防災基礎講座:地域特性編-地域の自然・社会環境が災害の基礎要因である-
1. はじめに
自然災害は発生の基本的誘因に基づき,大気中で生ずる諸現象によって引き起こされる気象災害と,地球内部における変動に伴って発生する地震・火山災害とに大きく分けることができます.太陽放射のエネルギーは気圏最下層にある対流圏の大気を運動・循環させ,熱や水蒸気を輸送し配分して,気温・降水量等の違いで特徴づけられるいくつもの気候帯を出現させます.気象災害はこれら気候帯の特性に応じてその種類や強度を異にする地域性を示します.
放射性元素の崩壊熱をエネルギー源としたマントル流動は,固体地球表層部において現在のところ十数枚の岩板(プレート)をつくり,それらを相互運動させています.地震活動および火山活動の大部分は,この運動するプレートの境界域で起こるので,地震帯・火山帯という帯状の発生分布を示します.プレート境界域では地殻変動により地形起伏が大きくなるので,この変動帯における地震や豪雨は土砂や洪水の災害を激しくします.このように,災害を起こす元となる地象・水象・気象現象は,地学的・自然地理的な地域性を示します.
これらの自然事象が人間・社会に作用すると災害となり被害が生じます.したがって,災害は社会的・経済的な地域性を反映した発生様相を示します.一般に,貧しい国では人的被害の多い災害が生じ,経済発展国では被害額が大きくなります.社会の不安定性が大きい地域では災害後の2次的・波及的被害も著しくなります.また,気候条件に支配されるところの大きい住居構造や農耕様式などが,被害の種類や大きさに影響しています.
日本列島は環太平洋の地震帯・火山帯にある地形起伏の大きい島弧であり,寒帯前線帯が季節振動する緯度帯に位置し,さらに台風が来襲する大陸東岸にあるので,ほぼ総ての自然災害が多少の程度の差はあれ日本の全域で起こっています.しかし,世界的にみると上述の自然的・社会的環境の違いにより,災害の種類・規模には地域差が非常に顕著です.
この講座では,世界の自然条件・社会環境の地域性の成り立ち,地域分布の現状,災害との関わりなどを概説し,ついで,世界をアジア・ヨーロッパ・アフリカ・北アメリカ・南アメリカ・オセアニアの6地域に分けて,それぞれの地域条件に支配されて起こっている地震・火山噴火・洪水・暴風雨・竜巻・森林火災・干ばつなどの自然災害の特性および主な災害例を簡単に示します.日本については,北日本・東日本・西日本と地域区分して,自然災害の特性および危険性を概観します.災害の地域特性を知ることは防災の一つの基礎条件です.
ここで示した死者数や被害額などの被害数値は,国連などの国際的な機関やプロジェクトの諸資料によっています.ただし資料によりかなり異なった数値が示されていることは少なくありません.また,政治的・外交的等の配慮により,大災害の被害高を実際よりも小さくした公式発表が国によってはなされています.このような場合,国際機関の調査による推定値も使用しました.一回の災害の影響範囲や期間などがはっきりとはしない災害,とくに干ばつでは,公式記録にある死者数や被災者数などはかなり不確定な性質のデータです.とくに途上国の干ばつ災害ではそうです.洪水被害もまたそのような傾向があります.本講座では,災害の規模を表現する一つの指標として被害数値をラウンドナンバーで示しています.とくに大災害ではおおよその概数で表しています.
- 主要参考文献
- Abbott, Patrick L. (2006): Natural Disasters. 5th ed. 496p. McGraw-Hill
- Bryant, Edward (2005): Natural Hazards. 312p. Cambridge Univ. Press
- Center for Research on the Epidemiology of Disasters (2004): Thirty Years of Natural Disasters 1974-2003: The Numbers. 188p.
- Gunn, Augus M. (2008): Encyclopedia of Disasters. 733p. Green Wood Press
- Hyndman, Donald & Hyndman, David (2007): Natural Hazards and Disasters. 555p. Brooks/Cole
- アジア防災センター(2002):20世紀(1901-2000)自然災害データブック.310p.
- 力武常次監修(1996):近代世界の災害.415p. 国会資料編纂会
客員研究員 水谷武司