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6.1 経済被害2005年のハリケーンによる経済被害の大きさはまだ推測の域を出ないが,米国に発生した自然災害史上最大となることは確実とみられる。スイス再保険社は2005年に発生した世界の自然災害被害額について総額2,250億ドル(約26兆円)という推定値を発表した。カトリーナによる推定被害額はそのうち1,350億ドルと,実に6割を占めている。インド洋の大津波やパキスタンの地震など人的被害の大きな災害が相次いだ2004-2005年であったが,経済的にはカトリーナが最大のインパクトであった。 被害額の推定は,リスク・コンサルティング・ファーム,シンクタンク,政府機関,そして先に挙げた再保険会社など,さまざまな組織が行っており,次々と発表されるのが最近の慣例となっている。それらは概ね直接被害額をシミュレーションで推定し,間接被害額を上乗せするような形で算出していると見られる。近年コンピュータ技術の進展で予測手法の高度化と精度の向上がはかられているといわれている。このような事情から,中にはハリケーンの上陸以前に推定,発表されるものもあるが,被害の実態が判明するにつれ,推定値が修正されてゆくことも多い。カトリーナに関連して公表された主なものを下表に示す。
一般資産被害に比べて,産業施設の被害については私企業であるために情報が表に出にくいことと,人口の回復見通しが立たない上に休業期間の長期化などもあり,被害額の推定が難しいところである。水産業と観光業はニューオーリンズの2大産業であるが,前者については漁礁の荒廃や漁船の被害などで,向こう一年間で約11億ドルという被害見込額がルイジアナ州から発表されている。観光業についてはホテルや商業施設の営業停止による収入減が市や州の財政にも大きく響くと思われる。中小企業庁(SBA)は12月に中小企業の定義の見直しを行い,被災地の企業の復興を支援する施策も試みられ始めた。観光名所であるフレンチ・クォーターでは,被災から約4ヵ月後に名物の路面電車の運行が一部再開された。2006年2月には市の最大の観光事業であるマルディグラが計画されているものの,全米各地に広がった被災者が戻る日がいつになるかは誰にも予測できない。因みに日本でも都市が壊滅的な被害を受け,多数の避難者が出た阪神・淡路大震災では,10年目の2005年国勢調査速報で,漸く神戸市が被災前の人口を上回ったことが伝えられたところである。 メキシコ湾岸は米国の石油生産を支える重要な地域であり,今回のハリケーン災害では原油の世界的な高騰とも重なり,その被害が懸念された。エネルギー省では10月時点で原油生産能力の3分の一,天然ガス生産能力の約2割が依然停止していると発表している。この時点では石油精製能力が年末までに被災前の水準に戻ると予測していたが,12月末現在,まだ完全回復していないところが多いと伝えられている。なお日本も参加した国際エネルギー機関(IEA)によるハリケーン対応の戦略石油備蓄放出プログラムは12月下旬正式に完了した。 被害を大きく直接被害と間接被害とに分けると,前者は被害統計やシミュレーションなどから,ある程度推定されるが,後者は見積もりが非常に難しい。間接被害の定量評価が困難なのは,それを被害と見るか見ないかの基準が明確でないためである。保険のような損失を金銭で補填するものにあっては,休業期間に予め約定した一日の売り上げを乗ずるなどの手法で事業損失額を求める手段もあるが,天災が免責となっている保険もあるため,また全ての被災者が保険に加入しているわけではなく,保険会社の支払保険金総額から全被害額を推定するのは容易ではない。保険金の最終値が確定するのにはまだ時間がかかりそうだが,概ね数百億ドル~1000億ドルに落ち着くと見られる。 2005年の一連のハリケーン災害が今後の米国経済に与える影響に関しては予測が難しいが,これまで政府機関などが発表した各種経済指標についてみる限り,思いのほか顕在化していないように見える。これには米国経済が比較的堅調に推移している背景がある。商務省が12月21日に発表した7~9月期の実質GDP成長率は,年換算で4.1%の高い伸びを示している。しかしながら,これまで好景気だった住宅事業については,ハリケーンの影響に加えエネルギー事情の悪化などがあり,連邦準備銀行(FRB)などは伸びが鈍化していると見ている。被災者が住宅再建に際して利用する米国の連邦系モーゲージ(ファニー・メイやフレディ・マック)も,通常の基準では融資不可能となるケースの増加が懸念されており,長期的な経済へのマイナス影響の可能性は否定できない。 (坪川博彰)
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