2011年3月11日東北地方太平洋沖地震 特設サイト
東日本太平洋岸における津波災害
-津波の警報,襲来の認知および避難対応
地震の初動からほとんど間をおかずに津波は発生して四方に伝わります.その速度は水深4千メートルの外海で秒速200m(時速720km)という超高速です.しかし,地震の主要動(S波)の秒速3,000mよりはかなり遅いし,また,陸地近くの浅いところでは毎秒10m以下にも速度は低下するので,海岸に到達するのは震動が感じられてから数分以上後になります.本州南岸沖の南海トラフは陸地に近いので,ここで起こる津波の押し波第一波は5分ぐらいで海岸に到達します.三陸沖の日本海溝付近で生ずる津波では,30分程度の間隔があります.この貴重な余裕時間を最大限に活かして,危険な海岸低地から高所への迅速・的確な避難が何よりも求められます.
しかし,マグニチュードは小さくて陸地での震動は弱いが高い津波を起こす,という津波地震あるいはゆっくり地震と呼ばれる地震がしばしば起こっています.明治三陸地震津波はそうでした.今回(2011年)もある程度その傾向を示す地震です.数千km以上も遠くから来るので震動は全く感じられないという遠地津波もあります.このように強い震動という先行情報がない場合には,津波の発生・襲来に伴う異常現象や海岸に迫る大波をいち早く認めて,緊急退避を行なう必要があります. 津波が引き波から始まる場合には,海水が異常に退いて普段の干潮時には決して現われない海底が露出します.このとき,幸いとばかりに貝や魚を採りにいくようなことをしてはなりません.すぐに大きな押し波がやってきます.第一波が引き波になるのは一般に,海底下の地震断層により陸地側の海底が沈降する場合で,沈みこみプレート境界における低角の逆断層でこれが起こります.しかし,いつも引き波から始まるわけではありません.同じ津波でも海岸によっては,第一波が引きであったり押しであったりすることがあります.前回の津波の経験から,この海では津波は引き波から始まるのだ,といった先入観を持っていると非常に危険です.
浅い海岸にやってくると波は砕けて白く泡立ちます.砕けるともはや上下に振動する波動ではなくなり前進する海水の流れになります.この流れは後から押し込まれるような状態になるため,前面が切り立った白い連続する壁となり海岸に迫ってきます.近づくと異常な音や振動が感じられるようです.これを認めたら全力で最も近い高地や高い建物に駆け上がらねばなりません.
津波の情報・警報は,地震が起こるとすぐに気象庁から発表されます.地震があれば,規模や震源の位置に関係なく必ず津波の情報が出されることはテレビなどでお馴染みですが,これはそれだけ津波警報の緊急必要度が大きいということを意味しています.
津波が起こる可能性とその規模の予測は,種々の条件を与えた津波数値計算をあらかじめ行なっておき,観測した地震の最大振幅・震源位置・深さなどと照合して類似の津波計算例を検出する,という方法に基づき迅速に行われています.こうして予想される津波の高さが3m程度以上の場合には大津波警報が,最大で2m程度が予想される場合には津波警報が,0.5m程度までの場合には津波注意報が出されます.発表は地震の発生から約3分を目標にしています.続いて,あらかじめ設定されている津波予報区ごとの,津波到達予想時刻や予想される津波の高さが発表されます.大津波警報では,津波の高さが3m,4m,6m,8m,10m以上,という5区分になっています.津波が予想されないときには津波の心配なしの旨が発表されます.
今回(2011年)の津波では,地震発生の3分後の14時49分に大津波警報が出されました.岩手県の海岸に対しては,14時50分に3mの津波が予想されるとの発表があり,15時14分に6mに切り替えられ,15時31分には10m以上と変更されました.実際に津波が到達したのは15時15分~20分ごろからで,高さは10~15mほどでした.
津波の警報・注意報はテレビ・ラジオなどの一般メディア,および市町村の防災無線・同報無線などで伝達されます.風の強い海岸などでは,同報無線の屋外スピーカーの音は伝わりにくいのですが,携帯電話の普及はこれを克服し,個々人への効果的な伝達手段になりました.緊急地震速報は,それが強い震動には間に合わなかった場合でも,津波への注意の喚起には役立つでしょう.問題はこれらの情報を受けて人々がどう反応し行動するかということです.
一刻を争って少しでも高いところへ急ぐというのが基本であり,高さは20m以上はほしいでしょう.前回の津波の高さは3mであった,あるいは警報が3mの津波を予想しているから,それよりも高いところにいれば安全だといった判断は危険です.津波は高さが30~40mにもなり得る現象で,大きな安全率を見込まねばなりません.5mの高さの海岸堤防があるから3mの津波はそれで防げるといった思いこみもまた危険です.とにかくできるかぎり高い所へ,もう一段高いところへと急ぐことです.
危険は分かっていても,まっすぐ高所へ向かう避難行動がとれない場合があります.緊急異常時にはまず家族の安否が気懸かりになるのは全世界で共通です.家族が離ればなれになっていると,まず一緒になろう,無事かどうか確かめに行こう,連れ戻そうといった行動が先にたちます.家族の誰かが海岸近くにいることが分かっている場合には特にそうです.あらかじめよく話し合っておいて,めいめいが独自に最も手近な高所を目指しているのだ,と確信できるようにしておくことが必要な前提です.
高齢者・病人の避難・移送に手間取っているうちに逃げ遅れるというのは多いケースです.高齢者収容施設,病院,幼稚園,小学校などは高台に立地するのが望まれます.避難場所はもちろん十分な安全を見込んだ高所に指定しなければなりません.指定避難所には,単なる収容施設であって安全な場所が選定されているわけではないものがかなりの数あります.
家の中へ戻って貴重品などを取り出し,間際になって自動車で避難するという対応行動をとる人は多いでしょう.しかし,高所へ通じる道路には車が集中して渋滞し,津波に追いつかれてしまいます.道路が通じていることの多い緩やかな傾斜の先細まりの谷間では,津波の駆け上がり高が大きくなる可能性があります.車を捨てて近くの高い建物などに逃れるというとっさの決断が要求されます.
最大波は第一波であることが多いのですが,第二波以降であることもまたあります.周期が1時間といった非常に長いこともあります.第一波の海水が退いた後,かなりの時間がたっても次の波が来ないからもう大丈夫だと思って家に戻る,ということはしてはなりません.
過去の津波の教訓を語り伝え,津波という現象の性質とその土地の危険性をよく認識し,状況に応じた緊急時行動を覚え込み話し合っておくことが必要です.
(2011.4.30 水谷武司)
写真:震災直後の避難の様子(撮影:防災科学技術研究所 自然災害情報室,撮影日:2011/3/11 15:18)