. ハリケーンカトリーナ災害調査速報

5.1 輪中堤破堤がもたらした大都市ニューオーリンズ市の水没

 ニューオーリンズ市の中心部では、市域の8割3)、最大浸水深6m以上4)という大規模な浸水被害となった。また、一部地域では、高潮や破堤によって引き起こされた氾濫水の流体力によると思われる家屋の倒壊、流動等の被害が生じた。ここでは、3地区の浸水被害について報告する。
ニューオーリンズ都市圏の高潮氾濫被害
図5.1.1 ニューオーリンズ都市圏の高潮氾濫被害
(浸水状況2005/9/2,SPOT画像)5)

図5.1.1
Navy Blue:Water Bodies or Flooding Zones
White:Urban Areas
Red:Forests
左図:氾濫3日後の衛星画像である。都市圏の多くの部分が氾濫している様子がわかる。
右図:氾濫以前の衛星画像である。ミシシッピ川とポンチャートレイン湖の間を中心に都市域が形成されていることがわかる。これがニューオーリンズ都市圏(人口120万人)である。
ニューオーリンズ都市圏の浸水と破堤状況図
図5.1.2ニューオーリンズ都市圏の浸水と破堤状況図11)

1)破堤がもたらした大規模な浸水(ニューオーリンズ市)

 ニューオーリンズ市の北部の住宅地は、最大浸水深6m以上を記録した地域である。この地域は、1920年代から開発が始まり、1950年以降に急速に発達した地域で比較的高級な住宅が多い6)。地形的には、市内を南北に伸びる旧河道沿いの微高地とポンチャートレイン湖の湖丘に挟まれた平地であり、そのほとんどがゼロメートル地帯である。また、同地域には、南北に伸びる多数の運河堤防があり、堤防、湖丘、微高地に囲まれた地域となっている。
 この地域では、3箇所の運河堤防が破堤した1)。氾濫地域の西端にあたる17th Street Canalで1箇所、中央やや東のLondon Avenue Canalで2箇所の計3箇所である。運河には防潮水門はなく、高潮が運河を遡上し破堤に至ったものと考えられる。氾濫水の多くは、この破堤箇所から流入したとみられる。
 湖岸堤防からの越流の痕跡もみられたが、その量は破堤箇所からの流入量に比べて多くないとみられることから、この地域にこれほどの浸水をもたらした主たる原因は、この運河堤防の破堤にあり、ゼロメートル地帯の破堤がもたらす被害の大きさを改めて示した結果となった。
17th Street Canalの破堤地点付近の浸水
左写真5.1.3a 17th Street Canalの破堤地点付近の浸水7)
右写真5.1.3b ニューオリンズ市の大規模な浸水3)
写真5.1.3a及び5.1.3b
氾濫後の市内の衛星画像と航空写真である。この地域一帯が全て浸水している様子がわかる。この地域は、破堤地点付近のごく一部を除いて、浸水による被害である。家屋の倒壊等はほとんどない。
17th Streer Canalの破堤
左写真5.1.4a 17th Streer Canalの破堤7)
右写真5.1.4b 17th Street Canalの破堤状況(調査時)
写真5.1.4a及び5.1.4b
17th Street Canalの破堤直後の航空写真と破堤箇所の補修の状況である。数十メートルの破堤が生じ、大量の氾濫水が流入した様子がわかる。
17th Street Canalの胸壁断面(破堤箇所)
左写真5.1.5a 17th Street Canalの胸壁断面(破堤箇所)8)
右写真5.1.5b 17th Street Canal右岸の住宅(2階)
写真5.1.5a
堤防の高さは、堤体4m程度、胸板2.5m程度、であった。
写真5.1.5b
この住宅は、破堤地点より数km南にあり、2F床レベルまでの浸水が確認できた。
London Avenue Canalの胸壁断面(破堤箇所)
左写真5.1.6a London Avenue Canalの胸壁断面(破堤箇所)
右写真5.1.6b London Avenue Canalの破堤箇所付近の状況
写真5.1.6a及び5.1.6bの解説
London Avenue Canalの破堤地点周辺では、大量の砂が確認できた。この地点は、堤防から50m程度離れているが、少なくとも30cm以上の堆積がみられた。(調査時)

2)治水施設の計画の差異(オーリンズ郡とジェファソン郡)

 高潮、津波などの海からの外力に対する治水施設の計画を大別すると2つになる。一つは、河川や運河に十分な強度を持った堤防を築造する防潮堤方式であり、もう一つは、河口部などに水門を設け、高潮や津波の遡上を防止する防潮水門方式である。
 ニューオーリンズ都市圏において、堤防が破堤し壊滅的なダメージを負ったオーリンズ郡では防潮堤方式を、軽微な被害に留まったジェファーソン郡においては防潮水門方式を採用していた。
ジェファーソン郡の防潮水門
左写真5.1.7a ジェファーソン郡の防潮水門
右写真5.1.7b ジェファーソン郡の運河の河口部7)
写真5.1.7a及び写真5.1.7b
ジェファーソン郡にもオーリンズ郡と同様に多数の運河がある。しかし、この地域では、河口に防潮水門があり、内水排水のためのポンプが設置されていた。
17th Street Canalの破堤箇所と河口部
写真5.1.8 17th Street Canalの破堤箇所と河口部7)
写真5.1.8
オーリンズ郡では、多くの運河で防潮堤方式を採用していた。今回、3箇所(Industrial Canalを含めると5箇所)が破堤し大規模な浸水被害となった。

3)高潮や破堤氾濫水による住宅の被害(Lower Ninth Ward)

 Inner Harbor Navigarion Canalの破堤により浸水した Lower Ninth Wardでは、住宅の倒壊や流動を伴う大規模な被災がみられた。住宅の屋根の変形状態から判断して、少なくとも平屋の屋根レベルを上回る水位があったものと推測される。ルイジアナ州立大学(LSU)9)などの各機関が解析している高潮レベルもこの地区では非常に大きく、これら壊滅的被害を生じさせるに十分なレベルの外力があったものと判断できる。
 また、この地区の住宅は、ブロックで嵩上げされた簡素な建物が多い。基礎があるものでもその定着は極めて簡単なものであった。また、Regional Planning Commissionが公表している住宅の資産価値マップ(自己申告)10)でもこの地域は低価格であり、このことからも簡素な住宅の多い地域であることが推測できる。これらの住宅は、水圧からくる水平力に極めて弱い。これら構造の簡易さも被害の拡大につながった大きな要因であろう考える。
Inner Harbor Navigation Canal の破堤
左写真5.1.9a Inner Harbor Navigation Canal の破堤3)
右写真5.1.9b Lower Ninth Wardの被災7)
写真5.1.9a及び写真5.1.9b
Inner Harbor Navigation Canal の破堤箇所の写真。隣接する住宅地(Lower Ninth Ward)、とくに破堤地点周辺の広範囲において、住宅の倒壊や流動がみられる。
住宅地のあった地区
左写真5.1.10a 住宅地のあった地区
右写真5.1.10b ブロックで嵩上げされていた住宅跡
写真5.1.10a
破堤地点では、住宅がほとんどなくなっていた。(調査時点)
写真5.1.10b
浸水対策のために、ブロックで嵩上げされた住宅が多くみられた。
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