防災基礎講座
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19. ハザードマップが活かされなかった噴火泥流災害
-コロンビア・ネバドデルルイス火山の1985年噴火-

1985年のルイス火山噴火と泥流
  1985年11月13日,南米コロンビアのネバド・デル・ルイス火山(標高5,399m)が,噴煙を高さ10数kmにまで噴き上げるかなり大きな噴火を起こしました.火山灰や軽石を多く含むこの噴煙柱の部分的な崩壊によって生じた小規模な火砕流は,山頂部を覆う氷河(アイスキャップ)を融かして,大規模な泥流を発生させました.泥流は中腹のV字状放射谷内を流れ下って,東面および西面の山麓の谷底低地に氾濫しました.その到達距離の最大は山頂から80kmでした.これにより死者・行方不明2.3万人,損壊家屋4,500戸という大きな被害が生じました.死者数でみるとこれは世界の火山災害史上4番目という大災害です.被害が最も著しかったのは山頂の東45kmのところにあった人口2.9万人のアルメロ市で,市街の大半が泥原と化し,ここだけで2.1万人もの死者を出しました.

  コロンビアはアンデス山系の北端に位置し,南北に連なる標高3,000~4,000mの変成岩・花崗岩の山地の上には,比高1,000~2,000mの十数個の火山が載っています.歴史時代に噴火している火山は7あり,ルイス火山はその一つで,しばしば噴火を起こしています.近年では1845年に今回と同じ程度の噴火を行い,泥流による被害が生じました.ここは赤道に近い北緯5°ですが,雪線は標高4,800m付近にあり,それよりも高いところはほぼ氷に覆われています.ルイス火山はなだらかなドーム状なので,氷はアイスキャップというかたちで山頂部の17平方kmを覆っています.アイスキャップの下方からは山体を刻む放射谷が発達を始め,標高1,000~4,000mの中腹域に大きく屈曲するV字状の谷を刻んでいます.火山体は山地の上部だけなので,山麓には火山にみられる広い平滑な緩斜面の発達はなく,丘陵状地形内を少数の谷が比較的狭い谷底低地をつくって流れています.山脈は南北に連なっているので,山頂部から発する放射谷はすべて東方および西方に向きを変えて流れています(図19.1 ネバドデルルイス火山と周辺域の地形).

  活動が最も活発な火口(直径約600m)が山頂部の北端近くにあり,ここで発生した火砕流は火口から2.5kmほどの範囲に堆積しました.これはちょうどアイスキャップの範囲にあたります(図19.2 1985年噴火による火砕流と融氷による泥流).温度が900℃を超える高温の火砕流は氷の表面を急速に融かしました.融けた氷の量はアイスキャップ全体の8%程度(2千万立方m)と推定されています.この一気に出現した大量の融氷水は主として北側の谷に流れ込み,降下・堆積した火山灰やモレーンなどを取り込んで大規模な泥流に成長しました.噴火に伴って生じた雷雨性の強雨がこれに加わりました.また,アルメロのあった谷底低地を流れるラグニジャ川の上流では,金採掘の鉱屑などが80mほどの高さのダムをつくっており,この決壊が泥流の規模を大きくしたと言われています.泥流の通過した痕跡は谷底から15~20mほどの高さまで残っており,その流速は秒速10~15m程度であったと推定されます.

壊滅したアルメロの街
  泥流によりほぼ埋められたアルメロの街は,ラグニジャ川が幅2.5kmほどの谷底低地に流れ出す出口に形成された扇状地上に位置していました(図19.3 アルメロの地形と泥流流下域).勾配は1/50~1/100と緩やかで,土石流の領域(勾配1/30程度まで)からは外れています.泥流の主流は南方向に流路を変えるラグニジャ川から離れてほぼ直進し,市街を直撃しました.市街地北東部はかろうじて流失を免れたものの,建物はすべて土砂で埋まりました.市全体の家屋4,920戸中の4,180戸が破壊されました.泥の堆積の厚さは平均して2~3mで,いまだ多くの人々が埋まったままになっています.ラグニジャ川支流のアスフラド川の源頭部では融氷水量が多く,火砕流の一部は谷に流入し,また,火山灰降下量も多かったので,大きな泥流を流下させました.流路は大きく屈曲し長いので,この谷の泥流はやや遅れてアルメロへ到達しました.泥流に流された人の話によると,これはより高温(40℃程度)だったようです.谷出口での最大流量は毎秒約3万立方mと推定されています.

  ルイス火山の噴火活動は1年前から始まり,群発地震,水蒸気爆発,噴石・降灰,泥流などの発生が続いていました.このため国内外の関係機関が協力してハザードマップ(火山災害危険区域図)の作成にあたり,10月7日に第1案をつくりあげ,地元機関に配布し説明を行いました(図19.4 ネバドデルルイス火山のハザードマップ).この図にはアルメロが泥流の危険域にあることが明示されていました.しかし地元はこれを受け入れる態勢にはなかったようで,大被害を防ぐことにはつながりませんでした.10月になって噴火活動が急に静かになったことも危険意識の低下に関係したようです. 

  ハザードマップとは,ハザード(災害の危険)の情報をマップに示すもので,ある外力規模を設定した場合の予想危険域のゾーニングがその主内容です.火山噴火では,危険発生地点を火口という特定の場所に設定できるので,火山の地形や噴火の履歴などに基づいて災害危険域図を作成できます.これはまず,過去の噴火の履歴,火山の発達ステージ・噴火サイクル,マグマの性質・挙動などに基づき,予想される噴火の様式・規模・地点などを設定し,ついで,このような噴火が生じた場合に起こる火砕流・泥流・溶岩流・岩屑流・噴石・降灰などの危険域・影響域を,これら現象の運動機構や火山体の地形に基づいてゾーニングし図示するものです.

火山泥流の危険域
  危険域ゾーニングの精度は災害現象によりかなり異なります.最も大きな人的被害をもたらしている火砕流の場合,噴火規模が大きいと,地形に制約されることなく火山周辺域の全面にわたって広く危険が及びます.通常,最近の噴火による火砕流到達域などに基づいて,火口からある一定の半径の円内を危険域として表示しています.最近の火砕流堆積域がほぼ10km範囲であることなどから,ルイス火山のハザードマップでは半径20kmの円内を中程度の危険域としていました.これに対し泥流は,その運動がほぼ完全に地形によって支配されるので,火山体および山麓の谷地形に基づいて,危険域を精度よくゾーニングすることができます.ルイス火山では,過去の泥流堆積域を参考にしながら主として地形に基づき,予想される最大限度の範囲を泥流危険域として表示しました.この危険域は,源頭部に融氷水の流入がなかったレシオ川を除き,実際に生じた泥流域とほぼ一致しました.ルイス火山の山頂域を水源とし東方および西方の山麓を流れる川は少数であり,しかも狭い谷底低地内を通ってマグダレナ河などの本流に流入しているので,危険な川および危険域が明瞭に限定されて線引きしやすいという事情もあります.

  火山泥流は細粒の火山灰を多量に含んで流動性に富み,遠方にまで到達します.従って危険域は遠く山麓域に及びます(19.5 1991年ピナツボ火山噴火による火砕流と泥流の流下範囲).しかし火砕流のように広く全面に及ぶものではなく,狭い谷底内を流れ,開けた低地内に扇状に氾濫し,ある勾配のところで停止します.ルイス火山の泥流は,北東に向かうグアリ川の狭い谷底低地内を山頂から80km離れた地点(標高差5,200m)まで流下しました.これを富士山の場合にあてはめると,桂川・相模川に沿ったところでは神奈川県・相模原付近になります.アルメロの場合,山頂からの直線距離は45kmで標高差は5,000mあり,山頂を見上げる仰角は6.3°です.富士山においてこれに相当する地点は,30km離れた大月,三島,富士川河口などです.

避難を妨げた要因
  11月13日の噴火は午後3時すぎに始まり,アルメロへの降灰は5時ごろから一段と激しくなりました.噴火の鳴動もとどろきました.しかし市当局は「住民をいたずらにパニックに陥れる」として避難の指示を最後まで出しませんでした.ラジオは専門家の話として危険はないと報道し,また,教会の神父が住民に家にとどまるよう説きました.7時すぎから強い雷雨になり,雷鳴が噴火の鳴動をかき消しました.赤十字は7時半に避難の呼びかけをしたとされていますが,住民の反応はわずかだったようです. 8時半ごろから噴火が強まり,9時10分と30分に大噴火があり,山頂域で融氷とそれによる泥流が発生しました.泥流のアルメロへの到達は約2時間後の11時半ごろのことでした.その平均時速は25~30kmとなります.避難指示の責任者である市長は中央広場で無線交信中に泥流に呑み込まれました.この日はお祭りで,近隣の町村から大勢の人々が訪れていて宿泊者も多く,当時市内に居た人は4万人近くあったと推定され(常住人口2.9万人),犠牲者の数を多くしました.

  危険域と示されていたにもかかわらず事前避難がほとんど行われなかった理由には,火山噴火という現象についての理解を欠いていたという基本的な要因のほかに,その当時のいくつかの状況が挙げられます.まず,1カ月前から噴火活動が静穏化していたことが警戒心を低下させました.大噴火は夜9時すぎ,泥流の到達は11時すぎのことであり,また激しい雷雨が降っていて,状況の把握・情報の伝達・避難行動の実行が妨げられました.お祭りの日でもあり,市の責任者は避難指示による人々の動揺・混乱を恐れたと推測されます.カトリック信仰の篤い農村地域であって神父の発言は住民に大きな影響を与えました.少数の大地主が支配する封建的な社会であり,市長など地域のリーダーや教会に住民が従属するという風土が,悪い方向に作用しました.

  火山の噴火があれば大なり小なり火山泥流が起こります.噴火に直接伴って発生することもあり,また噴火後の強い雨で起こることはしばしばです.日本における噴火時泥流の事例としては,1926年の十勝岳泥流があります(図19.6 十勝岳の1926年泥流).積雪期間の長い北日本の火山では噴火時泥流の危険が大です.2次的な泥流は噴火後の数年にもわたって発生する恐れがあります(写真19.1 有珠山北面・洞爺湖温泉街における泥流).火山泥流は遠くまで到達し,頻繁に起こり,噴火後もしばらくは危険が続き,大きな人的被害を引き起こす原因になっているので,火山の地形をよくみて危険を回避する必要があります.

主要参考文献
荒牧重雄ほか(1995):空からみる世界の火山.丸善.
金子史朗(2000):火山大災害.古今書院.
気象庁(2003):平成12年(2000年)有珠山噴火調査報告.気象庁技術報告第124号.
文部省災害科学研究班(1986):南米コロンビア国ネバド・デル・ルイス火山の1985年噴火と災害に関する調査研究.
多田文男・津屋弘達(1927):十勝岳の爆発.東京大学地震研究所彙報2.
田中康裕(1986):ネバド・デル・ルイス火山の噴火と泥流.気象30-6. 

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