防災基礎講座
気象災害 地震火山災害 災害全般


避難・移転・土地利用

避難と災害情報
  災害時の緊急避難行動は,①危険の発生と接近の認知,②避難の必要度・コストの評価,③避難の意志決定,④避難行為の遂行という経過をとって行われます.この避難を効果的に行う基礎は,それぞれの場所・土地・地域の災害危険性についての知識,および対処すべき災害の性質についての理解を得ていることです.災害の具体的な状況はその時々やそれぞれの場所で違います.警報や避難指示あるいは事前に与えられている避難情報にただ従うというだけではなく,自ら判断し行動できるようにしておくのが望ましいでしょう.土砂災害や山地内での大雨災害など,局地性の大きい災害では特にそれが必要です.

 危機的事態の発生と接近あるいはその発生可能性は,警報など種々の災害情報によって知る場合が大部分です.災害情報は,中央から出される情報(気象情報や自治体の出す情報など)と,地区ごとの現況情報に分けて考える必要があります.災害は多かれ少なかれ突発的で地域性の大きい現象です.また,情報伝達システムが突発緊急時にうまく作動するとは限りません.状況の広域把握の精度に優れている中央情報を基礎に置き,地区・地域の条件とそこでの具体的現況についての情報を組み合わせて,避難対応を考える必要があります.例えば,大雨警報が出されている場合,近くの川の水位や雨の強さの変化などに絶えず注意を向けていることが望ましいでしょう.

   危険情報・警報の必要度や有効性は災害によって違います.それが特に必要とされるのは,危険の接近速度が速く,構造物等のハードな手段での抑止が困難であり,人命に及ぼす加害力の大きい災害(津波など)です.警報が有効に機能するのは,危険域が限定され,危険の発生から到達までの時間が適度に長く,その脅威(破壊力)が認識されやすい災害です(高潮など).予知可能性が小さく,危険接近速度が非常に大きい災害(地震など)については,警報への依存度を大きくすることはできません.同種の河川洪水であっても,山地内や山麓扇状地における洪水と,広く緩やかな平野内における洪水とでは,危険の接近速度はかなり違います. 

   接近しつつある,あるいは発生するであろう災害現象に対して,いま居る場所がどのように危険であるかの判断は最も重要です.危険の種類や程度は場所によって異なります.人命への危害が大きくかつ危険が急に切迫するためにタイミングのよい避難が特に必要とされる山地内の災害では,危険の種類や程度は,それこそ家ごとに違うと言ってもよいでしょう.例えば,段丘面上の家は一般に安全ですが,その隣家であっても段丘崖下の谷底低地にあれば土石流や洪水の危険があります.段丘面上にあっても山腹斜面直下であれば山崩れが大きな脅威です.緩勾配の平野内にあって破堤洪水に直面しても,自然堤防上の2階家であれば,家にとどまって1階の家財等を水から守るなどの対応を優先した方がよい場合が多いでしょう.強い地震動を感じた場合,海岸低地に居れば津波の危険への対処を考え,急な海食崖下であれば何よりもまず崖崩落の危険に注意を向けねばなりません(22.1 津波防災地図).  警報や避難指示を受けて,各地区や各戸がそれをどの程度切実に受けとめ,どのように行動したらよいかを決めるためには,あらかじめ地域・地区の災害危険性についての知識が得られている必要があります.

 一般に不確かな情報の下で,避難の効果やマイナス面(コスト)を考えに入れながら,避難の意思決定を行う際には,突発緊急時の行動心理など種々の人間要因やその時その場所の環境諸条件などが関係します.避難を実行に移す場合に,避難の時期,方法,経路,避難先をまず決める必要があります.危険の接近速度は災害によって違います.避難は早いに越したことはありませんが,その前に電気のブレーカを切り,プロパンガスボンベのバルブを閉め,1階の家財を2階に移すなどを,可能であれば行いたいものです.ただし,一目散に走りださねばならないときもあります.自動車での避難は避けましょう.山地地域における大雨災害では,避難先あるいは避難途中において山崩れや土石流に見舞われたという例がかなりあります.大雨の最中に児童・生徒を下校させたため,途中で難に遭ったということも起こっています.災害に関わる地域の諸条件についてよく知っていることが,避難をうまく安全に行う前提になります.


避難の阻害・促進要因
  警報や避難指示を受け,あるいは危機的事態に直面した場合の,個々人の判断や行動は一様ではなく,種々の人間要因などが大きく影響して,避難が促進されたりあるいは阻害されたりします.避難に関係する要因として次のものが挙げられます.

 (1)災害経験: 直接の被災あるいは身近な災害の経験は,危険意識を高め,危険への反応を敏感にし,避難を促進する大きな力となります.ただし,時間が経てばやがて忘れられてしまう(風化する)ものでもあります.一方,軽微な災害の経験は危険の判断を甘くして,避難を妨げる働きをします.
 (2)個人属性: 年令・性別・教育程度・職業・人種・宗教などの個人属性は,災害時の対応行動に影響を与えます.例えば,一般に老人は避難を拒む傾向にあります.
 (3)家族要因: 災害時に家族は一体となって行動しようとします.離れている場合には,避難の前にまず一緒になろうとする方向への行動が強く現れます.小さい子供のいる家庭では早目の避難が行われ,老人や病人をかかえた家庭では避難が遅れがちです(22.2 避難に関わる地区住民の行動).
 (4)時刻: 深夜の時間帯では,状況の把握・情報の伝達・避難の実行等が妨げられて,人的被害が大きくなります.ただし,近年では生活様式の変化などにより,時刻の影響は小さくなっています.
 (5)他者の行動: 隣人や近くに居る人が避難するかしないかは,避難の意思決定に大きな影響を及ぼします.情況が不明で迷っている場合には特にそうです.率先して行動することで模範を示したいものです.
 (6)リーダーの存在: 安全を守る責任があり,影響力のあるリーダーや決断者(区長,消防団長,派出所の巡査,学校の先生など)がいると,大量避難の成功が可能になります.誰もが責任感と役割分担をもつことによってよきリーダーになり得ます.
 (7)地区の態勢: 山村集落では,災害経験を伝承している,自然に密着し土地の性質をよく知っている,隔離されていて自ら守るという意識が強い,強固な地域共同体を持っているなど,避難に有利な条件を備えています.都市域ではこれと逆の条件下にあり,避難は遅れがちです.
 (8)災害の種類: 目で見え身体で感じとれる災害(火山噴火など)では,避難が促進されます.前兆があり襲来速度が比較的遅い災害(地すべり,溶岩流,土石流など)では,避難がうまく行われた事例が多数あります.


住居移転
  災害危険地からの住居移転は,人命だけでなく資産の被害も防ぐ抜本的な手段であり,いわば恒久的な避難です.しかし,移転に要する多額の費用と大きな労力を費やし,長年住み慣れ安定した生活を営んでいる土地を離れて,災害を受ける前に新しい土地へ移り住むことは,たとえ大きな危険の存在が指摘されている場合でも,一般に非常に抵抗が大きいものです.このため,防災関連の移転の多くは災害を受けた後に行われています.

   三陸海岸は海溝型巨大地震が頻発する海洋に面したリアス海岸であるため,津波災害を頻繁に被っています.1896年の被害は特に甚大で死者約2.2万人にも達しました.この災害後かなりの集落で移転が行われたものの,多くは元の場所に再建しました.37年後の1933年に再び大きな津波に襲われ,死者約3千人の災害を被りました.この津波の後,危険な沿岸低地から高地への移転が積極的に推進され,岩手・宮城両県で98集落,約3千戸が集団で,あるいは分散して移転しました.津波の高さは数十メートルにもなり得るので防波堤の防御機能には大きな限界があり,高地への居住が最も効果的な対応です.しかし,三陸沿岸のような高危険地でも容易に移転が行われなかったということは,漁業活動など日常の利便を犠牲にして移転を行わせることが,いかに困難であるかをよく示しています.(図22.3 三陸沿岸集落の高地移動

   移転を妨げる最大の理由に多額の経済的負担があります.この障害を打開して移転を促進するために,「防災集団移転促進事業」と「がけ地近接危険住宅移転事業」の制度が国によって運用されています.これは個人の自発的移転に対して利子補給,跡地買い上げ,移転先用地の整備などを行うものです.急な崖地では危険の存在が実感されやすいので,後者の制度による移転戸数は多く,年平均1千戸程度がこれによる補助を受けて移転しています.個人住宅の安全をはかるための強制的移転制度はありませんが,防災施設の建設や都市計画事業のために,「土地収用法」により全額の移転補償を行って強制移転させることは行われています.復旧事業でこの補償を得ることができたか否かで,受ける援助の程度に大きな差が生じているケースがあります.

  本来,防災のための移転は,災害を受ける前に行われるべきものです.軽微な災害を受けたのを契機にして,防災集団移転制度を利用して,いわば災害予防的に移転を実施した集落は,山地内・小離島・海岸べりなどに孤立している集落がほとんどで,生活向上も目指して移転に踏み切っています.大きな災害地では,災害後に巨額の防災工事が行われるので,住民はこれにより安全になると思うことが,移転をしぶる一つの原因となっています(22.1 防災集団移転の実施地区).

   特定の場所に限ってみれば,次に災害を被るまでの期間は一般にかなり長いものです.従って,家を改築する機会を利用して,少しでも危険の小さい場所に住み替えるという心がけは必要です.高危険地の場合,避難は移転までの過渡的な手段と考えるべきでしょう.あえて居住を続ける場合は,被る被害をその土地の利用が与える便益を得る必要コストとして受け入れるという選択をしていることになります.住家被害に対する資金供与は,その方法によっては危険除去の自主的努力を妨げる可能性があります.


土地利用の規制・管理
  それぞれの土地や地域の災害危険性に応じた土地の利用を行う,とくに,高危険地への居住は極力避けるという対応は,災害を未然に防ぐ効果的な方法です.しかし,このような土地にかかわる問題は,実現するのが極めて難しいのが現実です(22.4 洪水対策の効).危険地の利用を抑制する手段として,法令による土地利用規制や,税制・資金助成・保険制度等を利用した経済的誘導があります.

   建築基準法第39条に基づき,地方公共団体は災害危険区域を指定し,その区域内での住宅建築の禁止や建築構造の規制を行うことができます.これによる危険区域としては,急傾斜地崩壊危険地に関するものが大部分です.資金助成を受けて住居移転を行った跡地は危険区域に指定されるからです.出水・高潮・津波の危険に関する危険区域で最も広いのは,1959年伊勢湾台風により著しい高潮被害を受けた名古屋市南部臨海域についてのものです.名古屋市の危険区域指定と建築構造規制は1961年に行われました.伊勢湾台風のような大災害(名古屋市臨海部の死者2千人)の直後でなければ,既成市街地での土地利用規制はほとんど不可能であるということをこれは示しています.なお,その後災害のないことから,名古屋市は1990年に条例を改正して建築構造規制を緩めました.(図22.5 名古屋市の災害危険区域指定

  新都市計画法(1969年制定)では,無秩序な市街化を防止するために,市街化区域および市街化調整区域を定め,「溢水,洪水,津波,高潮等による災害の発生のおそれのある区域および当該区域を市街化することにより他に溢水等の災害を発生させるおそれのある区域」は,市街化区域に含めないことになっています.これによって,災害危険地の市街化を抑制することができるはずですが,市街化区域の線引きには様々な思惑がからみ,また土地の需給や地価の動向などによって市街化区域が拡大されるという傾向もあって,防災の観点はほとんど取り入れられていないのが現状です.

  税制や公的資金助成などの面から,危険地の利用コストを相対的に高くして,その利用を抑制するといったようなことは行われていません.地震保険では広域の地震活動度に基づき都道府県単位で全国を4区分して料率を変えていますが,地盤条件によって差をつけるということまでには至っていません.なお,保険料が最も高いのは東京・神奈川・静岡で,最も低い道県の3倍ほどです.

  米国では,氾濫原を水害危険度に応じて細区分し,水害保険の料率を変え,被害ポテンシャル増大の抑制をはかっています.新築の建築物については特に保険料率を高くして,水害危険域内の建物の増加を抑えています.また,危険区域内での開発行為の禁止・制限や耐洪水住居構造(ピロティ構造など)の義務付けなども行われています.なお,水害危険域の細かいゾーニングは,堤防がなく,地表面が河道に向かってゆるやかに傾斜していて,水位に応じて氾濫域が広がる,というような条件のところでは可能です.

   防災面で望ましい土地利用は,その実現が非常に難しいものではあっても,やはり対応策の基本の一つに据えて,地域の防災を考えていく必要があるでしょう. 

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