の北アナトリア断層の活動による地震の記録は,西暦紀元前から残されています.1900年代にはM6~7の地震が20回,5年に1回の頻度で起こっています.1939年以降には震源がほぼ規則的に西に移動しながら13回の地震が発生しており,1999年にはイスタンブルの南50kmに達しました.トルコ全土では死者数1000以上の地震が1900年以降に12回起こっています.やはりアドベが被害を大きくしている主因です.大きな災害例には,1939年エルジンジャン地震(M7.8),死者3.3万,1999年イズミット地震(M7.4),死者1.7万人があります.
パキスタン・インド・中国は地震も洪水も多い国です.パキスタンにおける最近の大被害地震には,2005年カシミール地震(M7.7),死者9万人,1935年アフガン国境のクエッタ地震(M7.5),死者6万人があります.インドでは,2001年インド西部地震(M8.0),死者2万,1993年ラトール地震(M6.2),死者1万,1934年インド・ネパール地震(M8.3),死者1万などが起こっています.ラトール地震は安定陸塊のデカン高原における地震で,地震がほとんどないことと石積みの家が多いことのため大きな被害が生じました.M8クラスの巨大地震は北東部ヒマラヤ山地で発生し,土砂災害も引き起こしています.1950年アッサム・チベット地震はM8.6と巨大で,大規模に山崩れが生じましたが,死者数は3300でした.
中国では,インドプレートとの衝突境界域の雲南・四川・チベットに加え,北にやや離れた新疆や北東部の河北・山東でも地震活動が活発です.大被害地震の回数は,国土が広大なこともあって,イランに次ぐ多さです.1976年唐山地震(M7.8)は,公式記録では死者25万ですが実際にはこの3倍を超えたとも推定され,史上最大規模の震災でした.唐山は北京の東200kmにある大工業都市であり,レンガ積みの家が多くて住宅の94%もが倒壊しました.前年に同じ直下型のM7.7地震の予知に成功したものの,この地震は予知できませんでした.1920年の西安北東500kmを震源とした海原地震はM8.5と巨大で,23万人の死者をだしました.2008年の四川地震(M7.9)では400万棟の家屋が損壊し死者数は9万人でした.
旧ソ連邦の地域では,1600年以降におけるM7.5以上の地震は57で,その60%は極東のカムチャツカ・サハリン・千島で起こっています.1952年のカムチャツカ地震はM9.0と超巨大で,ハワイで波高6mなど太平洋に大きな津波を起こしましたが,震源域での被害はわずかでした.大被害地震は中央アジア・コーカサス地方のアルメニア・アゼルバイジャン・トルクメニスタン・ウズベキスタン・タジクなどで起こっています.1988年アルメニア地震(M6.8)は,建物の耐震性が主原因で2.5万人の死者をだしました.
東南アジアでは沈み込み境界に位置するインドネシアとフィリピンで大きな地震が起こっています.フィリピンには全長1200kmの断層が島々を貫いて走っています.この活動による最近の地震には1990年ルソン島地震(M7.8),死者2400があります.1976年ミンダナオ島南部地震(M7.9)は大きな津波を起こし8000の死者をだしました.
インドネシアでは1900年以降死者数100以上の地震が24回起こっています.最大は2004年のスマトラ島沖地震(M9.1)です.この震源断層はアンダマン海に南北に1000kmにわたって伸び,東方および西方に強い津波を伝えました.被害は押し波が先行した西方で大きく,スリランカで3.5万人,インドで1.2万人の死者がでました.引き波が先に伝わったタイでは8千でした.強震動被害が大きかったインドネシアでは死者総数が16.7万人になりました.津波の高さの最大はスマトラで40m,タイで20m,スリランカで15m,インドで12mでした.津波は半日後にアフリカ東海岸に到達し,ソマリアで死者150人などの被害を引き起こしました.インド洋では津波警報システムがなかったので,地震や津波の情報は沿岸各国に伝えられませんでした.
火山災害
インドネシアでは,南からオーストラリアプレートが,東からフィリピン海プレートが沈み込んでおり,火山活動が非常に活発です.活火山はおよそ130あり,大きな火山噴火災害が世界で最も頻繁に起こっています.最近400年間に100人以上の死者をだした噴火は,メラピ火山(5回),ケルート火山(3回),ラウン火山(2回),アウー火山(4回),ガルングン火山(2回),キーベシ火山(2回),ディエン火山(2回),パパンダヤン火山・タンボラ火山・クラカタウ火山・スメル火山・アグン火山各1回と非常に数多くあります.
史上最大の噴火は1815年のタンボラ火山の噴火で,大規模火砕流などによる噴出物の総量は150km3ときわめて巨大でした.火砕流は周囲の海に流入し,急速水冷による溶岩片の粉砕によって多量の細粒火山灰が生産されて巨大噴煙が立ち昇り,周辺500km以内は闇夜の状態が3日続きました.多量の降灰により農作物は壊滅したために,8万人の餓死者がでました.火砕流の直接の死者は1.2万人でした.なお,この火山にはそれまでに噴火の記録はありませんでした.スンダ海峡にある火山島の火山クラカタウは1883年に大噴火し,直径8kmのカルデラが海底につくられ,最大波高40mの津波が発生し,3.6万人が犠牲になりました.この90%は津波,それ以外は火砕流と降灰によるものでした.降灰と火砕流の総量は25km3で史上3番目の規模でした.メラピ火山(2911m)は活動が最も活発な火山です.山頂火口は大きく南西方向に開口しているので,火口内に成長してきた溶岩ドームは常に南西方向に崩落して頻繁にメラピ型火砕流を発生させています.最近では1~5年おきに噴火を繰り返しています.2010年11月の噴火では141人が犠牲になりました.
フィリピンにおいて1600年以降に死者数100以上の被害をだした火山には,マヨン火山(2回),タール火山(2回),ピナツボ火山,ヒポック火山があります.ピナツボ火山の1991年噴火は20世紀で最大級の規模でした.噴煙柱崩壊による大火砕流は100km2を埋め,噴煙柱は40kmの高さに達し大量の火山灰を降らせました.折悪しく台風の雨が降ったので降下・堆積した火山灰は重さを増し,4万戸の家が押し潰されました.死者359の大部分は家の倒壊によるものでした.この火山でも噴火の記録はありませんでした.
気象災害
台風は太平洋西部海域で発生し,太平洋高気圧の西縁を回りこむようにし黒潮沿いに勢力を維持しながら極東地域に向かうのが典型的コースですが,偏東風に流されて大陸南部に向かう場合もあります.台風(最大風速17m/秒以上)の年平均発生個数は27で,その40%が日本付近(南西諸島を含む)に来襲します.中国・ベトナムの方面に向かうのは20%程度と推定されます.これらの経路近くにあるフィリピンは最も頻繁に台風の来襲を受けます.2009年9~10月には3つの台風が相次いでルソン島に豪雨をもたらし,死者1080,被災者延べ1千万という洪水・土砂災害を起こしました.フィリピン・日本・朝鮮半島では,台風による豪雨が大きな被害を引き起こしています.
ベンガル湾におけるサイクロンは,年平均発生が3~4個と少なく中心気圧は950hPa程度とさほど低くはありませんが,自然地理的・社会的条件ゆえに大規模な高潮災害を頻繁に起こしています.ベンガル湾北部は北を頂点とする三角形状で非常に遠浅であり干満の差は大きいので,高潮潮位は高くなります.湾奥には広大・低平なガンジスデルタが広がり,ヒマラヤからの大量土砂は海岸砂州を絶えず形成・変化させています.このデルタ沿岸に1千万人を超える低所得層が定住しあるいは季節労働者として一時滞在していて,非常に危険な居住状態がつくられています.このため,湾の最奥部のバングラデシュでは,死者1万を超える高潮災害が10年に1回ほどの頻度で発生しています.1970年には死者およそ50万(公式には27.5万)の,1991年にはおよそ25万(公式には14万)の巨大災害が起こっています.最近でも2007年に死者5000の災害がありました.
ガンジスデルタ内で国境を接するインドでも,数年に1回の頻度で大きな高潮災害が起こっており,1999年の災害による死者数は約1万でした.2008年のサイクロン・ナルギス(上陸時中心気圧962hPa)は東進して最貧国ミャンマーを襲い,推定30万人の死者をだしました.イラワジ川デルタは最大3.6mの高潮により全面浸水し,海水は100km内陸まで達しました.ベンガル湾のサイクロンによる人的被害は,世界の風水害被害の95%以上をも占めています.
河川洪水の災害は,ヒマラヤから発する長江・メコン川・ガンジス川・インダス川などの大河川の流域を中心に世界で最も大規模に起こっています.中国では2年に1回程度,死者が数百人の洪水が報告されています.1998年の長江下流域における洪水は近年では最大規模で,死者3000,被災人口2億3千万,被害金額200億ドルでした.水位上昇がゆるやかな大陸河川の洪水では人の被害はあまりでません.かわって被災人口が水害規模を表す一数値になります.中国では被災者1億人を超える洪水が,1990年代をとってみても91,95,96,98,99と2年に1回起こっています.なお死者数については,災害後の伝染病や飢餓によるものを含めれば非常に多くなる場合もあり,資料によっては100万人といった数値も示されています.
パキスタンでは2010年にインダス川の氾濫により国土の1/5が浸水し,死者2000,住家被害125万戸,被災者200万(人口の12%)の大被害が発生しました.山国ネパールでは豪雨により土砂と洪水の複合災害が起こります.1993年7月にはモンスーンの集中豪雨により死者800,被災者150万人の災害が起こり,被害額はGDPの26%に達しました.乾燥地帯のイランでも1993年2月に死者1600,損壊家屋6.5万,被災者120万の集中豪雨災害が起こっています.砂漠では雨は集中的に降り表土は硬く締まって浸透能力は小さいので,雨水は一気に地表に溢れて洪水となります.インドとバングラデシュではガンジス・プラマプトラ川の氾濫被害をたびたび受けています.1993年の洪水では被災者が1.3億人でした.
森林火災(Wild Fire)は,世界的にみて地震・洪水・暴風雨につぐ大きな経済被害をもたらしています.1996年のモンゴルにおける森林火災の被害額はGDPの200%にもなりました.熱帯雨林地帯でも乱開発が主原因となって乾季に大規模な森林火災が発生しています.1997年の12月にインドネシアおよびマレーシアのスマトラ島とボルネオ島で発生した森林火災は,翌年の4月まで続いて10万km2が焼失し,被害額は170億ドルにも達しました.南アジアの全域は煙に覆われ大きな障害・混乱が生じました.
アジアには乾燥・半乾燥地帯および厳しい乾季のあるモンスーン気候の地帯が広く,また人口は非常に多いので,干ばつは大きな被害をもたらします.災害の統計は不確かですが,干ばつ被害がたびたび報告されているのは大人口を擁するインドと中国です.インドでは1979年に1.9億人,1987年に3.0億人,2002年に3.0億人が被災者となった干ばつが起こっています.インドでは熱波や寒波による死者発生もしばしば報告されています.
3. ヨーロッパ
バルカン半島・アルプス・南欧地中海沿岸の地帯は,アルプス・ヒマラヤ造山帯の西端で,かなりの起伏ある山脈がつらなっています.造山活動はアルプス山地ではほぼ終息しています.地震活動が活発なのはエーゲ海,バルカン半島南西岸域,イタリア南半部です.活火山はイタリア中央部・南部,エーゲ海南縁,および大西洋北部のアイスランドに分布します.この他のヨーロッパ地域は安定陸塊の盾状地・卓状地および古い造山帯です.北部・中部は氷床に削られてゆるやかな起伏を呈します.中央部・西部はほぼ1年中降雨のある冷温帯気候です.地中海沿岸はかなり乾燥した冬雨の地中海性気候です.大陸西岸であり強い熱帯低気圧は来襲しません.(図5.4)
気象災害
ヨーロッパにおける大きな暴風雨被害は,冬季に発達するアイスランド低気圧によって引き起こされています.黒潮とならぶ優勢な暖流のメキシコ湾流は,アメリカ東岸に沿って北上し大西洋北端にまで達しています.北極圏から流れ出す寒気流はこの暖かい海水から熱と水蒸気を得てアイスランド付近で強い低気圧を発達させます.この低気圧はヨーロッパに向かって南東に進行するので,北海では冬のほぼ半年の間風波が高く荒れます.北海に入ったアイスランド低気圧は台風並みに発達して,北海沿岸域に強風と高潮の被害をもたらします.
1953年2月のアイスランド低気圧によりオランダでは海岸堤防が50箇所にわたって破壊され,500km2が浸水しました.死者は1800人,全壊家屋は3000棟でした.北海沿岸域全体の死者は2000人を超えました.1962年2月の低気圧は,中心気圧が955hpaにまで深まり,エルベ河口で最大4mの高潮を発生させ,北海沿岸諸国で死者約400人などの大きな被害をもたらしました.このような大きな災害は20世紀中に3回起こっています.
オランダでは海面下の干拓地が広いので,昔から冬季の低気圧による高潮被害をこうむっています.1530年には死者40万人,1570年には死者7万人という大災害の記録があります.イギリスでも大きな災害があり,1703年にはテームズ川が高潮で溢れてロンドンは水没し,5,000戸の家が破壊され,300隻の船が沈んだとされています.
ドナウ・エルベ・ライン・セーヌなどの大陸河川は,勾配が非常に緩やかな構造平野の低所を流れる掘り込み河道なので,大雨が降るとほぼ地形なりにゆっくりと浸水域が広がるという洪水を起こしています.最近では,2002年8月に中部ヨーロッパが総雨量の最大300mmという豪雨に見舞われ,ドナウおよびエルベがドイツ・チェコ・オーストリア・ハンガリーの各国で氾濫し,死者約100人,被災者数十万という洪水が起こっています.プラハ・ドレスデンなど河畔に位置する古都の歴史的建造物も浸水を被りました.
急峻であり氷河に覆われたアルプス山地では,山地崩壊・地すべり・土石流・なだれなどの災害が発生しています.特異な災害例として,1963年のイタリア北部のドロミテにおける地すべりがあります.氷河のU字谷の中に3年前につくられた高さ260mのヴァイヨントダムの貯水により,土砂量2.4億km3の巨大地すべりが誘発され,大量土砂の滑落により跳ね上った湖水は,堤頂上を100mの高さで乗り越え,ダム下流の峡谷を深さ数10mの奔流となって流れくだり,約2600人の死者をだしました
2003年8月,夏が温和な西岸気候の西ヨーロッパにおいて,平年よりも8~10℃高いという異常な高温が続きました.この熱波によりフランスで1.5万,ドイツで7千,スペインで4千,イタリアで4千など全体で3.5万人の死者がでました.熱波あるいは寒波による多数の死者発生は,大陸諸国でしばしば起こっています.熱波はまた森林火災を引き起こします.猛暑が続いた2010年夏,ロシアの中央部・西部において広範囲に森林火災が発生し,土中の泥炭にも燃え移り,鎮火するのに1ヶ月半近くかかりました.これにより多数の村落が焼失し,モスクワは有害な煙に覆われて死亡率が2倍にもなりました.
地震・火山災害
地震災害は地中海東部の地域にほぼ限られます.1600年以降死者100人以上の地震は147回起こっています.マグニチュードは7前後までの直下型で,特にイタリアで集中的に発生します.イタリアでは1600年以降の死者数1000以上の地震は44回,25年に1回の頻度で起こっています.発生はイタリア中部・南部のアペニン山地域に集中し,石積み造りの建物が多いため死者が多くなっています.近年の地震では,南イタリアでのカンパニア地震(M6.9),死者4700人,被害額400億ドル,1908年シチリアでのメッシナ地震(M7.1),死者数11万,津波高さ11m,1805年ナポリ地震(M6.5),死者数6000などがあります.ギリシャでは1600年以降に死者数100以上の地震災害が36回起こっています.856年にはコリント地震の死者4.5万という大災害がありました.近年では1905年カルキジキ半島で死者数2000の地震が生じました.イタリア半島対岸のアドリア海沿岸でも地震活動が活発で,1963年スコピエ地震(M6.1)死者1000人が起こっています.
歴史上有名な地震に1755年のリスボン地震(M8.5)があります.震源はポルトガル沖の大西洋で,プレート境界ではあるもののあまり地震は起こっていないところですが,地震の規模は巨大で死者は6.2万人でした.最大高さ15mの津波が被害を大きくしました.対岸のアフリカのモロッコ・アルジェリアでも数千人の死者がでました.
大西洋中央海嶺上の島のアイスランドではM7クラスの地震が発生していますが,人口が少ないので被害は報告されていません.一方,火山活動は非常に活発です.マグマは玄武岩質であり割れ目状の火口から大量の溶岩が溢れ出す噴火を行います.厚い氷河に覆われているところで噴火して水蒸気爆発が生ずると,マグマは細かく粉砕されて大量の火山灰が噴きあがり,その降灰は農作物の減収をもたらします.1783年のラーキ火山の噴火では約1万人の餓死者がでました.火山灰が偏西風に運ばれヨーロッパを覆うと2010年のような航空機の広域運航不能などが生じます.大陸における噴火災害はイタリアで起こっています.よく知られているのはベスビオ火山の噴火で,79年には火砕流により南麓の街ポンペイが埋没しました.1906年には降灰により300人の死者がでています.
4. アフリカ
自然条件・社会環境
アフリカ大陸のほぼ全域は,ここ数億年のあいだ地殻変動のほとんどない安定大陸です.造山帯はわずかに大陸北西端に,ユーラシアプレートとの衝突によるアトラス山脈があるだけです.大陸東部には紅海から続く大地溝帯が南北に走っています.ここでは大陸地殻が東西に引き裂かれ,これに伴う地震活動があり,火山が分布しています.(図5.5)
大陸北半部には亜熱帯のサハラ砂漠があり,この赤道側にはステップおよび広大な熱帯サバンナが広がっています.サバンナは草原の中に樹木が点在する景観を示し,雨は少なく乾季が著しいため森林が生育できない気候です.熱帯サバンナは南部のナミブ・カラハリ砂漠の赤道側にも広がっています.熱帯雨林地帯は赤道付近の大陸西半部に限られます.他の大陸とは違い大陸東岸で雨が少なく,一部は砂漠にもなっています.強い熱帯低気圧は大陸の東南沖にあるマダガスカル島に多少やってくる程度です.このようにアフリカはかなり乾燥した大陸です.したがって,突発的災害の危険性が小さい自然条件にあるのですが,一方,持続的な災害である砂漠化・干ばつの危険は非常に大です.これは社会経済条件の劣悪さからさらに著しくなっています.
国民一人当たりGDPの非常に小さい低所得国はここアフリカ,とくにサハラ以南に集中しています.幼児死亡率は大きいものの出生率もまた大きく,人口増加率は6大陸中で最大です.この増加人口の多くは脆弱な環境の砂漠周辺域などに進出して,災害ポテンシャルを大きくしています.人口増加による食料需要増・薪炭需要増・家畜増加は,森林伐採・過剰放牧などにより植生を破壊し,土壌を荒廃させ,乾燥化をもたらす原因になっています.多くの国では部族対立・宗教紛争などによる絶えざる内戦によって,難民は大量に発生し政治・経済・社会は混乱して,災害が起こった場合の被害は拡大し,その影響は長期化・深刻化しています.干ばつは世界的な災害で,雨の少ない大陸地域を中心に大きな経済被害を引き起こしていますが,多くの死者(餓死・病死)の発生となるとほぼアフリカに限られます.
気象災害
近年,深刻な干ばつはサヘル地域で起こっています.サヘルはサハラ砂漠の南縁にある半乾燥地帯で,北緯12~18°に位置し,幅500km前後の帯状域です.西からモーリタニア・セネガル・マリ・ニジェール・チャド・スーダンの貧しい国が並んでいます.さらにこの東にはエチオピア・ソマリアという一層貧しい国が続いています.年降水量は南部600mm,北部200mmで,これは安定農耕限界の約550mmをほぼ下回っています.
亜熱帯高圧帯の低緯度側に位置するので夏雨地帯であり,1年のうち7~9月だけに降雨があります.この季節にギニア湾からの湿った気流(ギニアモンスーン)が北上し,北の砂漠から吹き出す高温で乾燥した北東風(ハルマッタン)とぶつかって積雲群(スコールライン)を形成して雨をもたらします.このスコールラインがサヘルまで到達しないか,あるいは到達しても活動が弱いと,雨不足と干ばつになります.これは10年に1回程度の頻度で起こっています.近年では,1982~85に100万人以上(エチオピア・ソマリアを含む),1968~73にはおよそ40万人の死者がでました.なお,この死者数は資料によって大きな違いがあります.
強い熱帯低気圧はマダガスカル島に来襲します.2004年3月に死者約400の災害が起こっています.降雹の年平均日数は日本では多いところで2日程度ですが,アフリカや南米の熱帯高地では100日に達するところがあります.砂漠化(植生の減少・土地の乾燥化)は砂漠の周辺域で進行しており,これに伴う砂嵐,塩害,干ばつなどが激しくなっています.
地震・火山災害
地震活動の大部分は北西端のアトラス山地域のアルジェリアとモロッコで起こります.規模は7ぐらいまでですが,直下型の地震であり,半乾燥地帯で日干しレンガや石積みの家が多いので,完全崩落して大きな被害を引き起こします.アルジェリアでは1600年以降に死者100人以上の地震災害が13回起こっています.1980年のエルアスナム地震はM7.3で死者3,500,2003年のアルジェ近郊の地震はM6.8で死者約2,000でした.遮熱のため屋根を厚くし砂をかぶせているので被害が大きくなっています.モロッコでは1960年アガディール地震M5.9で死者13,000の大きな被害が生じました.約400km沖の大西洋が震源の1755年リスボン地震はM8.5と巨大であったので,モロッコとアルジェリアで数千の死者がでました.
火山災害で特異なものに,カメルーン北西部にある多数の火山湖の一つのニオス湖で起きた1986年の火山ガス災害があります.この湖の周辺の住民約1700人が多数の家畜とともに死亡しているのが発見され,谷間に被害域が広がっていることなどから,湖から放出された二酸化炭素が原因と推測されました.大地溝帯には約20の活火山があります.ここでは1977年に溶岩流や火山ガスによる死者約2,000の噴火災害が起こっています.
5. 北アメリカ
自然条件・社会環境
環太平洋地震帯は,アリューシャンから北米大陸太平洋岸沿いに中米に続いています.また,カリブ海に弧状に張り出しています.この地震帯の中で地震活動の最も活発な地域は,メキシコ・中米およびアリューシャン列島です.カリフォルニア半島南端からサンフランシスコ北方にかけては横ずれのプレート境界で,延長1300kmのサンアンドレアス断層が走っています.この北のカナダ国境付近までは,南北幅1000km足らずの小さなファンデフカプレートがあり,大陸に向け沈み込んでいます.カナダでは震源は陸地からかなり離れて発生しています.(図5.6)
プレート沈み込みによる火山列は,アリューシャン列島からアラスカ東端まで,アメリカ北西部,メキシコ南西部からパナマ地峡まで,およびカリブ海東部アンチル諸島,に連なって分布します.また,ロッキー山地のイエローストーンにはホットスポットの火山活動があります.活火山の数はアリューシャン・アラスカに約50,アメリカ北西部に15,メキシコ・中米に約60,アンチル諸島に17です.アラスカからメキシコ・中米に続くロッキー山脈は造山帯で,大陸東半部・北部は安定大陸および古い造山帯です.大陸の中央大平原には流域面積がアメリカの半分近くを占める大河川ミシシッピが流れています.
アメリカの気候は,亜熱帯砂漠・海岸冷涼砂漠,温和な西岸気候,気温年変化の大きい東岸気候,内陸の乾燥地帯など,緯度と海陸による気候分布の典型を示します.ハリケーンは北緯10~20°の大西洋中央部からカリブ海東方で発生し,成長しながらカリブ海を経てメキシコ湾に進み,メキシコ湾の湾曲に沿うように北東に進路を変えアメリカ東岸沿いに進行するので,カリブ海の島々,中米・メキシコ,アメリカ南部・東南部と広い範囲に影響を与えます.ハリケーンは太平洋側でもかなり多く発生するものの,北西方向に陸地から離れて進行するので大きな影響はありません.中米・カリブ海地域は熱帯・亜熱帯の多雨気候です.カリブ海地域および中米には低所得の小国が多いので,経済的・社会的インパクトの大きい災害が発生しています.
気象災害
ハリケーンに分類されるのは最大風速33m/秒以上の非常に強い熱帯低気圧です.大西洋では命名されたハリケーンは年に平均6個ほど発生しています.アメリカにおける死者数が最大のハリケーン災害は,1900年にテキサス州・ガルベストンで生じた高潮による災害で,死者は6000人以上でした.ガルベストンはメキシコ湾内の砂州上の街で,高さ6mの高潮に襲われ大被害をうけました.被害金額で最大は2005年のカトリーナによる災害で,約1000億ドルと世界史上最大でした.ニューオーリンズは,ミシシッピ川と大きな入海とに挟まれ市街地の半分が海面下に展開している高危険地なので,大被害をうけました.カトリーナの陸上での最低中心気圧は920hPaで,1969年カミールの909hPaに次ぐ低さでした.カミールによる死者は259人,被害額は100億ドルでした.
中米諸国に大きな被害を与えたハリケーンには1998年のミッチがあり,死者数はホンジュラスで13,700,ニカラグアで3300などでした.被害金額は30億ドルで,これは両国のGDPの約50%でした.カリブ地域では2004年ジェアンヌによりハイチを中心に死者2800などの被害が生じています.
アメリカでは竜巻(記録されたもの)が,発生の回数および強さにおいて世界で飛びぬけて最大です.年平均発生個数はおよそ1000,強さがF2(considerable damage) 以上の回数は約200です.一方アメリカ以外の地域におけるF2以上の竜巻は年に10程度です.アメリカ中央平原では同時多発することが多く,1974年4月3~4日のスーパーアウトブレイクでは,発生個数148,死者数330でした.竜巻による死者数は1030~40年代には年200人ほどでしたが,探知・警報システムの整備などにより90年代には年60人程度にまで減少しています.発生が多いのは中央大平原ですが,ここには東西に走る山地がないため,メキシコ湾からの暖かい気流とカナダからの冷たい気流がまともにぶつかって強い竜巻が頻繁に発生するとされています.
近年における大きな河川洪水には,1993年6月~8月のミシシッピの洪水があり,支流のミズーリ川流域などを中心に2.5万km2が浸水し,被害額150億ドル,死者数50などの被害が生じました.河道内での洪水波の進行は時速2kmほどであり,洪水が中流部から下流部に達するのに1~2ヶ月もかかります.水位上昇はゆるやかなので人の被害はあまりありません.ミシシッピで最大の洪水は1926年夏から1927年春にかけて起きました.堤防は145箇所で決壊し,7万km2が浸水し,7つの州で246人の死者がでました.メンフィス下流では河幅(浸水域の幅)が100kmにも達しました.
流れの激しいフラッシュ・フラッドはロッキーの東縁地域で多く生じ,大河川の洪水よりも大きな人的被害をだしています.1972年のサウスダコタ・ラピッドシティでは死者242人の,1976年のコロラド・トンプソンリバーでは死者143人のフラッシュ・フラッドが発生しています.
地震災害
規模の大きい地震はアリューシャン海溝で発生しています.1964年アラスカ地震はM9.2の超巨大規模で,主として津波により131人の死者がでました.1957年のアリューシャン地震はM9.1でハワイに死者173,建物全壊443などの大きな津波被害を起こしたので,北東部太平洋の津波警報体制がつくられました.
サンアンドレアス断層は最もよく知られている横ずれ断層です.最大の地震は1906年のサンフランシスコ地震(M7.8)で,サンフランシスコにおいて大規模な火災が発生し800人の死者をだしました.近年では,サンフランシスコが主被害地の1989年ロマプリエタ地震(M7.1),死者62,ロスアンジェルスに被害を与えた1984年ノースリッジ地震(M6.8),死者60,があります.サンアンドレアス断層の中央部では断層が常にずれ続けるクリープ断層の部分があり,ここでは大きな地震は起きません.断層ずれの速度は年35mm程度です.東海岸でも稀に強い地震があり,1986年にサウスカロライナでM7.4の地震が起こり死者60などの被害が生じました
メキシコからパナマに至る中米太平洋岸では,M8クラスの地震が多数発生しています.1600年以降にM8.0以上が10回,M7.0以上が60回で,発生の間隔はかなり規則的です.1985年ミチョアカン地震(M8.1)は震源から390kmも離れたメキシコシティで1万もの死者をだしました.市域の半分は湖の干拓地で軟弱な湖成層からなるので,共振現象により10階建て前後の高さの鉄筋コンクリートビルが集中的に倒壊しました.1976年グアテマラ地震(M7.5)は死者2.3万人で,被害額はGDPの27%でした.熱帯雨林地帯であるものの,木造よりも安価なアドベ造りが多くて大被害になりました.
カリブ海では,1600年以降におけるM7.0以上の地震は6回とわずかです.ドミニカ東部沿岸でやや多く,1946年にはM8.1の地震があり死者数100などの被害が生じました.2010年のハイチ地震(M7.0)は首都のポルトープランス近郊を震源とした浅い直下型地震であったので,死者数およそ30万という大被害をもたらしました.ハイチは中南米で最も貧しい国で,低所得層の居住地区を中心に多数の建物が倒壊しました.火山災害
アラスカ半島の付け根にあるカトマイ火山(2047m)は,1912年に巨大噴火を起こしました.火砕流と降下火山灰の総量は30km3で,史上2番目の規模でした.ファンデフカプレートの沈み込み地域では地震の発生はわずかですが,カスケード山脈北部に14の活火山を活動させています.この一つのセントヘレンズ火山は1980年に噴出物量2km3の噴火を起こしました.溶岩ドームの成長と地震による山体崩壊から始まり,岩屑なだれ・爆風・火砕流・大噴煙柱と降灰・泥流などが相次いで起こりました.爆風(ブラスト)は600km2の山林を破壊し,これによって57人が犠牲になりました.山体崩壊により幅2km,深さは600mの馬蹄形カルデラがつくられ,標高2950mの元の山頂部は1000mも低くなりました.
ワイオミング州のイエローストーンには,64万年前に起こった噴出物量1000km3という超巨大噴火による長径70kmの大カルデラがあります.ここでは130万年前,200万年前と,ほぼ70万年間隔で超巨大噴火が起こっているので,やがてそれが起こるであろうと懸念されています.その場合の被害は破滅的なものとなるでしょう.
20世紀最多の死者2.8万人をだした噴火は,1902年にカリブ海のモンプレー火山(1397m)において起こりました.山頂に成長してきた溶岩ドームの根元から発生した火砕流はきわめて小規模でしたが,山麓海岸のサンピエール市(人口2.8万人)が,運悪く火砕流側面にかかったので全滅し,生存者はわずか2名でした.モンプレーの大災害の前日には,南に200km離れたセントヴィンセント島のスフリエール火山(1234m)が,噴煙柱崩壊型の火砕流を起こし死者1300をだしています.
北アメリカには乾燥・半乾燥地帯が広く,また世界の農業地帯でもあるので,砂漠化と干ばつの危険性は大です.1933~35年のグレートプレーンズ(ロッキー山脈の東の半乾燥地帯)におけるDust Bowl(大砂嵐)の被害と影響は大きく,耕地の表土は失われて農業は崩壊し,350万人が西海岸などに移住を余儀なくされました.大規模な森林火災は雨の少ないロッキー山地域を中心に世界で最も頻繁に起こっています.熱波や寒波による数十人規模の死者の発生はたびたび記録されています.
6. 南アメリカ
ほぼ全域が沈み込みプレート境界にあたる大陸西岸(太平洋岸)および北西部(カリブ海沿岸)には,延長8000km,幅300~600kmという陸上では最も長いアンデス山脈が連なっています.これに縁取られた大陸主部は地殻変動のない広大な安定大陸です.ここをアマゾン・ラプラタ・オリノコの大河川が流れ,この3河川の流域面積は南米大陸の2/3をも占めています.アマゾン川は特に大きくて流域面積は世界でとびぬけて最大です.(図5.7)
気象災害
降雨量は多くて,年平均降水量1350mmは全大陸中最大です.これから蒸発量860mmを差し引いた年平均流出量490mmも最大です.この大量の流量をアマゾンなどの河川が海へ運び出しているのですが,大平原は広大で河床勾配はきわめて緩やかなので,河水はゆっくりと海まで流れ出します.アマゾン流域南部とラプラタ上中流域,オリノコ流域は熱帯サバンナ地帯で,雨季と乾季がはっきりとしています.雨季には河は大きく氾濫し,とくに低平なところには大湿原が出現します.これは年々繰り返される自然状態なので,通常は洪水災害とは受けとめられません.
太平洋西部およびインド洋では,南緯5~30°に強い熱帯低気圧の発生・進行域があるのですが,大西洋および太平洋東部のこの緯度帯には発生が全くみられません.したがって,カリブ海に面する大陸北端のわずかな地域を除き,強い熱帯低気圧の来襲はありません.
南米は都市人口比率が最大で巨大都市が多く,これに伴って危険な土地にも人口集中地区が多数形成されています.このようなところに豪雨が降り,とくにそれが起伏の大きい土地であると,大きな災害になります.ベネズエラで1999年12月に,2日間で900mmという季節はずれの豪雨があり,死者数3万の大災害が生じました.被害の中心は首都カラカスの北50kmの山が迫った海岸の街で,急斜面や谷の出口の扇状地に住宅が密集した地区が,山崩れ・土石流および洪水に襲われて,豪雨災害としては非常に大きな人的被害をだしました.人口の多いブラジル高地南部でも豪雨災害がしばしば発生しています.2001年11月には死者5000の洪水・土砂災害が起きました.
ペルーの太平洋岸は,沖を流れる強い寒流のために年雨量が10mm前後の非常に乾燥した土地です.この寒流が弱まって起こるエルニーニョの年には雨量が100mmを超えることもあり,ときに災害となります.1982年は近年にない強いエルニーニョの年で,死者3000人以上の豪雨災害が生じました.
地震・火山災害
アンデス山地域は沈み込みプレート境界の地震帯および火山帯です.1600年以降には,M8.0以上の地震が40回,M7.5以上が108回起こりました.M8~9クラスの巨大地震はペルー・チリ沖のペルー海溝で発生しています.1960年6月のチリ地震は観測史上最大のM9.5で,チリにおける死者5000人などの被害に加え,最大波高24mの津波により太平洋沿岸諸国にも被害を引き起こしました.チリ海溝沿いに細長く伸びた長さ1000kmの波源域の側面から太平洋沖に強く放出された津波は,大して減衰することなく太平洋全域に伝播し,日本で死者140,ハワイで死者80などの被害をもたらしました.太平洋全域に伝播する大遠地津波の発生源は南米沖が最多です.2010年には1960年の震源域の北でM8.8の巨大地震が,1906年にはさらにその北でM8.6の地震が発生しています.
高峰が連なるアンデスにおける地震では大きな土砂災害も生じます.1970年のペルー地震(M7.7)では,ワスカラン北峰(6560m)の山頂直下の急崖が大規模に崩壊して土砂量約1億m3の巨大岩屑なだれが発生し,平均時速300kmを超える高速で山麓に流れ下りました.岩屑なだれの一部は谷底からの高さが230mある尾根を乗り越え,人口2.5万の街ユンガイを埋没し約1.5万人の死者をだしました.このような大岩屑なだれはこれまでに何度も起きていることが堆積層から認められています.この地域にはアドベ造りが多くて多数の建物が倒壊したので,この地震の全体の死者は7万にも達しました.
アンデスにはおよそ90の活火山があります.その多くは一般山地の主稜線上に噴出し,高いものは標高5000mを超え氷河で覆われています.1985年11月のコロンビアのネバド・デル・ルイス火山(5,399m)の噴火では,火砕流が山頂部のアイスキャップを融かして大規模な泥流が発生し,山頂から80kmにまで達しました.これにより死者・行方不明2.3万人という大きな被害が生じました.被害が最も著しかったのは山頂の東45kmのところにあったアルメロ市で,市街の大半が泥に埋まり,2.1万もの死者を出しました.
7. オセアニア
オーストラリア大陸,ニュージーランド島,ニューギニア島東部および太平洋の小さな島々からなる人口の少ない地域です.陸地の大部分を占めるオーストラリアは全域が安定大陸で,東岸に古い山地があります.大部分が乾燥・半乾燥地帯で,東岸に沿って温帯多雨地帯が,北端に熱帯サバンナ地帯があります.乾燥大陸であるので,主要な自然災害は干ばつおよび森林火災です.1982年の干ばつは被害額が約100億ドルでした.乾燥気候であり人口希薄なので消火は遅れ森林火災は大規模になります.2009年2月から続いたオーストラリア南東部における森林火災は3400km2を焼き,死者200人,家屋焼失1800棟にもなりました.(図5.8)
パプアニューギニアからソロモン諸島,バヌアツ,フィジー,サモア,トンガ,ニュージーランド,南極方面へと大きく屈曲しながら沈み込みプレート境界が連なり,地震とそれによる津波および火山噴火が起こっています.地震活動は非常に活発ですが,小さな島がほとんどで被害はあまり生じていません.最近の地震・津波災害には,2009年のサモア近海におけるM8.0の地震と津波による死者約180,1998年ニューギニア北方のM7.1地震の津波による死者2800の災害があります.ニュージーランドでは1900年以降死者数100以上の地震は1回です.
ハワイ諸島は太平洋の真ん中にあるので津波被害をしばしば被っています.1946年アリューシャン地震(M9.3),1952年カムチャツカ地震(M8.0),1960年チリ地震(M9.5)の津波で,それぞれ死者100人前後の被害が生じました.この遠地津波に対応する太平洋津波警報システムのセンターはハワイに置かれています.ハワイ島のマウナロア火山は海底からの高さが9000mにもなる地球上で最大容積の火山です.この巨大な重量により海底は沈降し,これに伴って巨大海底地すべりが生じています.再び巨大地すべりが起きた場合,太平洋に大津波が起こることが懸念されています.
ハワイ島など太平洋プレートの内部にあるホットスポットの火山のマグマはは玄武岩質で,噴火は比較的穏やかな溶岩溢れ出し型です.一方,太平洋西部の沈み込み境界にある約30の活火山は,爆発的噴火を行うマグマの火山です.1951年のパプアニューギニア・ラミントン火山の噴火では大火砕流が発生し3000の死者をだしました.1994年のパプアニューギニアのラバウル火山噴火は5億ドル,GDPの8%,の被害をもたらしました.パプアニューギニアの火山はこの地域で最も活動的です.
太平洋南西部海域は,北半球の台風に比べ発生はかなり少ないものの,強い熱帯低気圧が発生し来襲する地域です.2003年1月にはソロモン諸島で死者3000を超える暴風雨災害が起こりました.小さな島国がハリケーンに襲われると国全体に大きな影響が生じます.1985年にはバヌアツで被害額3億ドル,GDPの140%の被害が,1991年にはサモアで3.8億ドル,GDPの140%の被害が発生しました.
客員研究員 水谷武司