防災基礎講座
気象災害 地震火山災害 災害全般


5. 高潮

高潮の発生機構
  高潮とは,気象的な原因により海面の高さ(潮位)が長時間にわたって平常よりも高く盛り上がる現象を言います.災害をもたらすような大きな高潮の大部分は,台風によって引き起こされます.同じような海面の高まりに津波がありますが,津波は10分程度の間隔で何度も繰り返す波です.これに対し台風による高潮は,小さな振動は加わるものの,数時間続くほぼ一つの大きな波です (図5.1 1950年ジェーン台風による大阪湾の高潮).

  台風は,中心域での低い気圧による海水の吸い上げ (周りからの押し上げ)と,強風による海岸への海水の吹き寄せ,という2つのしくみによって海面を高くします.これに天文潮が加わったものが実際の潮位になります.満潮時には潮位は一層高くなり危険ですが,干潮時でも台風が強ければ大きな高潮が発生します. 海水の吹き寄せの量は,海水の逃げ場の小さい海岸で大きくなるので,高潮の規模は海岸地形に密接に関連します.


最大潮位
  気圧が1hPa下がると海面はほぼ1cm高くなります.陸上で観測された最低の気圧は1936年室戸台風による912hPaです.1気圧は1013hPaですから,このときの気圧低下量は101hPaになります.したがって吸上げによる海面上昇量は1mまでです.海水の吹き寄せによる海面の上昇は,台風の最大風速の2乗にある定数を掛けた大きさです.日本の湾について求め られているこの定数の大きさは,湾の形や深さなどによって異なり,ほぼ015~0.2です.吹き寄せによる海面上昇は,海水の逃げ場のない湾奥の,とくに遠浅の海岸で大きくなります. また,奥深い V字状の湾では,湾奥での吹き寄せの量が大きくなります.観測された最大風速は,島や岬を除くと,50m/秒程度です.したがって吹き寄せによる海面上昇は最大で5m程度です (図5.2 高潮最大潮位の推算).

  高潮の最大潮位記録は,1959年伊勢湾台風による名古屋港での3.89m(天文潮を除くと3.45m)です.なお,ベンガル湾奥のバングラデシュでは,中心気圧がさほど低くない 960hPa程度の熱帯低気圧 (この地域ではサイクロンと呼ばれます)によっても,7~9mの高潮(天文潮も含む)がたびたび起こっています.これはベンガル湾の大きさ,平面形,水深の分布などにより,吹き寄せの量が非常に大きくなるためと考えられます.米国・ニューオーリンズを壊滅させた2005年9月のハリケーン・カトリーナによる高潮の最大潮位は6mでした.これも大陸棚の広大なメキシコ湾の海底地形が関係したものです.


高潮の危険海湾
  台風は日本本土に向かって南方から襲来するので,大きな高潮が発生する可能性が高いのは,南に向かって開く水深の小さい奥深い湾です(図5.3 高潮危険海湾).高速度で進行する中心気圧の低い台風が満潮時に,このような湾の西側を湾に平行に進むと,その湾奥で大きな高潮が発生します.台風の進行右側(一般に東側)では,進行の速度が加わるので強い風が吹きます (危険半円).風が湾の中に真っ直ぐに吹き込むと,斜めに吹く場合に比べ海水の吹き寄せが大きくなります (図5.4 伊勢湾における高潮発生. 1945~1999年の期間に1m以上の最大潮位偏差 (天文潮を差引いた潮位)を示した高潮の発生回数は,伊勢湾10,大阪湾10,東京湾7,有明海7,四国南岸(土佐湾)5,瀬戸内海中西部8,九州南部(鹿児島湾)5であり,2m以上の高潮は大阪湾4,伊勢湾2,有明海1, 土佐湾1,瀬戸内海1でした.これらの湾の沿岸には人口密集地区や臨海工業地帯があります.特に, 東京湾,大阪湾,伊勢湾の湾奥には大都市が位置していて,大被害が発生する危険性があります(図5.5 キティ台風高潮による浸水域).台風が本土上を東向きに進む場合には,進行右側の湾では南に開いていなくても潮位が高くなることがあります.2004年の台風16号では,瀬戸内海の高松港で2.5mの高潮が発生し,1.6万棟が浸水しました.

  東京湾,伊勢湾,大阪湾,土佐湾,有明海の湾奥には海面下の土地が形成されているので(図22.6),浸水の危険域が広くなっています.有明海は干満の差が大きいので,満潮時と重なると高潮潮位が一層大きくなります.直線的な海岸でも遠浅であれば,海水の戻りが妨げられて吹き寄せの量が大きくなるので,高い高潮が発生します.大阪湾では,1934年室戸台風により最大潮位3.1m,1950年ジェーン台風により最大潮位2.5m,1961年第二室戸台風により最大潮位3.0m,とたびたび大きな高潮が発生しています(図5.6 大阪における高潮浸水域).


高潮の流入と浸水域
 大きな潮位の高潮は,海岸堤防を乗り越え,あるいはそれを破壊して陸地内に流入します.伊勢湾台風の高潮は,堤防を総延長33kmにわたって破壊し,300平方キロメートルの土地を水没させました.破堤の主原因は,越流・越波した海水による裏のり面の洗掘でした.濃尾平野の西部にはゼロメートル地帯が拡がっているので,海岸線から最大で 20kmのところにまで海水が到達しました (図5.7伊勢湾台風高潮の浸水域・日数).陸地 内に流入する高潮の流速は,海岸域では時速数km以上と速いものの,内陸に向かうにつれ急速に低下します.したがって広いデルタ内では進入に数時間以上といった長い時間を要しま す.一方この間に,台風が遠ざかることによる気圧上昇と風速低下により,海面は平常潮位に向かって低下していきます.一般に最大潮位の後 5~6時間程度で,平常の潮位に戻り ます.海岸部での潮位低下は低地内に流入した海水を引き戻すので,広い平野では,高潮最大潮位までの標高の範囲が,全面浸水するということは起こりません.

  伊勢湾台風の高潮が到達した限界の標高は,濃尾平野の三角州域においてはほぼ 0m で した.ただし,狭い海岸平野では,最大潮位までの標高域が全面浸水しました.高潮は大 きな流動力をもって海岸線から流入するので,地形によっては津波のような這い上がりも生じます.被害は高潮の直撃を受ける海岸部で非常に大きくなります (図5.8伊勢湾台風の高潮による人的被害度).

  高潮の危険がある沿岸域では,海岸線に海岸堤防を設け,また湾奥の海域を閉ざすよ うに沖合いに高潮防波堤を建造して,高潮の陸地内への流入を防いでいます.堤防の高さは,過去最大の台風,あるいはある確率規模の台風による最大潮位偏差を求め,これに満潮の高さおよび強風による波浪の打ち上げ高 (3m程度)を加えた値に基づいて築造されています.東京湾では,伊勢湾台風規模の台風が大正6年の台風と同じコースをとった場合に予想される最大潮位偏差を3.0mとし,これに天文潮と波浪高を加えて,計画堤防高を 6.5m~8.0mとしています.名古屋港は沖合の防波堤によって囲まれており,これにより高潮の潮位が0.5m低下するものと見込まれています.大都市では小河川や水路を遡上する高潮の防御が難問になります.堤防を高くしようとすると,多数ある橋や道路のかさ上げが必要になる,などの問題があるからです.大阪では河口近くに防潮水門を造って高潮を遡上させないようにし,上流から流れてく河川水はポンプ排水するという方式をとっています.


高潮による人的被害
  河川洪水の場合とは違って,高潮は広い海岸線にわたり大きな力をもって一斉に流入す るので,被害が巨大になる可能性があります.伊勢湾台風は史上最大といえる風水害で, 全国の死者数は5,040,高潮被災市町村の死者数は4,000に達しました.アメリカにおける最大の風水害は1900年のガルベストンにおける高潮災害で,死者数は約6,000でした. バングラデシュでは死者数1,000以上の高潮が3年に1回という高い頻度で発生しています. 1970年の高潮では死者数が50万以上にも達し,当時の東パキスタンがバングラデシュとして独立する契機にもなったほどでした.(図5.9 バングラデシュの高潮).2005年のハリケーン・カトリーナによる高潮被害は,死者数約1.300で被害額は1千億ドルを超えました.これは自然災害史上最大の被害額です(図5.10 ニューオーリンズの高潮

  高潮はこのように大きな人的被害をもたらします.しかし一方,その発生予測は台風の予報に基づき,湾ごとにかなり正確に行なうことができます.危険域は海岸に面する 低地であることは明らかです.したがって警報と避難により,人的被害の発生を防ぐこと のできる災害でもあります. 伊勢湾台風では高潮警報がすでに12時間前に出されていましたが,大被害の防止には結びつきませんでした.この2年後,大阪は第二室戸台風の高潮により臨海低地が広範囲に浸水しました.しかし,高潮による直接の死者はきわめて少数でした.この違いは,大阪が近年たびたび大きな高潮に見舞われているという災害経験に,同じような土地条件にある名古屋での大災害の教訓が加わって,適切な避難行動が行われた結果によるところが大きいと推測されます.災害経験はすぐに風化します.災害を忘れないようにすることがなによりも大切です.
 

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