防災基礎講座
1.はじめに
2.災害誘因
3.河川洪水
4.内水氾濫
5.高潮
6.斜面崩壊
7.土石流・岩屑なだれ
8.地盤強震動
9.地盤液状化
10.津波
11.地震火災
12.火山噴火
13.火砕流・火山泥流
14.被害想定
セパレータ
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3. 河川洪水

 大雨の流出水により河川の流量・水位が増し,自然の河岸あるいは人工の堤防から溢れ出すと河川洪水が始まります.洪水の規模はほぼ最大流量によって決まります.最大流量のおおよその大きさは,降雨強度,流域面積および流出率を掛け合わせた値で与えられます.流出率は,河道のある地点における流量とその地点よりも上流域(集水域)に降った雨の量との比率です.森林が伐採されたり農耕地・緑地が市街地化されたりすると,雨水の浸透や一時貯留の能力が低下して流出率が増大し,また雨水が地表を流下する速度が増すので,同じ雨が降っても洪水流量は増大します.地表起伏の大きい山地では流出率および流出速度が大きな値を示します.したがって,上流山地内での森林伐採や地形改変が進み,あるいは下流平野内で市街地化が進展した河川の流域は,洪水危険度が増大したと判定されます.

 堤防の高さなど治水施設の規模は,ある再現期間の大雨が降った場合の洪水を溢れさせないように計画されています.再現期間は河川の重要度によって異なり,大河川では150~200年,中河川では100年程度です.この計画規模は河川単位でみた危険度の情報になるでしょう.

 水は低きにつくという自然の理に従い,洪水は勾配のより大きい方向に流れ,凹状地に滞留します.したがって,平野の地形が洪水の危険性を決める基本条件になります(地形の簡単な調べ方).

破堤危険箇所
氾濫の様式には,越流と破堤とがあります.日本の平野にはほぼ連続した堤防が建造されており,大きな河川洪水は破堤の発生から始まります.したがって破堤の起こりやすい場所を知ることがまず重要です.

  破堤の原因には,越流,洗掘(洪水流の侵食),崩壊,漏水があります(表3.1 破堤原因).堤防を越えて水が溢れ出すと,堤防の上面(天端)や側面(のり面)がその流れにより侵食されます.また,堤防全体に水が浸透して弱体化します.越流およびそれに伴う高水位の継続は破堤の最大原因です.洪水流が堤防に突き当たるとのり面や基礎が洗掘されます.水の浸透による堤防内の地下水位上昇は通常の斜面崩壊と同じようなのり面崩壊を起こします.河川水が漏れ出すと土砂が洗い出されて堤防が弱体化します.これらが起こりやすい河道地形や施設の条件には,屈曲部,合流地点,狭窄部(河幅の狭いところ),旧河川の締切箇所,橋・堰の上流,水門設置箇所などが挙げられます(図3.1 破堤危険箇所).これらの河道形状は地形図により容易に分かります.

  河道の屈曲部では外カーブ側に洪水流が突き当たり,その洗掘作用によって堤防のり面が削られます.また,遠心力により洪水流が振られて外カーブ側での水位が高くなり,越流の危険が増します(写真3.1 河道屈曲部での破堤).屈曲部をショートカットして直線状にする捷水路工事は代表的な河川改修工事です.

 大きな支流との合流地点の付近では,流量の急増により本流および支流の水位が高まりやすくなります.本流の出水が大規模な場合には支流への逆流が生じて,一般に弱い支流堤防を破壊して氾濫を起こします.支流からの洪水の流入が本流の流れを乱し,その洗掘作用によって堤防が削られることもあります.狭さく部では洪水流の疎通が妨げられて上流側の水位が高くなります.自然地形では盆地の下流端など,人工河道では台地・丘陵の開削部でこのような場所がよくみられます(図3.2 河道の狭さく部).

  橋脚は洪水流に対する大きな抵抗となって上流水位を高めます.流木などが引っ掛かれば堰上げは非常に大きくなります.橋が流されると堰上げられていた水が一気に流下して下流に段波状の洪水を起こします.堰は文字どおり上流部の水位を堰上げます.また,洪水の流れの方向を変えて河岸の侵食を起こすことがあります.

  ショートカットや河道付け替えが行われると,以前の河道を横切って新しい堤防が築造されます.この旧河川閉切箇所に築造された堤防の基礎は最新の河床堆積層で,透水性が大きく締まりが緩いなどの弱い地盤です.また,堤内地(河道の外側)は旧河川敷であるので地盤高は低くなっています.これらは漏水が生じやすい条件です.農業用水などの取水箇所は,樋管など堤防を貫く工作物が造られていて漏水が生じやすいところです(写真3.2 旧河川の締め切り箇所での破堤).

  地方自治体の水防計画書には,普段にとりわけ出水時に重点的に見回る箇所として,つまり氾濫が起きるおそれのある箇所として,重要水防区域が指定されています.この指定基準は,堤防余裕高がない,新堤(完成後1年未満),堤防断面狭小,漏水箇所,水衝箇所,工作物施工中,堤防開削箇所,堤脚洗掘箇所,橋や堰があり通水断面小などです.

浸水危険域のゾーニング
 越流や破堤により河道から溢れ出した氾濫水が,平野内においてどの方向に流れ,どの範囲に広がり,どこに滞留するか,また,その水深はどのような深さになるかは,洪水危険度判定の中心部分です.基本的には,水は低きにつくという自然の理に従って,氾濫水は流れ滞留します.したがって,平野面の詳細な地盤高分布図が判定の基礎手段になります.広く緩やかな平野では比高数十cm程度の微起伏も氾濫水の運動に大きく影響するので,1m程度の間隔の等高線図が必要になります.しかし,このような地図の作成地域は極めて限られているので,数値標高データ(DEM)と地図作成ソフトを入手すればパソコンを使用して,任意の地域について任意間隔のコンター図を自ら描くことができます(図3.3 数値標高データによる詳細コンター図).DEMはあるメッシュ間隔での標高値を収めたディジタルファイルで,最も一般的に使用されているのは国土地理院の50mDEMおよび250mDEMです.この格子点での標高から比例配分の方法によりコンターを描くのですが,それをパソコンで計算し表示するフリーソフトが提供されています(図3.4 龍ヶ崎低地の地盤高と1981年氾濫域). 

  河川平野内には自然堤防と呼ばれる微高地が分布します.自然堤防とは,洪水時に河から溢れ出た水が土砂を運び出し,そのうちの粗い砂質分が河道近くに堆積して形成された微高地です(図3.5 小貝川低地の自然堤防).その低いものは比高が1m以下であり,形は一般に不規則であるので,等高線図ではその存在および分布が良く表現できません.これに代わる図として,地形を形状や成因などにより分類し表示した地形分類図があります(図3.6 龍ヶ崎低地の地形分類).平野内の起伏の小さな地形の認定では,等高線の他に集落・畑・水田といった土地利用も手がかりにしています.高さのわずかな違いでもこのような土地利用に反映していることが多いからです(図3.7 平野微地形と土地利用).

 浸水域は氾濫地点の前面にある低地の地盤高,傾斜,微地形の配列によって決められ,かならずしも低いところがまず浸水するというものでもありません.道路・鉄道など線状の盛土構造物は洪水の運動に大きな影響を与えます.この地形・地物の場にある地点からある規模の洪水を入力し,水流の運動を表す式を使ってその流動をシミュレートすることにより,浸水危険域をより正しくゾーニングすることができます.過去の洪水はいわば自然が行ったシミュレーション実例といえるものです.

洪水氾濫計算
  浸水域および浸水深の高度な評価方法は氾濫の数値計算です.これは対象領域を正方形メッシュに区画し(広い平野では間隔は一般に50~250m程度),各メッシュの代表地盤高をDEMなどにより与えます.また,河川水の流入メッシュを決めてそこからある時間経過で変化する流量を流入させます.この流入があった場合のある時点における各メッシュ境界を流れる流量を,水流の運動を表す式を使用して各メッシュ中央の水位(水深+地盤高)から計算し,その流量の出入差から次の時点での水深を求めるという計算を,数秒程度の時間間隔で,非常に多数回繰り返すということにより氾濫現象を進行させます(図3.8 氾濫数値計算の方法).流れに対する地表面の抵抗(粗度)が水の運動に大きな影響を与えますが,これは実際の氾濫実績に計算結果を合わせることによって求めます.任意に与える設定条件(外力条件)には,破堤地点およびそこからの流入量の時間経過(流量-時間曲線)があります.この計算により,氾濫域の拡大経過,各時点の水深分布,最大水深分布,流体力分布などがわかります(図3.9 小貝川の氾濫数値計算).この計算においては地盤高が基礎データになっており,基本的には地盤高分布を反映した浸水域が得られます.

  地方自治体作成の洪水ハザードマップは,洪水の数値計算結果に基づいて作成されています.このほぼ総ては当該市町村の区域内の浸水域・浸水深の表示だけにとどまっていますが,広い平野内では周辺市町村を含めた広域の洪水情報(破堤氾濫地点・流動方向・到達時刻など)が危険の評価に必要です(図3.10 利根川の氾濫シミュレーション).

 

平野地形特性と浸水危険域
 日本の平野の大部分は河川作用による堆積平野で,洪水時の水と土砂の氾濫の繰り返しによって形成されてきたものです.その地形特性は今後起こる洪水の氾濫の様相を決めています.平野は形成機構・位置・形状などから,扇状地,氾濫平野,三角州,谷底平野,海岸平野などに分類されます.これら各平野の地形特性が洪水流の運動や浸水域などにどのようにかかわっているかを,災害実例に基づいて示します(図3.11 平野のタイプと洪水特性).

  日本の河川は山地から多量の土砂を搬出するので,平野内において河床は上昇傾向にあり,いわゆる天井川が一般的です.このような河川の平野では,氾濫水は河道から離れ平野内に広く流入し,凹状地があればそこに滞留します(図3.12 天井川河川の氾濫).一方,上流山地内の盆地に土砂が堆積してしまうことなどにより,河床が低下している侵食性の河川平野では,連続堤防が造られていないこともあって,氾濫域は地盤高のより低い河道周辺に,氾濫流入量に応じて地形なりに広がります(図3.13 侵食性河川の氾濫).砂丘列により海への出口が閉ざされた状態にある潟性の平野では,平野内に残存する潟起源の凹地にまっさきに流入して滞留します(図3.14 新潟平野の地形と加冶川氾濫域).

  自然の地形に逆らったようにして河道が付替えられている河川では,氾濫が生ずると自然状態での昔の流れを再現して,平野面の傾斜方向に浸水域が広がります(図3.15 関東平野の地形と利根川氾濫域).支流との合流により先が閉ざされている状態のいわば袋状低地では,洪水は滞留し浸水深が大きくなります.日本の大きな平野は基盤の沈降域に形成されています.中央が盆状に沈んでいるか,片方に傾く傾動を行っているかといった沈降の様式は平野地盤高の分布の大要を決め,したがって氾濫流向と浸水域を決めています.

  平野の主部である氾濫原は,一般に自然堤防・旧河道・後背低地から構成され,比高数m以内の微起伏をつくっています.相対的な高所である自然堤防は浸水を免れたり,あるいは床下浸水で済んだりするので,昔からの集落は主としてここに立地しています(写真3.3 長良川の1976年氾濫).

  山地から平野に河川が流れ出たところに砂礫が堆積して形成されたのが扇状地です.扇状地では放射状に伸びる旧流路が発達し,洪水の主流がこの中を一気に流下します(図3.16 黒部川扇状地の地形と1969年洪水).谷底平野では高い堤防がつくられないこともあり,低地内全面に氾濫は広がります.山地・丘陵を削り込んで流れている急勾配河川では,広く氾濫することはないものの,激しい流れにより宅地・道路などが側面から侵食される危険があります.

洪水流の強さ
  浸水域・浸水深と同等あるいはそれ以上に重要なのは洪水流の強さ(流体力)です.洪水流中の物体が受ける力は,流速の2乗と水深とを掛けた大きさで表されます.流速は水深が大きいほど,また流れている場所の地形勾配が大きいほど速くなるので,結局,勾配の大きい場所における水深の深い流れは,建物などに大きな力を及ぼします.水深が深いと浮力も大きくなるので,重い物体や建築物でも浮き上がり容易に押し流されます.

  流体力の大きい激しい洪水は,山地内や山麓の谷底低地(盆地,扇状地など)において発生します(図3.17 山地内谷底低地).このような地形条件のところでは,地表面勾配は大きく,また側面が山地で限られていて流れが広がることができないので,上流域に豪雨が降ると雨水は一気に谷底や山麓に流れ出してきて,水深と流速の大きい激しい洪水を起こします.上流山地内で発生した山崩れや土石流により生産された土砂・流木が洪水に加わると,その破壊力は一層増大します(図3.18 諫早の地形と1957年洪水).

  多数の家屋流失を引き起こした洪水例の大部分は,このようなタイプのいわば山地河川洪水です.谷底低地面の勾配が大きいほど,その低地面幅が狭いほど,また,上流域が広いほど,山地河川洪水の危険度は大です(図3.19 山地洪水危険度指標).開けた平野内であっても,狭い谷間から急勾配の河川が流れ出してくる出口付近であれば,激しい流れの洪水が発生する可能性があります.このような谷底低地の流域内に,ある強さ以上の雨が降ると,単に家屋の浸水だけでは済まずに,全壊・流失などの被害が発生ずるようになります.

  開けた平野内においても,自然堤防や盛土路盤が先狭まりで連なっていて流れが堰き上げられるような状態になっていると,破堤口から離れていても強い流れが局所的に生じて,家屋流失が起こることがあります(図3.20 1947年利根川洪水の被害と平野微地形).

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