. ハリケーンカトリーナ災害調査速報

3.ニューオーリンズ周辺の土地環境と災害

3.1 土地環境

 ハリケーンカトリーナの被災地は、広大なミシシッピ三角州およびその東方の狭い海岸低地に展開する。この地域は、河道変遷を繰り返したミシシッピ川が氾濫し、運んできた土砂を堆積し形成した土地で、川沿いには自然堤防(微高地)が発達しているが、図3.1.1に示すように、その背後に広大なSwamp(樹木がある湿地)やmarsh(草だけの湿地)と呼ばれる湿地帯や埋め残された水面が広がっている低湿な地域である。

 このデルタの東北端近くに位置するニューオーリンズの街は18世紀初頭にミシシッピ河畔の自然堤防上に建設された。ここは現在ダウンタウンの中心になっている。20世紀にはいってポンプ排水技術の進歩により,ミシシッピ川とポンチャートレイン湖畔の低い砂州との間の凹状低地に市街域が拡大してきた。自然堤防は細長くて幅は広くないので,市域の拡大が側方の低地内に向かうのは自然の成り行きだった。このかつての沼沢地は有機質土や泥炭で構成されているので,排水が進むと地層圧密が生じて地表面が沈下する。その量は最大で1m近くに達している。現在の地盤高は最も低いところでマイナス3m程度であり,市域の70%が海面下にある。ここでは、市街地は堤防と排水ポンプによって、水没から守られている。

ミシシッピ三角州の地形
図3.1.1 ミシシッピ三角州の地形
図3.1.1
典型的な bird foot delta であり、河道沿いに比高10ftを越える自然堤防を延々と連ね、その間には広大な低湿地が広がっている。ポンチャートレイン湖は bird foot の分枝が浅海を閉ざしてつくった非常に浅い潟湖である。
規模の大きい自然堤防が発達することが他の一般的三角州と異なる特徴で、これが特有な居住環境をつくりだしている。
N:ニューオーリンズ

3.2 災害リスクそして高潮

 ニューオーリンズのこのような土地環境下において,最も明らかな危険は凹状低地における浸水災害であり,それを引き起こす原因には内水氾濫,高潮およびミシシッピの河川洪水がある。常時ポンプ排水が必要な海面下の凹状低地内市街では,排水能力を超える強度の降雨があるたびに内水の湛水が生じている。ミシシッピ川では高い連続堤が建造されていること,かつてミシシッピの分流路でもあったアチャファラヤ川およびポンチャートレイン湖への放水路が作られていて,ニューオーリンズ付近における計画高水流量が中流域の半分程度になっていること,大出水があれば中流域で氾濫してしまうことなどにより,ミシシッピ川洪水の危険はさほど大きくはないと考えられる。ただし,高水位は長時間続くことと堤内地の地盤高が低いことのために,堤防基盤を通じての浸透水湧出の進行により,堤防決壊が引き起こされる可能性がある。
 最も大きな危険はハリケーンによる高潮である。1965年のハリケーンBetsyは3mの高さの高潮を引き起こし,市域の半分を水没させた。ポンチャートレイン湖は外海からほぼ完全に閉ざされており,また,ハリケーンの進行してくる方向とはほぼ逆方向の北側に位置しているので,強風による湖水の吹き寄せの量は大きくはならない。吹き寄せによる水位上昇量は平均風速の2乗に比例するが,カトリーナによる高潮が3.5m程度であることなどから,その比例係数は0.15程度と推算される。これは日本の高潮危険海湾である伊勢湾,大阪湾などと同程度の大きさである。

 これに対し市の東方のボーン湖は外海に開いているので,水深が小さいことと相まって,吹き寄せによる海面上昇は大きくなる。その比例係数はカトリーナによる高潮が6~8mであることから,0.25~0.3になると計算され,ポンチャートレイン湖よりも2倍程度大きな高潮が発生する。海岸は東方20kmにあるので市街がこの高潮の直撃を受けることはないが,人工の水路が通じているのでこれを伝わって市街域にまで高潮が遡上してくる。この高潮が市街地に氾濫する場合,海岸に直接面する場合とは違って広域にわたり一気に流入してくることはない。その浸水域限界は一般に標高0mの等高線近くになるので,浸水の高危険域はほぼ明確に線引きできる。

 高潮は世界的にみて最大の人的被害をもたらしている風水害である。1900年にテキサス州ガルベストン(メキシコ湾岸の砂州上の街)を襲ったハリケーンによる高潮は約1万人の死者を出した。バングラデシュでは1970年に死者およそ50万人のサイクロン高潮災害が発生している。日本においても最大の風水害は1959年の伊勢湾台風による高潮で,死者数は5100人であった。高潮はこのように大きな被害をもたらすが,その危険域は海岸に面する低地であることは明らかであり,また,その潮位は台風の勢力から容易に予測することができるので,土地環境の認識と避難対応により人的被害を大きく軽減することが可能な災害ともいえる。
ニューオーリンズ地域の地盤高分布
図3.2.1 ニューオーリンズ地域の地盤高分布
図中の数字は標高(ft)、ピンク域はマイナス標高、赤鎖線は低い自然
堤防×印は破堤個所、Fはフレンチクォーター、大きい矢印はボーン湖
からの高潮の流入を示す。
図3.2.1
破堤の多くは堤内地地盤高がより低いところで生じており、堤体基盤を通した漏水が破堤の一要因になっていることを示している。Inner Harbor Navigation Canal 西岸の破堤個所は明らかな水衝部である。図中央部(中心市街域)では、浸水域の限界は5ft等高線にほぼ一致した。 17th Street Canal の西方では、湖岸域が湖水の越流により水深2ft程度に浸水した。
右上方の海面下の土地(東ニューオーリンズ)は、1965年のハリケーンBetsy襲来時にはまだ開発利用されていなかった。低地内にはridgeと呼ばれている低い自然堤防が分布する。これをかさ上げしていわば輪中堤をつくり、canalの堤防と組み合わせて浸水域をブロック化することができるであろう。
(水谷武司)

3.3 高まる土地環境の脆弱性

 以上述べたように、高潮災害に対して脆弱な土地条件をもつミシシッピ川最下流部のデルタであるが、訪問した地元大学の災害研究者は、近年、その脆弱性が次第に増大していることを指摘した。すなわち、近年、デルタの侵食が進み、高潮の緩衝地帯となっているスワンプやマーシュが無くなりつつあることで、ニューオーリンズ周辺でより大きなハザードが発生する可能性が高まっていることである。なお、今回のハリケーンカトリーナは、平均的な年侵食量の倍(2年分)の海岸を侵食した。これらの要因として、地盤沈下や海面上昇が考えられている。前者の地盤沈下の要因としては、排水、有機質土の酸化、地下水汲み上げによる地下水層の圧縮、地殻運動があげられている。これに加え、ミシシッピ川上流部でのダム建設等による下流部への土砂供給量の減少、治水施設の整備にともなうニューオーリンズ周辺の土砂堆積の減少、波浪による侵食、塩水の浸入などがある。
 また、水管理の主体が複数にわたり、組織間の調整が必ずしも上手くいっていないなど、脆弱性を高める人的要因についての指摘もあった。ミシシッピ川の治水施設建設は陸軍工兵隊が行うが、その管理はLevee Boardが担当している。また、外水の管理は前述のように、陸軍工兵隊が行い、市街地の内水管理はSewerage and Water Board が担当する。例えば、ポンチャートレイン湖の海岸堤防は陸軍工兵隊が行うが、内水排水路(Canal)のポンチャートレイン湖出口水門建設は、両者の協議が必要となる。今回破堤した17th Street Canal や London Av. Canal の湖出口の水門も、工兵隊は建設を主張したが、Sewage and Water Board の反対により建設されなかった経緯があるようである。
 また、ニューオーリンズの Sewage and Water Board の歴史は古く、更新時期がきている排水ポンプも多いとのことであった。
(佐藤照子)
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