防災基礎講座
気象災害 地震火山災害 災害全般


 3. 河川洪水

河川の増水
  大雨の水が河川に集まってきて流量を増し,人工の堤防や自然の河岸を越え,あるいはそれを決壊させて,河川水が河道外(堤内地)に溢れ出るという洪水が,日本で最も頻繁に起こる災害で,昔から種々の対策が積み重ねられてきました.この河川洪水は,まず河川水位の上昇から始まります(写真3.1 1986年台風10号による宮城県・吉田川の増水).

  雨があまり強くない間は,雨水は地中に浸透して地下水となりますが,強くなって浸透する量を上回ると地表に水面が出現し,傾斜があるとその方向に流れ出します.この地表面流は河道に流入して河川流量を増大させ,洪水時の流量の主要部分になります.

 洪水の規模を表す最重要の水文量は,最大流量あるいは最高水位です.あまり大きくない河川では,大雨時の最大流量は,流出率,降雨強度および流域面積を掛け合わせて求め られます.流出率は,河のある地点の上流域 (集水域)に降った雨のどれだけの割合がその地点に流れ出してくるかを示す値で,地中への浸透や地表面での貯留の量が多いほど,流出率は小さくなります.日本の山地河川では0.75~0.85,平地小河川では0.45~0.75程度の大きさです.降った大雨の総量が同じであっても,それが集中して河川に流れ出し,最大流量 (あるいは最高水位)を大きくすることがなければ,洪水の氾濫が生じないか,あるいは洪水の規模が小さくて済みます.

  流量あるいは水位の時間経過を示す曲線をハイドログラフといいます(図3.1 1986年洪水時の吉田川ハイドログラフ).この曲線のピークを押さえ全体としてなだらかにすることが,洪水防御の基本対策です.通勤ラッシュ対策を例にとると,ある鉄道沿線の通勤者の総数は同じでも,通勤時間をずらすなどして,ピーク時の乗車数を減らせば,混雑は緩和され, また輸送能力を高める必要もなくなります.地中への雨水の浸透を促進し,また,雨水を地表面に一時的に貯めて,流出率を小さくし,あるいは洪水が流れ出してくる時間を延ばすと,最大流量が低下します.これは時差出勤や在宅勤務にあたるでしょう.

  森林は雨水の一時貯留および浸透を促進する働きが大きいので.水防林や水源涵養林として保全されているところがあります.地中に深く浸透した水は,ゆっくりと時間をかけて河へ流れ出してきて,無降雨時の河川水の供給源となっています.洪水を減らし,水資源を増すという働きをしているのです.逆に流域の開発は流出率および流出の速度を大きくして,洪水を激しくします.


河川堤防の決壊原因
  水かさを増した河川の水が堤防から外へ(平野側へ)溢れ出すと,洪水の氾濫となります(写真3.2 1986年の小貝川破堤).氾濫のしかたには,破堤 (堤防が完全に突き破られた場合)と越流 (堤防を越えるオーバーフロー)とがあります.氾濫の規模は破堤の方が大きくなるので,わざと堤防を低くして影響の少ないところに氾濫させたり,堤防に切れ目を入れて穏やかに氾濫させるといった方法もとられます.

  破堤を引き起こす原因には,①越流,②洗掘・崩壊,③漏水が挙げられます.堤防を乗り越える流れは堤防を削り,また,水位が高いと堤防全体に水が浸透して弱くなるので, 越流は破堤を起こす最大の原因になっています.洗掘は河の強い流れによって堤防の河道側のり面が削られることをいいます(図3.2 河川堤防の断面).崩壊は水の浸透によって斜面崩壊のように崩れる場合です.漏水は堤防の内部や下方を通って,河の水が漏れ出すことを言います.実際にはこれらの原因が重なって,破堤は生じています.


破堤が生じやすい場所
  破堤が生じやすい場所としては,河の屈曲部,合流点付近,河幅が狭くなっているとこ ろ(狭さく部),水門の設置個所,橋・堰の上流,旧河川の締め切り個所,などが挙げられます(写真3.3 1981年小貝川破堤).河が曲がっていると外カーブ側の堤防に流れが突き当たって洗掘が生じ,また,遠心力の作用によって外カーブ側の水位が高くなります(写真3.4 1967年加治川破堤氾濫). このためショートカットして河をまっすぐにする工事が行われています(写真3.5 1975年石狩川氾濫).洗掘を防ぐためには,堤防のり面をコンクリートで覆うという護岸工事が行われます.合流個所では本流の水が支流へ逆流して溢れます.また,流れが渦を巻いて洗掘を起こす可能性があります.支流の堤防は弱いことが多いので,逆流水が支流の堤防を破堤させることはしばしばです.

  河幅が急に狭くなっていると,流れが妨げられて上流部で水位が高くなり,越流の危険が生じます.橋や堰の上流では,流れが文字どおり堰上げられて,水位が高くなります. 農業用の水門など,河川水を取水する施設があるところでは,漏水がよく起こっています. ショートカットなどにより旧河川を締め切って堤防がつくられているところも,漏水が起こりやすいところです.堤防は高くするとそれに応じて幅も広くする必要があります.通常,幅は高さの2~3倍です.広くしないと出水時に水が堤防の裏まで浸み通って,崩れやすくなるのです.高さのわりに幅が狭いいわゆるかみそり堤防は不安定です.

  出水時に,また平常時にも,このような個所を見回って,異常の発見に努めることが必要です.異常の点検ポイントとしては,平常時においては漏水や亀裂の有無など,出水時には漏水とそれによる堤防の崩れ,水あたりの強いところでの洗掘,堤防の越水状況,取水施設や橋などとの接合部における異常が挙げられます.堤防の草刈りは堤防の異常の発見のために定期的に行われます.


氾濫流の流動と地形
  越流や破堤によって河から溢れ出た水は,低きにつくという性質に従い,基本的には平野地形の最大傾斜の方向に流れ,より低い場所に集まります(図3.3 新潟平野の地形).平野内には,自然堤防と呼ばれるさまざまな形や高さの微高地,小河川堤防・道路のような線状の構造物などがあり,洪水の流動に影響を与えています.氾濫流入量が少ない場合には一般に水深が小さくなるので,このような 地形・地物とその配列の仕方が大きく影響して,浸水域がより限定されます.低いところが浸水しやすいということには必ずしもなりません.流れの先を閉ざすように自然堤防や道路などが配列していると,流れが堰上げられて,局所的に激しい洪水流が生ずることがあります.氾濫流入量が多い場合にこのような危険が増します.

  平野のタイプによって洪水流の運動の仕方に特色があります.多量の土砂を山地から運び出す河川では,河床が上昇して天井川のようになるので,氾濫水は河道から離れ平野内部に広く流入します.一方,上流山地内に大きな盆地がある場合のように,下流の平野に運ばれてくる土砂量が少ない河川では,河に近いところほど地盤高が低くなっています.このため氾濫域は河道周辺に限られますが,一方,浸水深は大きくなります(図3.4 1986年の阿武隈川の氾濫).本流と支流の堤防によって下流側が閉ざされて袋状になっている低地では,浸水が頻繁に起き,また,浸水深が大きくなります.


氾濫域の拡大速度
 日本の大河川の平野の勾配は一般に1/1000以下であり,三角州域では1/5000以下にもなります.平野内に広く拡散するタイプの洪水では,浸水深は一般に1~2m程度です.広い平野内における水深の大きくない洪水では,氾濫域が広がる速度はあまり速くはなく,おおよそ人がゆっくりと歩く程度です.1981年の小貝川の氾濫では,氾濫域の平均勾配1/2500で氾濫域先端の平均広がり速度は時速0.2~0.5kmでした(図3.5 1981年小貝川氾濫域の拡大経過).

  1976年の長良川の氾濫では,破堤口に直面する後背低地内でも時速2km程度の速度でした(写真3.6 1976年長良川破堤氾濫).最大規模の破堤洪水であった1947年の利根川の氾濫では,350mにもわたり破堤して氾濫流入量が非常に多かったので,破堤口に面する浅い皿状の後背低地内での平均流速は時速5kmに達しました(図3.6 1947年利根川洪水と関東平野の地形).この利根川の氾濫水は自然堤防に囲まれた後背低地内に一時的に貯留されながら,平野の一般的傾斜に従い60kmにわたって流下を続けて,東京湾 に流入しました.中流域における洪水の平均流下速度は,時速1km程度でした.

  このように大きな河川の平野における氾濫水の広がり速度は,人が歩く速さ以下ですから,余裕をもって家財等の退避や避難を行うことが可能です.ただし,堤内地河川や排水路内では速く流れるので,注意しなければなりません.また,地形・地物の配列の仕方によっては,流れの幅が狭められて水深と流速が大きい激しい洪水流が生じ,人が流され家屋が流失するという危険があります.1947年の利根川氾濫では,破堤地点から10km離れたところにおいても80戸ほどの家屋が流失・全壊を被りました.


山地河川洪水
 流れの中にある物体が受ける力は,流速の2乗と水深とを掛けた大きさで表されます. 流速は水深が大きいほど,また流れている場所の地形勾配が大きいほど速くなるので,結局,勾配の大きい場所における水深の深い流れは,建物や人に大きな力を及ぼします.水深が深いと浮力も大きくなります.建物や自動車のような重い物体でも,少しでも浮き上がると容易に押し流されます(写真3.7 1983年の島根県三隅町における洪水).

  流れの力の大きい激しい洪水は,山地内や山麓の谷底低地(盆地,扇状地など)において発生します.このような地形条件のところでは,地表面勾配は大きく,また側面が山地で限られていて流れが広がることができないので,上流域に豪雨が降ると雨水は一気に谷底や山麓に流れ出してきて,水深と流速の大きい激しい洪水を起こします.豪雨時には上流山地内で山崩れや土石流が発生します.これにより生産された土砂・流木が洪水に加わると,その破壊力は一層増します. 多数の家屋流失を引き起こした洪水例の大部分は,このようなタイプのいわば山地河川洪水です(表3.1 山地河川洪水災害).谷底低地面の勾配が大きいほど,低地面の幅が狭いほど,また,上流域が広いほど,山地河川洪水の危険度は大です(図3.7 1957年諫早水害).開けた平野内であっても,狭い谷間から急勾配の河川が流れ出してくる出口であれば,激しい流れの洪水が発生する可能性があります(図3.8 岩手県・一関の1947年・48連続洪水

  このタイプの洪水を防御するハード的な対策は,ダムの建造です.狭い谷底ですから高 い堤防をつくる余地はほとんどありません.しかし,ダムは一般に利水を兼ねていて,できるだけ水を貯めておこうとしているので,洪水を調整する能力には限界があります.また,満水近くになったら放流せざるを得ないので,これが危険をもたらします.周辺山地内に降った雨水はすぐに谷底内に流出してくるので,河川水位の上昇は急速です.したがって警報・避難の態勢が,他のタイプの洪水に比べ格段に重要です.ただし避難行動を行う場合には,同時に山地側からの土砂災害の危険にも注意を向けねばなりません.谷底の側面に分布することの多い段丘面上が,比較的安全な居住地です(図3.9 島根県・三隅町の地形).


堤防の高さの決め方
  堤防などの治水施設の規模・配置を決める河川計画の出発点は,河川の重要度の決定です.これは最大で何年に1回という規模の雨による出水を防御するかを決めることで,再現期間 (あるいは超過確率)というもので与えられます.これが例えば100年とされた場合,流域内における長期間の雨量観測データを統計処理して,100年に1回の確率規模の日雨量 (あるいは2日雨量など)をまず求めます.次にこの日雨量を各時間にどのように配分するかを,過去の主要豪雨のデータに基づいて決めます.これは同じ日雨量でも短時間に集中しているかそうでないかを決めるも のです.

  こうして計画降雨が決まると,この雨の流出により計画地点 (代表とする河道地点)における流量がどのような時間経過で出現するかを,流出解析という方法で求めます.このようにして計画の中心となる洪水流量とその時間経過が決定されます.この洪水流量をダムと河道とで分担して受け持つ割合は建設の総費用が最小になるなどの方法で決められます.次に,河道を流下する洪水を氾濫させずに海まで流すためには,堤防の高さと河幅を各地点でどのようにしたらよいかを,計算を繰り返しながら順次決めていきます.必要な河道断面がとれない場合には,遊水地を造る計画が加えられます.こうして各地点での計画高水位が決まれば,それにある余裕高を加えた高さの堤防が造られることとなります(図3.10 利根川の流量配分計画).

  このように治水の計画は,重要度の設定という政策的判断を出発点としています.また,技術計算の過程においても,どの豪雨データを使うかなど,裁量に委ねられる部分が数多くあるので,同じ再現期間から出発しても,計算によって出てくる最大洪水流量はかなりの幅を持つことになるはずです.治水計画は純粋な技術的処理の問題ではなくて,意思決定・政策的判断の部分が大きい性質のものです.また,これに従って建造される施設だけでは防ぎ得ない規模の洪水が,ある確率で存在するということが明らかな前提になっています.  
 

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